建築 見て歩き

2017年11月 5日 (日)

旧唐津銀行本店

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明治45年築、監修:辰野金吾、設計:田中実
建てられてから105年を経過しているとは思えないほどきれいに維持管理されている。
現在は市が所有して博物館として公開している(無料)
照明や調度類はほとんどが復元されたものだそうだが、暖炉や一部の照明がオリジナルのままであるという。
設計者の田中氏は辰野金吾の弟子であるそうだ。唐津は辰野のほか、村野藤吾の出身地でもある。

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2017年10月19日 (木)

笠沙恵比寿/南さつま  デザイン:水戸岡 鋭治

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薩摩半島の南西部に位置する野間岬の付け根あたりにある湊の集落にある施設。
宿泊・食事・博物館・温泉・買物を組み合わせた複合施設のようだ。
恵比寿は漁師・船乗りの神としてこのあたりでは篤い信仰を集めているということでこのネーミングになったのだろう。
水戸岡氏は「ななつ星」などJR九州のたくさんの車両のデザインで高名な人物。
イラストレーターでもあるし、ランドスケープやまちの企画開発などにも才能を発揮している多面的なデザイナーである。

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2017年10月14日 (土)

旧二階堂家住宅/重要文化財 鹿児島県肝付町

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鹿児島県の大隅半島の中央部にある肝付町のかつて高山町といっていた地域の中心部にある旧家の住宅。文化7年(1810年)ごろに建てられたと由緒書きにある。
二階堂家は歴史のある旧家であり、この高山に住んで400年という。
建物は「おもて」「なかえ」からなる典型的な分棟形式の民家であり、茅葺き部分的に竹瓦で屋根が葺かれている。
いつまで住居として使用されていたのかは不明であるが、保存状態もよく、昭和50年に重要文化財に指定されている。
現在は東向きであるが、もともは南向きであり、現状より30mほど北東側に建っていたのを、昭和62年に移築したとある。
おそらく、現在この建物の北側に建つ本宅を建築する際に動かしたのであろう。
最後の写真二枚は、旧宅の奥の竹林に囲まれた先祖代々の墓。
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これが隣接する本宅。自民党の大物政治家であった二階堂進氏(故人)の邸宅。現在は無住であり、内部の見学はできない。

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2017年9月30日 (土)

ミクニスタジアムと磯崎作品

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北九州市に本拠をおくサッカーチームのギラヴァンツ。ことし、そのホームスタジアムが小倉駅近くの海沿いの一等地にオープンした。
せっかく新しいスタジアムができたのに、当のギラヴァンツはことしからカテゴリーをJ3に落としてしまうというていたらくであるが、たぶんすぐにJ2に復帰するだろう。
そして、J1昇格にはスタジアムがネックになっていたのだが、それも解決できたので、近い将来、もっと上も目ざせるだろう。ギラヴァンツにはTOTOと安川電機という強力なスポンサーがついているので、J2・3のチームのなかでは資金的にも余裕がある方だと推測する。
さて、小倉駅から北口を出て、総合展示場方面へ向かう。駅前の歩行者デッキから動く歩道も整備されている。途中から右に折れてインポートマートの建物にいったん入り、そこを出ると磯崎さんの1977年の作品である総合展示場のすぐ横に出る。
側面から高く上方に突き出す柱とそこから吊られたケーブルが特徴的な建物である。そして、道路をはさんだ向かい側には持ち上げられた黄色いキューブ、波打つ屋根をつくりだす赤い壁が特徴的な国際会議場があり、こちらは1990年のやはり磯崎さんの作品だ。
国際会議場のすぐ隣が新装オープンとなったスタジアムであり、ネーミングライツによりミクニ・・・・と呼称される。
スタジアムの定員は約1万5千人、北九州という大都市のわりにはちょっと小さいのかもしれないが、建設費や維持費、駅近くの敷地の確保、昨今の財政状況などを考えると、せいいっぱいの大きさだったのかもしれない。たぶん、日本代表戦はむりだろうが、ACL、天皇杯などいろんな試合・大会のレギュレーションを調査して決められたキャパシティでもあるのだろう。
それまで、郊外の古びた陸上競技場をホームとしていたことを考えると、クラブの関係者としては満足いく結果であったのだろう。
サッカー専用のグラウンドではあるが、適切な養生をほどこせば、屋外での多目的なイベントに使用することもできるだろう。その集客、にぎわい効果も期待して市も建設にGOを下したのだろうとおもう。
グラウンドを四方の観客席が取り囲むスタイルであるが、海沿いのバックスタンド側だけ屋根がない。屋根もなければ高いフェンスもないということで、大きく蹴りあげられたボールは海に落ちることもある。先日、ギラヴァンツのリーグ戦で海ポチャの第一号が出たことがニュースになっていた。
海に落ちたボールはボートで回収するらしい。費用対効果を考えた結果、高いフェンスよりボートでの回収という結論になったそうだ。
ようやく、日本でも全国的にサッカー専用のスタジアムが増え、九州にもこれで鳥栖のベストアメニティ、アビスパ福岡のレベルファイブと三つ目の本格的なサッカースタジアムができたことになる。
ヨーロッパのサッカーシーンと比べて、いちばんうらやましかったのは専用スタジアムの有無であったが、日本もこうして少しづつサッカー大国らしい内容を備えていくのだろう。

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2017年9月25日 (月)

霧島 天テラス

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かつて、霧島に「霧島山上ホテル」があった。泊まったことはないが、霧島でも最上級のホテルであったように記憶する。
その「山上ホテル」がいつのまにか「天テラス」(あまてらす)と名を変えていたので寄ってみた。
建物じたいはそんなに変わっていないようだ。ヨーロッパの山岳ホテルをモチーフにした玄関棟、ロビーとフロント、レストランも調度品が変わったくらいで「山上ホテル」時代と大きな変更はないように思える。
最初の写真はトイレのドア、ノブがクラシカルでいい雰囲気だ。これも山上時代そのままのようだ。
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本館の下側の斜面に新たに貸切の露天風呂が5部屋増設されていた。これが「天テラス」のウリのようである。
客室棟にも上階には客室専用の露天風呂が設けてある。
「天テラス」は温泉施設にかなり投資・改変を加えてオープンしたのだろう。
貸切露天風呂はプールが付いている。木製のブランコも置いてあり、子ども連れに人気のようだ。

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2017年9月20日 (水)

旧伊藤伝右衛門邸

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筑豊の炭鉱王・伊藤伝右衛門氏の大邸宅。
ドラマ「花子とアン」、柳原白蓮ゆかりの居宅として近年ブレイクしたしたところでもある。
旧街道沿いの高い塀に囲まれた広大な敷地は約2300坪あり、博多の赤銅御殿から移築したという立派な門をくぐると、内部には4つの住棟からなる、延べ床面積約300坪の住居棟が中庭をはさんで雁行する。住宅は25の部屋からなり、その他に三つの蔵、いくつかの付属棟があり、敷地の北半分は広大な回遊式庭園となっている。
白蓮は25歳で嫁いできてこの邸宅に10年間住んだそうである。実際は、博多や別府にも別邸があったので、ここに10年間いたわけではないが、その過半は本宅であるここにいたのであろうし、別府や博多には現在、邸宅の痕跡は残っていないようである。
白蓮の部屋は二階にあった。ここに来て数年後に白蓮の好みで増築したものらしい。庭を望む東北角の眺望のいい部屋であり、チューリップの形の襖の引き手や、床の間天井の竹でかたどった三枡の意匠が特徴となっている瀟洒な座敷である。
立方体を斜めから書いたように見える三枡の家紋は、伊藤家の「男紋」であり、女紋は「五七の桐」であるという。その両者は屋敷内のいろんなところで意匠として使用されている。
大正から昭和にかけて建設された和風の旧宅で、同程度の広さのものは、地方の旧家としてはよくあるクラスのものだろう。ただ、この邸宅はその建設当時の意匠と美しい庭がよく保存されているし、白蓮、伝右衛門という伝説の主人公たちの聖地として、多くの見物人を集めている。
庭は平成23年に国指定の名勝になったそうである。

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2017年9月12日 (火)

門司港レトロ

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JRの門司港駅(かつては門司駅)周囲にはたくさんの赤レンガの古い建造物が残っている。それに合わせて新しい建物も意匠的に凝らしてあったりして、それらのあるこの周囲一角を「門司港レトロ」と呼び、北九州の有力な観光地のひとつになっている。
それらの建物の多くは、門司港駅から東側の小さな港湾の入り江を取り囲むように位置していて、海(門司海峡)との接点には跳ね橋がかかっているのでひとまわりすることができるし、とても絵になる景色でもある。
跳ね橋を渡ると、遠くの対岸には下関の街が見えるし、海峡を行きかう船もあってじつにいい景色だ。
跳ね橋を渡ると高級そうなホテルが鎮座している。アルドロッシの設計で1998年の作である。かつては「門司港ホテル」と呼ばれていたが、近年経営が変わり、名称も変わっていた。
食堂など一部は改装されたそうだが、ほとんどの部分は設計当初のまま残っているとのことだった。
最後の写真は出光美術館。東京に本館があるのだが、創業にゆかりのあるこの門司に分館として展示室を構えている。意匠も赤レンガを用いて周景に配慮されている。
写真中ほどのコンクリート造の近代的に見えるビルは旧JR九州本社ビル。もともとは1937年につくられた旧三井物産門司支店とのこと。
コンクリート造6階建てで、当時は九州一の高層ビルだったそうである。
古びているし、写真ではよくわからないが、意匠的にもすばらしいビルであるとおもう。

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2017年8月30日 (水)

高鍋大師

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高鍋町の中心街から10号線を北上し、河を渡ったところの西側の高台に持田古墳群があり、その東側の日向灘に続く平野部を望む突端に高鍋大師がある。
ひとりの人物が50年ほどの歳月をかけて作り上げた畏敬すべき石造群であり、造形と人間のひたむきな情熱について考えさせられるたいへん評価の高い貴重な文化財でもある。
高鍋町もようやくこの文化財に着目してきたようで、ここ数年でかなり公園としての整備が進んできたようだ。
最初の写真二枚は高鍋大師の本堂外観と内陣の様子。
最後の写真は当大師をモチーフとした「高鍋大使」なるキャラクター。特徴をよく捉えているようにおもう。

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2017年5月21日 (日)

シラス洞窟の家

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高千穂シラス という会社がある。もともとは設計事務所としてスタートしたそうだが、環境アンドエコ・自然志向の工務店となり、建材も製造販売するようになった。
本社は横浜市にあるのだが、社長の出身地は都城市山田町であり、この地で採れるシラスという太古の火山灰を原料に「シラス」を冠した塗り壁などの建材をこの地で製造している。
近年、その会社が、工場の近くの丘陵地に「ふれあいの丘」という自然交歓施設をつくっており、乗馬や小動物とのふれあいなどが楽しめるようになっている。そして、その一角にあるビオトープの池のほとりに「洞窟の家」なるモデルハウスが誕生した。
なにが洞窟かというと、内部の壁天井を全て当社のシラス塗り材で仕上げ、さながらシラスの洞窟となる状態をイメージしているそうだ。
シラス台地の上に住むわたしには覚えがあるのだが、シラスは軟らかいので、シラスの山にある崖から横に掘り進むと簡単に洞窟ができる。
昔は防空壕や貯蔵庫としても利活用されていて、わたしが子どもころは周辺にもたくさんのシラスの洞窟があった。ただ、シラスの山はもろいので崩落事故も多く、やがて多くが埋められたり立ち入り禁止の柵ができたりしてあまり見かけることも少なくなってきた。
高千穂の社長である新留氏は、シラスの洞窟に入った時の何とも言えない清涼感をおもいだし、このモデルハウスを思い立ったようであり、会社の展示会を兼ねて発表会が開催されたしだい。
中に入ってみると、それまで初夏のギラつく太陽に照らされ暑さを感じていたのだが、ヒヤッと冷気を感じる。内外の壁そして天井にまで塗りまわされたシラスの効果であろうか?
写真のとおり、木立に囲まれた配置であるので、それほどの日射はないのかもしれないが、涼風が吹きぬける室内は爽快であった。

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2017年5月11日 (木)

フロムファーストビル

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表参道・青山地区のこんにちの建築的繁栄の嚆矢ともいえる作品?
1975年 設計:山下和正
築40年を超えたことになるが、外観タイル等に損傷はないように見えた。
形は現代のシンプル路線とは異なるが、けして見劣りするものではない。40年前の良質な考え抜かれたデザインである。
惜しむらくは、テナントの空きが少しあるところだ。トレンドの最先端を行く当地区であれば、やはりぴかぴかの現代建築にニーズがあるのだろうか。
中庭と地階の構成・扱いもうまいとおもう。

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