まちづくり

2013年11月13日 (水)

景観まちづくりシンポジウムin都城

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南九州大学で開催される景観シンポジウム。

たぶん、飛び込みでも入れるとおもいます。

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2010年12月 2日 (木)

都城まちづくり学習会

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南九州大学の北川さんという人から案内をいただいた。氏とは3年ほど前に市民会館の件で面会したことがある。また、竹の会の岩切さんとも懇意であり、竹の会のゲストスピーカーとして来訪してくれた際に講話を聞いたこともある。

12月の4日に都城市内の大学キャンパスで表記の催しがあるそうだ。よかったら来てくださいというメールをもらった。今回は10名のゲストがそれぞれの分野での活動状況などをスピーチしてくれるらしい。おもしろそうなので行ってみたいとおもっている。

ただ、わたしは、「まちづくり」にはあまり直接的な関心がないし、まちづくり的な運動に関わったこともない。市民会館の保存運動には関わったが、直接的なまちづくり運動ではない。ただ、広義で解釈するとまちづくり的な要素を含んでいるとは言えるかもしれないし、自分のまちに関心がないわけではない。

「まちづくり」という言葉もわたしはナナメ的に考えている。まちは誰かによって特定の方針でつくられるものではない。かってにできるものだ。ただ、中には強烈な個性を持った人がいて、「○○をしたい、こんなものが欲しい」という強い自己主張と実行力が周囲を巻き込んで、結果的にまちづくり的なことになってしまうことがある。そんな個人の活動の総体が重層的に積み重なって、あるいは歴史となって結果的に魅力的なまちや「まちおこし」的なことになることはあるだろう。それを他に適切な言葉がないので「まちづくり」というのかもしれないが、「まちづくり」や「まちおこし」を目的としての「まちづくり」はうまくいってないような気がする。

たいせつなのは個人の強い思いこみであり自己主張だ。その無知と情熱が知ったかぶりの小利口な人たちを看破し、周囲や行政を動かすことがあるからおもしろい。だからまちづくりにたいせつなことは、強い思いこみを持つ人たちを育てることに尽きる。こういう人を「○○バカ」と呼んだりもする。なまじ、年を重ねたり知識を積んだ人だと、「そんなこと無理だよ」と動く前から否定的になってしまうので、やはり若い人の方がいいのだろうか(例外はたくさんあるが。)そんな人たちが常識を疑い、好き勝手にいろんなやりたいこと(反社会的なことは論外)を追求してくれればいいし、楽しそうならそれに便乗することもあるが、ただの「バカ」だと周囲の共感や理解が得られないので、やはり一定の人格や見識は必要だろう。そういう人を魅力的な人という。

そういう人たち10人の話が聞けるのならおもしろいイベントだ。興味のある人は直接チラシの連絡先にあたってください。いちおう、予約が好ましいと案内にありますので。

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2008年8月 1日 (金)

夜の千日通り(都城)

連日暑い日が続きます。♪ことしの暑さ(寒さ)は記録的・・・なんて井上陽水の曲を歌いたくなりますが、このところ、暑かったり雨だったり、異常気象じゃない年の方がめずらしいくらいです。

さて、そんなときはちょっとでも涼しい情報を。というわけで、先日、夜の都城千日通りを歩いてみましたので写真を載せておきます。

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左から、メインホテルの裏あたり、千日通り中間のクランクする交差店のビル、西のお寺門前の料理店。

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左から、西のお寺の山門、クランク交差店から南側をみる、さらにその先。

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かつては都城一の繁華街として賑わったこの通りには、たくさんの飲食店が軒を連ね、映画館やパチンコ店が並ぶ賑わいでした。中央通り(10号線)商店街の裏通りとして、市民の胃袋と猥雑性を満たす南九州有数の歓楽街は、ア-ケ-ドも撤去され昼夜問わず歩く人も少ない静かな佇まいに変わりました。かつての賑わいを知る人には、信じられないような変貌でしょうが、40代の中ばを過ぎたわたしでも、じつは千日通りの栄光をあまり覚えておらず、七夕飾りの華やかなことくらいしか印象は薄かったりするのでした。

ただ、上の写真のあたりの店は健闘していて、店構えもしっかりしています。右の写真の手前の店は、街路に面したウインドウに上から水を落とす仕掛けをつくっていて、この時期は納涼気分が感じられます。この近くは総合庁舎に至近なのと、市役所からも近いので、そちら方面の宴会・食事ニ-ズがあるのだろうと推測します。

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ちょっと暗すぎて見にくいですが、左が数年前に完成した総合庁舎、中の写真はその前から千日通りの入り口を見たものです。右は昨年1月のア-ケ-ド撤去工事中の同位置からの写真。総合庁舎は、さびれる一方の中心市街地のにぎわいづくりも期待されてこの地に建てられました。総合庁舎には税務署や法務局、職業安定所などが入居していますので、来庁者は多数にのぼり、ときには、駐車場が満車となることもありますし、職員もかなりの人数が働いているでしょうから、通りの活性化に一定の寄与は果たしているでしょうが、来庁者はほとんど車で来て車で帰るわけですので、千日通りや中央通りを歩く人の数は、あまり変化がないように感じます。

ただ、この庁舎は駐車場を夜間と休日、一般に開放してくれているのはいいことです。千日通りや中央通りの飲食店に行く人や、休日の待ち合わせなどによく利用されていて、中心市街地に無料の駐車場があることの効果は、かなり大きいものがあるようです。郊外型のショッピングセンタ-が繁盛して旧商店街がすたれる要因のひとつは、無料駐車場の有無にあるわけですので、この駐車場はとても重要です。

ア-ケ-ドも撤去され、火の消えたような千日通りを、門前町として生きかえらせようという構想を聞いたことがあります。通りのほぼ中心部にある西のお寺(攝護寺)は、全国でも有数の門徒数をもつお寺であるそうです。通りには、寺での法事のあとの食事ニ-ズの高い飲食店もあるわけです。そういった特徴を活かして、通りの賑わいを取り戻そうという構想であり、いちばん上の段の中の写真のビル(かつてはパチンコ店だったと記憶します)が、外観に木組を施した意匠にリニュ-アルしているのはその構想の影響があったのだとおもいます。

消費者は貪欲ですので、いいもの、魅力のある行きたいところができれば人は集まります。「昭和の町」として売り出した大分県の豊後高田の商店街のように、いったんそれが認知されると、かなりの人を集めることになります。千日通りの門前町構造も、もしかすると大化けする可能性がなきしにもあらずでしょうが、それよりも、まずは自分の感性と嗜好に忠実に、自分が行きたいとおもう店や雰囲気のある場を実現させてみることだとおもいます。そんな自然発生的な街に魅力を感じます。たとえば、大阪のアメリカ村は、気のあった仲間といつでもおいしいコ-ヒ-が飲める店が欲しいという女性が、それなら自分で、とつくったカフェがはじまりでした。やがて気に入った雑貨やファッションもアイテムに加えたその店には感性をおなじくする士が多数集まるようになり、それに感化されておしゃれな店が続々誕生し、ブランド化した街に大化けしました。

千日通りを愛し、センスと個性ある店づくりを考えている人がいましたら、ぜひコラボレ-ションさせてください。

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2008年5月28日 (水)

宮崎県の照葉樹林・徳蘇山系

先日、竹の会の例会が青島であった。今回のゲストは地元青島に在住する植物社会学者の河野耕三さん。河野さんはことしの3月まで県内の農業高校の教師だった。そして現在は綾町にて照葉樹林の担当をしているそうだ。その河野さんから青島周囲の植生などについて、幅広い話を聞くことができた。

照葉樹林といえば綾であり、綾といえば照葉樹林だ。日本を含むアジアの広い地域に分布する常緑の広葉樹林帯のことであり、日本はその北限であるという。タブとかカシなどの肉厚の濃い緑色の葉をもつ樹種が多いことからそう呼ばれる。かつては西日本の多くがその樹林帯であったのだろうが、数千年という時を経て、開発や伐採、勤勉な国民性により人工林に置きかえられていることは周知のとおり。いまや日本の山は杉と桧で覆い尽くされ、多くの人が花粉症に悩まされている。そのなかで、綾には日本最大の面積をもつ照葉樹林が残されている。そんなわけで、綾の照葉樹は脚光を浴び、いまや世界遺産に指定しようという人もいるほどの盛り上がりである。

面積では綾に軍配を譲るものの、質では綾を凌駕するのが今回の徳蘇山である。宮崎市の南部にひろがる双石山や椿山、そして北郷の猪八重渓谷にかけてひろがるのが徳蘇山系であり、青島から堀切峠、ウド神宮にかけての風光明媚な海岸線の内陸側ということになる。

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上部中央の水色部分が木花の水田地帯。その海岸側に運動公園がある。右上のポツンと飛び出た島が青島である。地図の左側に緑の部分が南北に伸びているのが自然林の照葉樹林帯であり、この周囲が徳蘇山系ということになる。地図の茶色の部分が杉や桧などの人工林であり、かなりの部分が茶色に覆われている。この徳蘇山には、多種多様な樹種があるという。青島が亜熱帯性の植物であるビロウに覆われていることでもわかるとおり、ここには亜熱帯系の樹種が豊富なのだという。植生が亜熱帯的で豊富であるということは、多様な生き物がいることでもある。ここには多様な昆虫あるいは鳥、大型の生き物まで見ることができる。そんな大自然の森が空港からわずか10分というというところにあることが驚きなのだそうだ。なんでも、県庁所在地で大規模な自然林をもつ都市は、札幌と宮崎だけであるそうだ。札幌は北海道大学の演習林が開発から自然を守った。宮崎ではこの徳蘇山が金と人がいないことをさいわいに、開発の及ばない辺鄙な地ということで残された。

このことは青島と宮崎の将来にとって宝の山を持つことに等しい。現在、都市近郊における自然のニ-ズは高い。安心して豊かな自然にふれあえる場所は、東京の高尾山を筆頭に、都会人の癒しの場所として高いニ-ズがあるのである。河野さんのもとにも、東京や大阪など都市部からの宮崎での自然探訪のちょいとしたミニツア-の照会があるという。木花の運動公園を拠点に、南に海あり山あり川あり-しかも本物の自然が残る-、ちょいとした岩のぼりもできる。また神話や神楽などの文化的要素もここにはある。このコンパクトでアクセス容易な青島周囲の地域は、とても魅力的であり可能性のある地域なのであった。

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これが徳蘇山系の手付かずの照葉樹林。

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森の内部はこんなふうになっている。

本物の豊かで魅力的な自然が、金がないことをさいわいにこの地に残されている。これをたいせつにしたい。県庁だってそうだ。建て替え計画はあったが、金がないことで立ち消えになったのである。宮崎県のこれからの観光のヒントがここにはあるのではないだろうか。何もしないことでせっかく残された本物の自然を、なにもせずにそのまま残すのである。なにもしないといっても、必要最低限のことは必要であるが、ハッタリやコケオドシ的な要素は排除し、訪れる人の便宜を考えた一定の質と品のある環境整備をおこなうのである。ハコモノは極力抑えることはいうまでもない。

ついでに言うと、現在シ-ガイア近くの海岸に計画されている砂浜を守るための巨大なコンクリ-トの突堤は、はたして必要なのだろうか、もっと宮崎らしい解決策はないものだろうか。もともと、余計な?人口ビ-チとマリ-ナをつくったことで海流が変わり、砂浜が侵食されたことがその発端だという。マリ-ナはともかく、人口ビ-チは海水がよどんでいて泳げたものではない。あきらかに失敗策だとおもう。その失敗をさらに巨額な金額を費やす人工物で補おうとする。失敗作を取り除くための出費は批判されるが、巨額の補助金をともなう新たな人工物をつくることで、地元の土建業が潤うことで批判もやわらげられるのだろうが、そんな姑息な思想のおかげで、自然破壊と資源のムダ遣いが行なわれていいのだろうか。せめて、重機を廃して人間の手でできる範囲での改変にとどめることを考えたらどうだろう。それなら失敗しても傷も浅いし、手の痕跡がのこる構築物は歴史の観賞にもたえる。

さいごに、河野氏が講師として登場する、次の日曜日・6月1日に綾町で開催される照葉樹林に関するシンポジウムの案内を。梅雨の前のひとときを、初夏の陽射しを浴びて輝く照葉樹の探索と勉強に出かけてはいかがでしょう。子どもの部活等の日程が空けば、わたしも行く予定です。※なお、このペ-ジに使用した映像等は、全て河野氏の提供によるものですので、転載はご遠慮ください。

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このイベントのことは、下のHPにも詳しいので、リンクをつけておきます。クリックして現れるトップペ-ジの右下に降りたところに案内があります。もっと詳しい情報は、それをクリックしてくだされば得られます。

「照葉樹林文化シンポジウム2008in綾」を案内するHP・「環」のサイトへ

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2008年5月19日 (月)

dokidokiIコンサ-ト終了

先日紹介した、dokidokiコンサ-トに行って来ました。当日は午前中は快晴でしたが、コンサ-トのはじまる午後には曇りがちな空模様で、この時期の野外コンサ-トには、もってこいの天気でした。

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午後2時、予定通りのオ-プニング。ア―プニングアクトはアイアンピ-スヒックバンド。都城在住の2人組のア-ティトです。わたしとは「都城市民会館秋祭り」でも縁がありました。

今回、演奏のさいごに、その不可思議なネ-メングの由来が披露されました。

このバンドのヴォ-カル氏の名が鉄平さんなのだそうです。つまり、アイアン=鉄、ピ-ス=平和からアイアンピ-スとのこと、しかし、さいごのヒックはナンジャロ?という疑問が残ります。謎があった方が人生は楽しいのでそのままにしておきますが、もし知っている人は教えてください。

アイアンピ-スヒックバンドのあと、午後2時ちょっと前からメインアクトのdokidokiの登場です。兄弟デュオというと「狩人」しか思い浮かばない世代ですが、ぱっと見20代の男性二人組でした。喜界島という南の島からのゲストですので、琉球音階を駆使したヘロヘロフニャフニャサウンドかとおもいきや、以外にジャパニ-ズポップスのスタンダ-ドな曲づくりが多かったようです。しかし、期待どうりにサンシン(琉球の三味線または蛇三線)を使った曲も披露してくれました。

200805171727 こちらはアイアン・・バンド。

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この2人がdokidoki。左が兄、右が弟。

これを主宰したウエスト・サイド・ブ-ルヴァ-ドでは、今年度あと3回のコンサ-トを企画しているそうです。いいじゃないですか。どんどんやってという心境です。この委員会の主旨は、野外です。野外なら街に音を響かせられるからです。こうして、都城がときにポップ又はクラシックな音の響く街になったら素敵なことです。昼間ですので快適なサウンドが騒音に変化することはありますまい。実行委員のみなさま、Yさん、M君、ご苦労さまでした。次回はジャズ、8月30日だとか。よろしくお願いします。

上のポスタ-左側の四角いリングを4つ重ねたカタチが委員会のシンボルマ-クのようです。シンプルな造形の中に、西という漢字が見出せます。オシャレですね。こうなったら次回にもっとドキドキするしかありません。

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2008年5月 9日 (金)

dokidokiIコンサ-ト

都城市の中山荘がリニュ-アルし、ル-チェという名の結婚式・披露宴会場があらたにオ-プンしました。そのオ-プンを記念して、「ル-チェ・プレゼンツ」なるタイトルで、来週の土曜日に野外コンサ-トが開催されます。以下はその案内を記したサイトからのものです。

ルーチェプレゼンツ 野外コンサート決定

 ★日時 5月17日 14:00~16:00
 ★場所 中山荘 パーキング
       都城西駅の近くです。
       雨天決行!雨のときには、屋根つき駐車場で行います。
 ★料金 500円 小学生以下は無料です。

 ★オープニングアクト
   アイアンピースヒックバンド
     都城で活躍する二人組みのバンド。サイモン&ガーファンクル
  
の曲を歌ってくれます!  
 ★メインアクト
   ドキドキ
     喜界島を拠点に活動する二人組みのバンド。 dokidoki HP
 

この情報が載っているのは「環」というサイトで、市民会館の保存活動に尽力してくれたM君が運営しています。

  環(たまき)HPへ

dokidokiというのは、喜界島を拠点に活動する兄弟バンドとかで、南の島らしい心の踊るサウンドが聞けそうです。また、オ-プニングに登場するアイアンピ-スヒックバンドは、市民会館秋祭りにも参加してくれた2人組のバンドで、そのときのサイモン&ガ-ファンクルの美しい曲を生ギタ-で聞かせてくれました。

このコンサ-トは、中山荘の後援にて実行委員会が主催するもので、地元のY市議をはじめとする有志で委員会は構成されていて、M君もその一員としてがんばっているようです。M君は環境問題やまちづくりなどに入れ込んでいて、高千穂鉄道の再開、海岸の間伐材を利用した保全策などの研究や、九州のいろんなまちづくりの紹介などを上記のサイトで展開しています。また、都城市民会館を設計した菊竹氏の招致もその多彩なプログラムのなかに採りいれることを画策しています。九州の生活・文化を紹介するこのサイトをぜひ一度、覗いてみてください。

市街地で野外コンサ-トが実現するなんて、とてもいいことだとおもいます。街の楽しさはこういういろんなイベントがかって気ままに多彩におこなわれることで、民間の自発的なものが望まれます。都城にも来年の4月には大学が開学します。いろんな人がいろんな活動をして、自分たちがおおいに楽しむ。そうすることで廻りにも楽しみが伝播していく。そんなまちになったらいいですね。17日を楽しみにしたいとおもいます。ドキドキ。

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2008年2月14日 (木)

合併のススメ

沖縄でまた不幸な事件が起こりました。岩国での選挙の前にこの事件が起こっていたらどうなっていたのでしょうか。防衛施設庁の幹部は、真っ先にそのことをおもっただろうと考えました。

このブログは建築を主題としていますので、政治的な発言はオフにするつもりでしたが、実直で引き締まった顔をした井原氏が敗退し、人あたりのよさそうな福田氏が当選しましたので、奥様に虐げられてはいるとはいえ、薩摩隼人の末裔のひとりであることを自認し、酔った勢いで数々の暴言を吐いたことのある当方としては、ここはだまっているわけにはいかないとおもい、ここ数年間暖めていた雄大な構想を披瀝します。ただ、酔った勢いで書いているゆえ、明日の朝には消去しているかもしれませんのであしからず。

さて、岩国から話をはじめます。岩国市庁舎の建設費用に対する国からの補助金がカットされ、それに対する議会と市長の攻防が今回の選挙の原因でした。もともと、争点になっている今回の補助金は、沖縄の米軍基地への過重な負担を軽減するための国策として、沖縄からいくぶんかの基地機能移転への協力に岩国市が応じたことへの見かえりとしての補助金でした。その約束を今回、国が保留したのは、米軍厚木基地の騒音被害を軽減するため、現在厚木基地に所属する航空機の約半分50機ほどを岩国へ移転することを岩国市へ要請し、井原市長がそれに対してNOと意思表示したことへの嫌がらせです。

厚木市民は数度の裁判を起こし、基地があることの迷惑と戦ってきました。そして、一定の判例を勝ちとっています。対して、岩国市民は裁判を起こしたでしょうか。この構図は、物を言う住民にはしぶしぶ従うが、物言わぬ住民には無理難題を押し付けて恥じないこの国の体質を、これでもか、と言わんばかりに示しています。

井原氏は住民投票を実施しました。結果は80%を超える圧倒的な数字でNOでした。井原氏の拒否の判断はまっとうです。それ以外に選択肢はありません。ところが、国はそのことへの対策として、あろうことか、当初、協力者であった岩国市へのイジメに出たのです。この国でイジメがなくならないことの原因がこれではっきりしました。上を見ればそうしているからです。

もうひとつ、この国でサラ金被害者というか、自己破産者が急増していることの原因はなんでしょう。やはり上を見るとそうしているからです。昨年、夕張市が久しぶりに自治体として財政破綻し、夕張市民の困窮ぶりがクロ-ズアップされましたが、国は、夕張市民ひとりあたりの借金をはるかに上回る借金を抱えて平気です。あいもかわらず税金を食い物にする守屋次官や社会保険庁などを温存しています。あまつさえ、国民の健康と生命さえないがしろにする厚生省も健在です。夕張市に財政再建をせまるまえに、800兆円を越す国債を、ほんとうに返す意思と能力があるのか、その処方箋を示してからにせいよ、と酔っぱらいでも考えるでしょう。

さて、本論です。現在、日本国民にとって、国威をいちじるしく損傷せしめていることはなんでしょう。わたしは、沖縄の基地問題と北朝鮮の拉致問題だと考えます。戦後60年経過してもなお解決できていない、このふたつの大問題をすみやかに解決する特効薬があります。日本はアメリカと合併するのです。それでなくても、国内の運営に失敗しそうな日本政府は、国の言うがままにやってきて疲弊の極みにある自治体を、お得意のあめとムチ(無知)で合併させているではないですか。

イラクに侵攻したり、禁酒法を制定したりと、野蛮なところのあるアメリカですが、自由と民主主義、自国民の保護に関しては抜きん出ています。沖縄がもし正式にアメリカの領土だったら、こんなに人権を無視した基地のあり方を許すはずがありません。自国民が意図せずに強制的に他国に拉致され、苦悩にもだえ苦しんでいるのなら、とっくにグリ-ンベレ-を派遣して救出しているでしょう。

沖縄は60年以上まえ、県土を日本軍とアメリカ軍に蹂躪されました。その200年前、薩摩藩にも蹂躪されています。もともとは、れっきとした独立国です。しかし、沖縄県民は、それでも、日本の一員であることを希望し、本土(日本)への復帰運動を起こし、それが果たされたのです。そして、その仕打ちがこれです。

日本の首相は就任すると間髪をいれずにアメリカを訪問します。おそらく、次回の総選挙で小沢氏が首相になってもそうするでしょう。日本とアメリカの関係を考えるとそうせざるを得ません。なぜそうなるのかというと、日本がアメリカに甘えているからです。日本が沖縄に甘えているからです。国防と経済、アメリカに庇護されて抜き差しならない関係にあります。かつて、アメリカを番犬にたとえた政治家がいましたが、そのくらいの根性のすわった政治家は現在見当たりません。おそらく、このままでいくと、日本がアメリカjからの影響力を小さくする方向には行きません。あいかわらず、イラクや中東に軍事的な貢献をせざるえないでしょう。日本の首相は日本の国益を考えるあまり、アメリカの国益に沿った政策を選択します。独立国としてのプライドはないがしろにされるがままです。

そこで、発想の転換です。日本はアメリカ合衆国(本多勝一氏は「合州国」だろうと言っています)のひとつの州になるのです。これで沖縄と北朝鮮拉致問題は解決します。プライドの高いアメリカが、自国民のおかれた不当な状況を許すはずがありません。ついでに、このことにより、アメリカの健全な民主主義と優秀な官僚機構が手に入ります。老後の糧としてコツコツ積み上げた年金は、すみやかに国民の手に取り戻されます。高い手数料を取りながら、稚拙な構造偽装を見ぬけず、汗水たらして得た結晶であるマンションを手放さざる得なかった国民の悲嘆に荷担した特定行政庁と建築確認検査機構の職員に天誅をくだすでしょう。

わたしたち日本国民は代表者である総理大臣を直接には選べません。その総理でさえアメリカのいいなりであるのなら、オバマかクリントンかで、がぜん盛り上がってきたアメリカ大統領を直接選択した方がいいとおもいます。その方がおきらめがつくというものです。中間に介在する国会議員のいい訳にうんざりする必要がなくなり、精神的にはよほどすっきりします。まして、日本にはエネルギ-も食料もありません。アメリカの国益に沿って、食料自給率を半分以下にまで落として平気な日本政府を、わたしは信用したくありません。

もうひとつ、日本がアメリカと合併することによるメリットがあります。英語です。日本人は英語が大好きです。就職のため、進学のため、駅前に留学してまで英語の取得につとめています。合併により、すくなくとも、それ以降に小学校に入学する日本人の全員が英語を取得できます。ただし、このことは日本人が日本語を失うことを意味しません。

そのかわり、国民皆保険はなくなり、今以上のジャンクフ-ド゙の蔓延と治安悪化は避けられません。レイプ事件はアメリカでもとうぜんあります。ただ、アメリカでは基地協定にしばられず、直接、自国法によって裁かれます。

ついでにいうと、現在、その次に日本のかかえる国際的な問題も解決できるとおもいますので披瀝します。まず、対韓国です。竹島はアメリカ領・つまり日本領になるでしょう。次に対中国です。現在、課題となっている海底資源は穏便に分けられます。南京事件、教科書問題もすみやかに解決します。さいごに対ロシアです。現在、日本が主張している北方領土はアメリカ領・日本領になります。もしかしたら、シベリア抑留の英雄は補償され、樺太もかえってくるかもしれません。

どうでしょう。この壮大なプランは。「なにをバカな」とおもったかもしれませんが、国民がそれを望めば、明日にでも実現できます。日本は民主主義の国です。ようは、国民の気持ちしだいです。

これで、わたしは日本人としてのプライドと、老後の将来を手に入れられると考えますが、みなさんはいかがでしょう。

長々と酔人の主張にお付きあいくださいましてありがとうございます。この主張はあくまでも冗談ですので念のため。ただ、この冗談の最期にオチをきちんと用意しています。

沖縄・北朝鮮・官僚・英語、この日本人の抱える難問が合併により解決したあかつきには、とっとと再び独立するのです。わたしは、合併のためには戦いませんが、独立のためには戦う用意があります。

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2007年5月10日 (木)

都城市民会館と都城島津邸の記事が

先日、このブログで「都城の文化と建築を考える会」と「都城島津を温ねる会」が、合同で東国原知事を表敬訪問したことを書きましたが、訪問の効果があらわれたのでしょうか、きのう、きょうの新聞に都城市民会館と都城島津家の記事が載っています。

5月9日付けの毎日新聞と南日本新聞に、5月11日付けの宮崎日日新聞にも都城市民会館がDOCOMOMO新10選に内定したことの記事が載っています。

また、5月10日の朝日新聞には、都城島津家が市に寄贈した約一万点のお宝から、都城島津家の鹿児島での藩邸の古絵図が発見されたという記事です。この寄贈されたお宝は、現在、重要文化財の一括指定を視野に入れ、都城市で調査及び目録の作成中であり、近年中にその成果が見込まれています。

わたしの希望は、すぐれた文化遺産であり市民の貴重な共有財産である、都城市民会館と島津邸の両者がたいせつに扱われ、都城市が文化的な品格ある都市としてより洗練されることです。「温故知新」という言葉があります。古いものと新しいものとが共生してこそ、魅力ある都市であり、楽しい市民生活をおくることができるのです。

なお、先述の記事は宮崎版のものですが、4月28日の全国版(又は西日本版)の毎日新聞「土曜文化論」蘭には、建築史家・九州大学大学院教授の土居氏による、建築家・菊竹清訓の新旧の代表作品である九州国立博物館と都城市民会館を、文明論として比較検証する論文「菊竹清訓の昔と今」が載っています。

以下に新聞記事のPDFデ-タを収録します。DOCOMOMO選入りの3紙と、毎日新聞の「菊竹清訓の昔と今」の記事です。

5/9、5/11「DOCOMOMO選入り記事3紙」をダウンロード

4/28 毎日新聞の「菊竹清訓の昔と今」をダウンロード

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2007年5月 3日 (木)

東国原知事を訪問

宮崎県に東国原(そのまんま東)知事が誕生して100日が経過しました。だんだん、「そのまんま」という名称が薄れ、すっかり東国原(ひがしこくばる)知事という呼び方が定着してきた感があります。

就任以来、マスコミへの露出度と宮崎県のピ-ア-ル効果は大きく、先日、所用で愛知県と三重県を旅行したときも、行った先々で「宮崎から来た」と言うと、「そのまんま東の」という興味津々な返事が必ず返ってきました。「がんばってますね」というコメントもたいてい付いてきました。きょうの会談でも160億円という数字を知事が口に出しましたが、東国原知事が就任してからの宮崎県の宣伝経済効果だそうです。実際、お笑いタレントから政界への転進を興味深く伝えるようすや、鳥インフルエンザ発生後、地鶏を持参しての県産品の安全性を訴える真摯なパフォ-マンスは、連日のようにマスコミに取り上げられ、まさに東フィ-バ-でした。

その注目の東国原知事を、昨日宮崎県庁に訪れ面談してきました。目的は都城市民会館と島津邸という都城及び宮崎県の文化に関する、重大な懸案事項となっているふたつの問題についての説明と知事との意見交換です。

この面会は、都城島津を温ねる会(会長:土持吉之さん)と、南九州の文化を守る会(代表:又木啓子さん)の合同での表敬訪問というかたちで実現しました。いまや時の人であり、超多忙な知事のスケジュ-ルを空けさせ、面会を実現させたのは国際的に活躍する芸術家でもある又木さんの功績です。その存続が懸念されている島津邸と市民会館に対する彼女の熱い気持ちが、県庁の職員と知事の後援会、そして知事本人に通じ、なんとか10分間という時間を用意してもらったそうです。

都城市民会館の芸術性を高く評価し、都城島津家とも縁があり、歴史と文化を尊重する又木さんは、どちらも失われることなく、有用に活用されることを願っています。その又木さんが「都城島津を温ねる会」の土持会長に呼びかけ、ふたつの団体が合同で知事を表敬訪問し、知事の出身地である都城に存在する、宮崎県民にとっても貴重な財産である市民会館と島津邸の現状を説明し、あわせて、両者の有効活用策について意見交換をすることができました。

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当所、10分間の予定でしたが、知事は熱心にわたしたちの話しに耳をかたむけてくれ、20分ほど時間をいただきました。市民会館については、さすがに、ここのステ-ジに出演したことのある知事ですので、そのユニ-クな形状や高い建築的価値については承知していましたが、新しい文化ホ-ルが完成してから現在閉館中であること、なぜか長峯市長は壊したがっていること、先日、DOCOMOMOの2006年度の選定建築物に内定したことなどを説明しました。

都城島津邸についても、その敷地内の池で遊んだ記憶があるとのことでしたが、詳細は承知していないということで、先代の岩橋都城市長は、この屋敷を市が購入する約束をし、すでに島津家は約一万点のお宝を市に寄贈しているのにかかわらず、現・長峯市長はそれを履行しようとしていないこと、来年はNHKの大河ドラマで島津家(和泉)の篤姫が取り上げられ、都城島津家もその存在が注目されるはずであること、現都城島津家当主の久厚氏が、たぐい稀な高潔高邁な士であり、郷土と日本の現在に多大な功績のある巨人であることを説明し、このふたつ(市民会館と島津邸)が失われることは、県のみならず、南九州地方にとって重大な文化的・経済的損失になることを訴えました。

わたしたちの話を、ときに質問を入れながら熱心に興味深く、知事は聞いてくれました。いつものように、大きくずり落ちたメガネの奥に笑みと真剣なまなざしを見せ、宮崎県の文化行政のトップとして、重要な認識をもってこの問題に関心を示してくれたように感じます。願わくば、都城市民会館と島津邸を改めて見学し、できれば島津久厚氏にも面会してその人柄にじかに触れてもらえるよう希望する旨を伝えて面談は終了しました。ひじょうに中味のある20分間でした。

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2007年4月24日 (火)

都城島津を温ねる会と、島津邸のこと

宮崎県は都城に、「都城島津を温ねる(たずねる)会」(会長:土持吉之さん)という団体があります。古い歴史をもつ都城島津家の28代目の当主であり、当地の発展・歴史に欠かすことのできない巨人でもある島津久厚さんの功績と人柄に惚れ、なにかできることがあったらお役にたちたいという有志の集まりです。

先日、その会長の土持さんと美術家の又木さんの企画で、都城島津家を訪問させていただきました。しかも、島津さんご夫婦の案内でという、幸運なものでした。わたしとしては、昨年の6月以来の2度目の訪問であり、このブログにもそのときのことを記しています。

発端は、現在都城に帰省中の又木さん(本拠地はスペイン)が、昨年、島津さんが受賞した都城名誉市民章のデザインを担当したことでした。又木さんは現在一時帰国しており、郷里の都城に滞在しています。その又木さんが先日東京に行ったおり、東京の島津邸に連絡を取り、名誉章の実物を拝見したいという(又木さんはスペインにいるので実物を見ていなかった)希望を伝えたことだったようです。

東京で島津さんと面会した又木さんは、その名誉章を都城のお屋敷で拝見する約束を得ますが、同時に、都城島津邸の存続が、現在微妙な情勢にあることも知らされました。先にこのブログでも紹介しましたが、10年ほど前の、まだ岩橋市長だった当時、都城市は島津さんのお屋敷を買い取る約束をしました。その見返りといっては語弊があるかもしれませんが、当家の所有する美術品や古い文献・記録資料など約一万点のお宝を市に寄贈することになり、こちらは2年ほど前に履行されました。現在、そのお宝は、重要文化財の指定を視野に入れ、市が調査・整理中です。

ところが、現在の長峯市長は、市が果たすはずであったお屋敷購入の約束を、まだj準備不足として履行しようとしていません。うがった観測かもしれませんが、島津家がしびれを切らして他に売却するのを待っているのであり、そうすれば市が約束を反故にしたという批判がかわせるという、稚拙なのか高等なのかよくわからない、それが本当ならとてもズルイ作戦だと言う人もいます。

さて、都城島津を温ねる会の登場です。東京で島津さんと面会した又木さんは、この会のことをご夫妻との会話の中で知りました。「温ねる」と書いて「たずねる」と呼ぶのは、おそらく論語の「温故知新」(一般解では「古きをたずねて新しきを知る」と訳す)から来ているのでしょうが、都城島津家の古く長い歴史と、鹿児島の島津本家の陰に隠れて、あまり知られてはいないが、日本史の画期に活躍した都城島津家の面々と、今日の都城・宮崎・ひいては日本の発展に貢献した都城島津家の功績を顕彰・検証し、都城島津家を貴重な郷土の遺産として維持・活用したいという目的をもつ市民団体です。

「・・温ねる会」は現在、会員100人ほどを数えています。いずれも、都城ロ-タリ-クラブの会員を中心とする(島津さんは宮崎県のロ-タリ-クラブの祖といえる人物であり、現在でも現役で50年在籍かつ重責を担っている、日本でも有数のロ-タリアンです)当地の重鎮ばかりであり、じつは、長峯市長自身もこの「・・温ねる会」の会員です。この会は、都城市が10年前の約束を果たし、島津家の屋敷をこれからも市の貴重な財産として存続・整備するよう各方面に働きかけていくそうです。

わたしも都城島津家が民間に渡り、商用地あるいは住宅地として現在の姿を壊すかたちで再開発されることを望んでいません。都城は島津家発祥の地であることをうたっています。律令体制が成熟してきた平安時代の初期、すでに現在の都城地方が島津という名前で呼ばれていたと記録にもあるようです。やがて、この地を治めることになった現在の島津家の祖が、地名をとって「島津」を名乗りました。その本家は鹿児島に移住し、日本史に重大な数々の足跡を残すことになります。都城島津家は宗家の分家筋としてこの地域を支藩として自治してきました。戦国期から連綿と続く武家の昭和期の住宅として、あるいは、当地にとって珍しい優れた近代和風建築遺構として、この都城島津家屋敷は高い資料的価値と文化的価値を有しています。古くていいものはたいせつに扱う。残すべきものは残す。当然のことです。財政逼迫の言い訳は、万策尽き、矢折れ力尽きてから言うべきです。

前置きが長くなりました。今回の島津邸の写真をご覧ください。

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島津夫妻と又木さん           又木さんデザインの名誉市民章         

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かつて天皇がくつろいだことのある部屋にて  大野重幸氏デザインの和室欄間

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お屋敷と庭園         「・・温ねる会」が定期的に清掃している市内の兼喜神社

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