都城市民会館

2009年10月29日 (木)

市民会館記念日

ことしも個市民の祝日である市民会館記念日がやってきた。10月29日は都城市民会館の保存決定のニュースに歓喜した日であり、個人的に祝日にしている。

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このすばらしい写真は串間でレモン設計を主宰する建築家で写真家の河野さんが撮影したものだ。二年前の11月に開催された「都城市民会館秋祭り」のヒトコマである。保存をあきらめて開き直ったに近い企画が、急きょ祝祭のイベントとなったものだ。

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こちらは上のバルーンと同じ日に撮影された会館の内部である。このイベントがさいごの見学会となる予定だったが、めでたく現存している。撮影は同じく河野さんである。わたしたちが用意した乏しい自家発電機と照明器具でこれだけの写真を写してくれた河野さんの腕とカメラには恐れ入る。

さて、あれから2年、まだ会館は閉鎖されたままだ。市街に行く際は、なるべく会館の横を通るように気がけてはいるが、とくに目新しい動きはないようだ。先日は電気工事会社の作業車が停まっていたので、もしかしたら内部の電気系のメンテナンスか工事があったのかもしれない。

2年前のこの日は志を同じくするたくさんの人たちと、感激を分かち合った。また、運動を通じてたくさんの人たちの支援を受けた。この感謝と感激は忘れない。

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2009年6月 2日 (火)

霧84号

2009052027712 「霧84号」 ¥1000、表紙の絵は児玉隆さん。

都城市に「霧之会}という文学の愛好者のグループがあり、年に2回機関誌を発行しているという。

ことしの3月にその創刊40周年を記念する84号が発刊され、特集号として都城市の助成を受け、いつもよりボリュームを大きく、部数も多く発行することになった。上の写真がいつもよりちょっとゴ-ジャスにできあがった冊子の表紙だ。

たまたま、知りあいに「霧」の同人がいて、わたしにも寄稿を求められた。できれば建築者として市民会館のことを、という要望だ。

保存運動がみのり、会館がぶじに残されてからすでに1年半が経過しようとしている。考えてみれば、保存運動中はずいぶんたくさんの文章を書いた。保存を訴える文章、協力を依頼する文書、展覧会用の文書、シンポジウムの文書などなど、これまでの人生でもっともたくさんの文章を書いた1年間だった。運動が終息し、また平穏な設計屋さんとしての日常に戻ると、文章なんて書くのはこのブログくらいのものであり、あとは確認申請の書類とか業務に必要な書類くらいだ。ふりかえると、あの熱狂の日々がなつかしく不思議ではあるが、うらやましくはない。

市民会館について、もう一度その当時をふりかえりながら、あらためて文章としてまとめておくのも悪くはないなとおもい、書くことを引き受けた。さいきん長い(精密な?)文章から遠ざかっているので、一から書くのもしんどそうだ。楽しちゃおうということで、パソコンにストックしてあった過去の文章を抜粋してまとめようとした。しかし、これが失敗で、よけいに時間がかかったような気がする。一から書いた方がよほどスムーズだったにちがいない。

そんなわけで、以下に「霧」に掲載した文章を収録します。ちょっと長いですので、読み飛ばしてくださってかまいません。きっと、ブログのネタに困っての所業に違いありません。

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『文化の力 -都城市民会館と南九州-』

 「文化で飯が食えるか」などと、芸術や文化のことを軽んじるむきも、ままありますが、わたしたちは「文化でしか飯が食えない」時代と社会に生きています。付加価値とはすべて文化のことであり、これがないと、言われるがまま、ただ安いものを造ることにあまんじるしかありません。それはすでに日本では通用しないことであり、その生産拠点はとっくに海外へ移行しています。わたしたちは文化で飯を食うほかありません。

都会と比較すると、地方は文化的にはハンデを負っています。文化力の必要とされる仕事は中央で行ない、地方はその下請けとして安い労働力だけを提供する、そんな構図もできあがっています。そこから脱却し、より高いレベルのおもしろい仕事をするためには文化は欠かせません。そのためには、文化をたいせつに扱うしかありません。高い評価を受けている文化財をたいせつにする必要があることは言うまでもないことです。

 都城は日本一の畜産基地にまで成長しました。農家のたゆまない努力と行政のバックアップがあってのことです。しかし、ブランド力はまだまだ不足しています。福岡市は莫大な経費を使ってオリンピックの誘致に手を挙げました。フクカオを世界にアピ-ルし、ブランド力をもたせるためです。東国原知事の登場でミヤザキのブランド力はかなり上昇しましたが、まだ海外までにはその力は及んでいません。

ところが、都城にはすでに市民会館があります。イタリアの美術の教科書に載り、フランスの近代建築の展覧会に日本代表として出品されています。会館が残されたことで、今後もそういう機会があるでしょう。そして、そのたびにMIYAKONOJOの名を世界に知らしめてくれます。

 

 古い歴史をもつ日本には、たくさんの文化財が残され、そのなかでとくに優れたものが国宝に指定されたいせつに保存されています。現在、全国にその数は千点あまりです。では、そのなかの何点が九州にあるかというと、19点でしかなく、さらに南九州にかぎると、わずかに照国神社の刀剣1件しかありません。つい数年前、阿蘇の神社が熊本県から初の指定となりましたが、それまでは熊本県も国宝の空白区でした。宮崎県串間市にある吉松邸が、先ごろ重要文化財に答申されるという栄誉を受けましたが、残念ながら宮崎県は国宝の数少ない空白区であるばかりでなく、重要文化財の数でも全国で最下位です。

 このことは、宮崎県及び南九州地方が、歴史的に地理上の辺境にあることと、台風などの自然条件も含めて、この地域が経済的に貧しかったことを端的に示しています。

 そんななかにあって、この地に市民会館があることを、わたしは奇跡のように感じています。すでに、都城市民会館は南九州の至宝といっていい世界に通用する近代建築物であり、文化財です。しかも40年前、市がなけなしの金を出し、当時でも超ロ-コストで建てられた建築です。まだ築40年ですので、築50年を要する公的な文化財のル-トにはのりませんが、このままたいせつに使いつづければ、近い将来かならず正式な文化財として認定されます。すでに広島のふたつの戦後の建築物が重要文化財に指定されています。市民会館より新しいシドニ-のオペラハウスはすでに世界遺産ですし、他にも世界の近代建築のいくつかがその候補に名を連ねています。わたしは、都城市民会館がそれらに匹敵する高い文化的価値を備えていると考えていますし、近年、戦後の近代建築を文化財として積極的に指定していこうという世界的な動きは、日本でも顕著になりつつあります。

すぐれた文化財である市民会館がこの地にあることは、都城市民のみならず宮崎県民にとっても誇りであり、その直接的、間接的あるいは精神的な恩恵ははかりしれません。これといった文化財や観光資源に乏しい当地にあって、市民会館の存在は重要な文化・観光資源になる可能性を感じさせてくれます。

 すでに、これまでにもたくさんのメディアに取り上げられ、全国からたくさんの見学者をひきつけています。存続が決まってからも全国紙や雑誌などに都城市民会館が複数回取り上げられています。このことだけでも、都城のピ-ア-ル効果と経済効果はかなりの金額に換算できるはずです。

 経済効果以上に、もっともたいせつなことは、都城市民ひとり一人に、誇りと自信が植え付けられることです。「オレのまちには何もない」地方の若者はみな、ひとしくこんな思いを抱いています。 人間はプライド・誇りがないと人として成り立ちません。小さいものかもしれませんが、17万人市民に等しく誇りを植え付けてくれるもののひとつが市民会館です。かつては、高校野球がそんな役割を果たしてくれていたの時期もありました。もちろん、市民会館以外にも都城の誇るべきものは多々あるでしょうが、それらは一朝一夕にできるものではなく、悠久の自然と、累々たる人びとの努力の積み重ねによって築かれます。

 また、市民会館のように、その地域のシンボル性の高い建築物があることで、郷土への愛着と市民の一体感が得られるということもあります。これも数字には換算できませんが、とてもたいせつなことです。

保存運動をしていた一時期、会館を保存するということは「市民会館税をひと世帯に千円づつ徴収することですよ」という論法を聞いたことがありますが、これはわたしにはタチの悪い恫喝に聞こえました。それなら「新文化ホ-ル税をことしから五千円づつ取ることにしました」とは、なぜいわないのでしょうか。わたしたちは、年間600億円あるいは1000億円の総予算の使いみちを市に委任しています。必要なところに予算をあてる、その使い方の問題でしょう。

かつて、都城市民会館のとなりに、須田記念館というレトロな建造物があり、市の公会堂として使用されていました。それが、市民会館の建設により、その役割が終わり不要とされ解体されました。わたしは、市民会館と須田記念館が並び立つ当時の写真をみて、都城市は貴重な建築物と文化的で厚みのある景観をなくしたことを惜しみます。しかし、市民会館の存続が決まったことで、今後もあの異様な姿がこの都城の中心にありつづけることをうれしくおもい、これから生まれてくる子どもたちに、その姿をナマで見せられることに喜びを感じます。

 建築家で東京大学教授の内藤廣氏(日向駅舎の設計者)が、都城市民会館についてこんなコメントを書いています。「この建物に初めて遭遇した人は、だれでもしばし言葉を失う。そして次の瞬間、どうしたらこんな建物を思いつき、実現させる遺志を持ちうるのか、と思うに違いない。存在感の希薄な町並みの中に、黒々とした鉄骨のフレ―ムが偉容を放つ」(INAX REPORT No.134 1998年)

 市民会館を表現するのに、これほど適切な文章はありません。日本全国どこでも画一的で、ほこりをかぶり薄汚れた地方の町並みにあって、唯一この町の存在を寡黙に主張しているのが市民会館です。

 わたしの住んでいる市内高台の鷹尾地区から、坂を降りて市街へと向かう途中、市街地がパッと視界に飛びこんできて、その中央にこの黒いカブトムシ状の巨大な物体を認識します。わたしが都城という場所を明確に意識するのはこのときです。

ヒラカワヤスミ(建築家)

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2009年4月 6日 (月)

都城市民会館の近況

桜の満開に合わせて都城市民会館に行ってきました。

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昨年夏のアスベスト撤去工事以来、とくにめだった動きはありませんが、アスベスト撤去工事後、市の生活文化課から大学推進室に移管されたことが小さな変化です。

先日も東京大学の学生が見学にやって来たそうですが、事前にアポがなかったため、内部の見学はできなかったとのこと。市の事情もあるのでしょうが、せっかく身銭を切って市民会館を見学に来てくれた学生さんのために、もうすこしサービス精神を発揮してほしいものです。

昨年の秋、都城市観光協会などが「都城島津祭り」を開催しましたが、そのときに使用した道具や、現在改修工事中の都城島津邸のおびただしい所蔵品の一部が現在館内に置かれていて、それなりに有用に使用されているようです。

右の写真2枚はかつての会議室のようすですが、内部の間仕切りは取り払われています。たぶん、アスベスト撤去工事の際に撤去されたのでしょう。アスベストは会館の断熱材として館内の内部におおく使用されていましたので、それを撤去するには天井や壁を取り払う必要がありました。写真でコンクリートの壁に丸い痕跡がありますが、かつてはアクリルの空調ダクトがあったところです。ピカピカの無味乾燥のジプトーン天井は、アスベスト撤去工事の際に張り替えられたものです。

市は市民会館の高い建築的価値は承知してますので、オリジナルのアクリルのダクトや調度品などは保存しているとおもいますが、あらたに使用者となる南九州大学が、どの程度の改修改造工事をするのかはわかりません。新学部の設置が延期になったこともあり、まだ大学は市民会館にはノータッチのようです。

現在、広原町の新キャンパスでは、入学式を目前にして、改修工事が急ピッチで行われていますが、その喧騒は市民会館にはまだ無縁です。今年度に予定されている新学部の設置が認可されたあとに、いよいよ市民会館が大学に委ねられることになるのでしょう。はやく新オープンの会館を見たいものですが、もうしばらく時間がかかりそうです。

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2009年3月20日 (金)

慈しまれる?モダニズム建築

20090313075927s 日本建築学会「建築雑誌」2008年2月号 定価1300円

この本(雑誌)は日本建築学会が毎月発行する機関誌であり、上の写真はその1年前の「2月号」の表紙だ。この本では「慈しまれる?モダニズム建築」という特集を組んでいて、同誌編集委員の建築史家・倉方俊輔さんが担当した。

都城市民会館の保存運動に際して、2007年の7月にわたしたちは「都城市民会館厄払い」なる催しを企てたが、倉方さんはその展覧会とシンポジウムに掛けつけてくれ、シンポジウムではパネリストのひとりをつとめてくれた。もちろん東京からの交通費を含めて一切手弁当であり、市民会館の保存を願う歴史家の厚意に深く感謝している。

そんな縁があり、倉方氏の担当したこの「建築雑誌」の特集企画にわたしも寄稿を求められ「蘇った?メタボザウルス・都城市民会館」というタイトルで拙文を書かせてもらった。特集には失われつつあるモダニズム建築の具体的な事例が8編収録され、都城市民会館や国際文化会館のように保存されたものや、大学セミナ-ハウス、東京女子大学、東京中央郵便局など解体されたもの、係争中のものが拮抗した構成になっている。

このたび、同雑誌の文章がネットで閲覧できるようになったことを倉方さんのブログ「建築浴のおすすめ」で知った。なるほど、PDFで閲覧できる。「建築雑誌」なんて、建築学会に関係している人くらいしか読まないだろうし、一般の書店にも置いていないので、これまでほとんど触れてなかったのだが、せっかくのことなので紹介しておきます。

氏のブログには、いま話題の「東京中央郵便局」の近況も詳しく記述されていたりするので、興味のある方はぜひ覗いてみてください。

※倉方俊輔さんのブログ「建築浴のおすすめ」http://kntkyk.blog24.fc2.com/

※「建築雑誌」2008年2月号閲覧ペ-ジ(開ペ-ジ後、Ciniの部分をクリックしてください)http://ci.nii.ac.jp/vol_issue/nels/AN00079427/ISS0000420071_jp.html

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2008年11月20日 (木)

「宮崎遺産」募集のお知らせ

東国原宮崎県知事が、「宮崎遺産」なるものの募集をしています。

認定基準は、以下宮崎県庁のホ-ムペ-ジより・・・・・・・

関係市町村の意見を踏まえて、学識経験者、観光・旅行関係者等からなる認定委員会において選考し認定します。

(選考基準)
  1. 現時点で認知度が低い(県外にはあまり知られていない)こと。
  2. 観光資源(集客力がある)である(なりうる可能性がある)こと。
  3. 県外にアピールできる素材であること。
  4. 次代に引き継ぐために守っていきたい県民の資産であること。
  5. 地域に観光資源として活用する意志があること(人材や組織の有無)。

・・・・・・・ということであり、わたしとしては、ためらわずに「都城市民会館」を候補として応募しました。まだまだ、建築関係者以外の一般的な知名度は全国的なものではなく、会館の勇姿がひろく紹介されることにより、建築の可能性を感じさせ、宮崎・都城の広報と観光に役立ち、将来の会館の存続を磐石なものにしておきたいと考えるからです。

応募サイトと応募フォ-ムはこちらにあります。「宮崎遺産」応募サイト(宮崎県庁)

全国からどなたでも匿名でも応募できます。12月1日必着です。

追伸、11月20日(きょう)の午後4時から、市民会館愛好者の有志が、会館の周囲に花を植えるそうです。ぜひご参加ください。(わたしは所用があり行けないのですが)

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2008年10月25日 (土)

「NBオンライン」に都城市民会館

日経ビジネス誌のウエブサイト「NBオンライン」10/23号に都城市民会館が登場しています。

執筆者は宮沢洋さん。磯達雄さんと組んで「昭和モダン建築巡礼」を出している人物であり、本書ではイラストを担当しています。

「日経ア-キテクチャ-」誌の編集者でもある宮沢さんは数年前、都城市民会館の写真を偶然見ました。その異形に衝撃を受け、ぜひ実物を見てみたい、ということで「昭和モダン建築巡礼」の企画がはじまったのです。

Nbol081023ph05 サイト「NBオンライン」より

そのあたりの宮沢氏と市民会館のかかわりや、昨年10月のの南九州大学による借用申入れによる解体から存続へのいきさつなどを、イラスト入りで詳しく書いています。ぜひご覧ください。

「NBオンライン」では、この「モダン建築巡礼オンライン」編を週刊で連載しています。他の記事もおもしろい内容です。

「NBオンライン」はこちらです

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2008年10月20日 (月)

10月29日は都城市民会館存続の日

先日、都城にてオペラを愛好し上演する市民団体の感謝会があった。12年ほど前に上演されたオペラ「魔法の笛」がその団体のスタ-トであり、以来、2,3年間に1回づつの割合で、「フィガロの結婚」、「魔法の笛」の再演、そして先回「カルメン」を公演してきた。本格的なオペラではなく、ミュ-ジカル的なミニ公演や歌だけのコンサ-ト-トまで含めると、かなりの数の公演をこなしている。

どんな団体かというと、その規模はとても小さく10人にも足りない。よくこんな人数で数々の公演をこなしてきたものだとびっくりするくらいだ。集まっている人たちも、純粋に音楽が好きでやっているごく普通の人たちばかりで、公演のたびに、その人たちが衣装係や渉外、会計など雑務一切を分担してやってきた。もちろん、公演にはたくさんの専門家もかかわる必要があり、演出や照明、大規模な装置などはプロにお願いし、わたしは小道具の製作や、公演のスタッフとして裏方の仕事をお手伝いしてきた。

舞台に関することはわたしの本業とはまったく関係がないことなので、それらはすべてボランティアである。10年もの長いあいだ、音楽とはまったく無縁のわたしがそんな交流ができたかというと、それは楽しかったからだろう。

はじめての舞台は「魔法の笛」だった。なにせはじめてのことだし、演出家の指示や要求にあわせて、いろいろ教えてもらいながら、無我夢中でスタッフあるいは小道具係りとしててんてこまいしたが、最後のカ-テンコ-ルの感激は今でも覚えている。2回目のオペラは「フィガロの結婚」で、こちらはさらに低予算ということで、大道具まで手作りすることになり、木の枠にベニヤ板を打ちつけセットを作り、床もベニヤ板を市松に塗り分けるなど、団員総出で釘を打ったりペンキを塗った。書割や大道具はベニヤ板に原図を拡大コピ-したものを貼り付け、マジックで修正して糸鋸で切り抜いた。わたしの事務所で本に載っている図像を数メ-トルの大きさに延々と引き伸ばし、それを市民会館の会議室に大量に持ちこみ、全員でベニヤ板に貼った。それらは、A3のコピ-用紙で数百枚に及び、拡大途上のものまで数えると数千枚になるだろう。

それらは全て演出家の指示であり、演出家は低予算の演劇でも高度な舞台に仕立てるプロだった。そんな経験を豊富に持ち、自分でも数種の工具を自在にあやつる、まさしくプロの仕事だった。演出家は完璧を求めるので、公演の最終の稽古でも変更は厭わない。よくなると思えはためらわずに変更を指示するので、公演の数日前ともなると、バタバタ振りまわされ、さすがにヘトヘトになったが、よいものを追求する姿勢はおおいに学ばせてもらった。演出家が妥協した時点でその部分の質は決定する。ただし、妥協しないと何も決まらないので、与えられた制約のなかで、いかに最上の地点で妥協するかを演出家は決定するのである。そして、それらを積み上げて総合的な質を高めていく。これは建築の場合の建築家の役割でもある。

それ以降は、そんなに無理をする公演もなくなり、ちょいとした公演の裏方だったり、小物製作程度であった。今回の「カルメン」は久しぶりの大仕事であったが、小道具のうち複雑なものは地元の工業高校の協力が得られたので、わたしが作成したものは一部であり、裏方スタッフも充実していたので、はじめてゲネプロの舞台をゆっくり客席から見ることができた。公演は大成功し、わたしも感激を味わったが、はじめの「魔法の笛」の感動には遠く及ばない。やはり、疲労困憊度と感激度は比例するのである。真剣にかかわった人だけが、最上の感動を得られるのはとうぜんだろう。

さて、そんなすばらしい団体が、これまでの活動にいったん区切りをつけるというのが先日の感謝会の主旨だった。もともと、わたしたちのような協力者をたいへん丁寧に遇する人たちであり、これまでも、公演の後は心のこもった宴の場を用意してくれていたが、今回は、ひときわ心のこもった会だった。ごちそうをいただいたあと、みんなでピアノの伴奏に合わせて、陽水の「少年時代」などを歌った。わたしは生来の音楽オンチであり、中学校のときは音楽の歌のテストは「歌えません」といって拒否していたくらいの歌ぎらいであるが、演歌や歌謡曲はよく口ずさむので、学生時代のことは、音楽教育とわたしの性格の両方が悪かったのであり、本来、音楽は誰からも愛されるものだ。わたしの隣には、ながくこの団体の音楽監督をつとめてきた青木先生がいて、はじめて先生といっしょにハモったような錯覚をした。そして、歌はいいなと心底感じたが、酔っぱらっていたので、どこまで本気だったのか心もとない。

そういえば、青木先生やオペラの会員の人たちからは、数年前、焼肉パ-ティに招待を受け、たまたまその日がわたしの誕生日だったので「♪ハッピ-バ-スディ・・・」とすてきな歌声を奏でてもらったことがある。ふつうは、悪いことはいつまでも覚えていて、良いことをしてもらっても、すぐ忘れてしまうのが人間の本来だろうが、この人たちのことは、悪い心象がまったく思い当たらないので、よっぽどすてきな人たちばかりだったのだろうが、正直に言うと、魅力的な女性が多かったこともその一因である。

オペラという高尚な芸術をちょいとだけ横から見ていたわたしだが、オペラというのは演劇系のジャンルのなかでは、公演実現の難易度がとても高いものだとおもう。芝居と歌だけでもたへいへんなのにオ-ケストラも必要だし、(地方の)観客を満足させるためには豪華さも必要だし、地元のにわか合唱団も組織したりする必要がある。低レベルのものでは、自分たちの欲求も観客の欲求も満たせず、かんじんのオペラ普及の阻害にもなる。つまり、かなりの予算を必要とするので、補助金や後援も必要だし、そのためにはきちんとした会計処理も後始末もしなくてはならない。

それらのすべてを取りしきりながら、じっさいに自分達も舞台に立ち、芸術表現と裏方の両方を10年間もこなしてきたこの人たちは、脅威であり奇跡でもある。しかし、そのおかげで延べにして1万人にもなろうとする都城の人たちが生のオペラ公演を(しかもレベルの高い)目にすることができたのであり、そのほとんどが感動という体験を得たはずだ。このことは、とくに地方都市にあって重大な意味があるようにおもう。将来、もしかしたらオペラをやりたいという人たちがこの観客のなかから、あるいは都城からうまれるかもしれない。そして、その人はオペラ公演実現に超えなければならないハ-ドルの煩雑さや大きさにぶつかり、高尚な芸術にかかわる人物がけして高尚な人格を持たないという当たり前のことや、社会にあるさまざまな理不尽を知るだろう。しかし、それをたった10人でやってのけた人たちが都城にいたことを知り、直接的には勇気をもらい、それにかかわった観客や関係者から多くの知恵をもらうだろう。

すっかりタイトルの市民会館からは違う話になってしまったが、10月29日は、昨年、南九州大学から市に20年間無償貸与の申し入れがあった日であり、わたしたち存続を願う人たちが、その晴天の霹靂に遭遇し歓喜した日である。はじめにオペラのことばかり書いてしまったが、そのスタ-トである「魔法の笛」は、都城市民会館30周年を記念しての市の事業であり、閉館の年(2007年)は40周年にもかかわらず、記念イベントはなにもなかった。

先日、会館の存続に尽力したYさんが遊びにきて、もうすぐあれから1年だという話をした。月日のたつのは早いものだ。閑にかまけているうちに、1年にならんとしている。そういえば、会館の存続運動のなかで、たくさんの人たちに協力やご厚情をいただいた。シンポジウムや展覧会には、遠方からたくさんの人たちが来てくれた。それらに対する感謝の気持ちは忘れないようにしなくてはいけないし、いつか恩返しもしたいとおもう。

1年ぶりに存続運動の関係者が集い、酒でも酌み交わしながら近況や今後を語り合う機会がもてたらいいとおもうが、どうすればいいののか思案にくれている。わたしのやっていた存続運動は、きちんとした形のある運動体としてのものでもなく、好き勝手にやっていたようなものだったし、当初の「守る会」は途中で分解し、それを受け継いだかたちの「考える会」も現在はほとんど活動を停止している。もともと、会館を愛し、存続を希望する一点だけで集まっていた人たちが、1年後、その一点だけで再度集まれたらいい。もちろん、過去の運動に立ち会わずとも、会館に関心と愛情がある人は歓迎する。存続の目的や方法論では小異があっでも、組織党派を抜きにして、純粋に市民会館フリ-クだけの年に1度の集りが継続できたらいい。そして、みんなで歌でも合唱すればなおのこといい。

10月29日を、わたしは「個人的な祝日」とすることにしました。この日は、一般の祝日とおなじ扱いとします(子どもや奥さんは学校と仕事に行くでしょうが)ので、酒でも飲みながら語ろうかという人は誘ってください。

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2008年5月26日 (月)

都城市民会館を守った市民の800日

日経ア-キテクチュア誌の5/26号が送られてきました。4月に日経誌の宮沢氏による、雨の中、ほぼ半日を費やしての取材を受け、どんな内容になったのか、楽しみにしていたものです。

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これが表紙です。わたしが購読していた数年前までは、建築の専門誌らしく、その号を代表する建築物の写真をバ-ンと打ち出したものでしたが、しばらく見ないあいだに、ずいぶんと表紙がスマ-トになった印象を受けました。今回の特集は「建築と社会をつなぐ15人の提言」ということで、現代社会で活躍する多彩な人物のインタビュ-であり、その15人が表紙に並んでいます。建築界以外のところで活躍する人がほとんどですが、中央右の人物はおなじみの宮崎県知事・そのまんま改め東国原知事です。宮崎県の観光大使として200%の働きを見せる知事であり、さすがにいいことを書いています。宮崎県庁舎が年間40万人もの観光客で賑わうとはだれが想像したでしょう。インタビュ-記事内に、これからの観光はつくることではなく、考えることだという知事の提言があり、そのとおりだとおもいました。

4月に、わたしたちの取材に訪れた日経誌の宮沢氏は、前日に知事を訪問してインタビュ-してきたとのことでしたので、てっきり市民会館の取材だったのだろうとおもっていましたが、こんな伏線があったようです。もうひとり、タイトルをはさんで知事の左手にいる人物はタレントの菊川怜さんです。15人の中に紅一点、彼女が選ばれたのは東大建築科卒の才媛であるからでしょうが、このこともア-キテクチュア誌の変化を映し出しているのかもしれません。

さて、本題です。

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都城市民会館の保存のことが詳しく記されています。右側のペ-ジにはこれまでの存続をめぐる経緯が年表でまとめられていますが、薄い緑色で描かれた折れ線グラフ状のものは、存続への期待度と記されています。もちろん、そんな指標はありませんので、これは日経誌の独断によるオリジナルなものだと解すればいいのでしょうが、メディア人らしいおもしろい発想だと感心します。最初の鋭い落ち込みは2005年12月の都城市の検討チ-ムが「解体」を結論付けた報告書の発表時です。

その後、「守る会」が結成され署名集めをするなど、期待度が大きく膨らんできますが、だんだん尻すぼみになってきて、解体83%という数字が出たアンケ-ト結果でジリ貧となり、DOCOMOMOの新10選入りを期に、ちょっと盛り返しを見せますが2007年の9月、市議会の解体予算可決で奈落の底へ。ところが一転して南九州大学の登場で急上昇します。この期待度の折れ線は秀逸であり、わたしの実感とほぼ一致しています。さいごは、風船をたくさん飛ばした秋祭りの写真がハッピ-エンドを表現しています。

タイトルには「都城市民会館を守った市民の800日」となっていますが、その数字を勝手に解釈してみますと、たぶんエンドが2007年12月の市議会での存続案の可決でしょうから、そこから800日さかのぼると2年と2ヶ月余りということになり、2005年9月のMAPによる保存請願の提出あたりということになります。MAPとは、わたしもよく知らなかったのですが、ここではMIYAKONOJO ART PROJECTとなっています。都城駅前の商店街などで「ア-トストリ-ト」などの文化イベントをおこなっている市民団体です。

そうです、彼らが市民会館の保存にはじめに立ちあがった人たちです。解体を示した最終報告が出る前から、保存をうったえるチラシを配布したり請願を出すなどの活動をおこない、2006年の12月には市民会館の設計者である菊竹事務所のOB・遠藤氏を招致して講演会を開催し、それが「都城市民会館を守る会」の結成につながりました。「守る会」は、チラシ配布、缶バッジ制作、署名集め、シンポジウムの開催など活発な運動を展開していきます。「守る会」を立ち上げ、組織した人たちの功績は高く評価されなければなりません。

2006年の3月ごろになって、遅れて運動に参加したわたしにはとっては800日ではなく600日程度ということになりますが、2005年の10月ごろ、MAPの人たちと会館のことで意見交換したことがありますので、そのころからカウントするとほぼ800日ということになりますし、危機感はその前から感じていましたので、わたしに限らず、あるいはもっと長い日数となるのかもしれませんが、保存運動としての実質は800日がキリもよくて妥当な表現だとおもいます。

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もうひとつ、同誌巻頭のグラビアペ-ジで、「1966年にタイムスリップ」というタイトルでこの写真が見開きで登場しています。これは、都城市民会館の完成発表時に建築誌などで使われた小山孝さんという写真家の撮影したもので、市民会館フリ-クのあいだでは著名なものです。背景に鰐塚山系の山肌がおおきく迫っているのは望遠レンズによる写真のマジックともいうべきものですが、盆地にある地方都市に突如出現したメカゴジラ的な会館の相貌と印象がよくとらえられた出色の作品です。山並みを除く周囲の景観はすっかり変わってしまいました。会館の右手には古い市役所が見えていますし、前方には高架になる前の西都城駅に貨物列車が長い列をなしています。周囲は瓦葺の建物ばかりであり、現在とはまるっきり変わってしまった40年前の都城があります。この中で、唯一変わらないものが都城市民会館です。どこにでもある、画一的で薄汚れた地方都市の景観のなかに、ここが都城であることを唯一示してくれているこの会館が、今後も継続されることになった喜びが、この写真を見るたびに喚起されます。そして、左手に映っているのが今はなき「須田記念館」です。この建物が残っていたら、都城市はもっと文化的で奥行きのある景観を手にしていたのですが、かえすがえすも残念なことです。

ある人から聞いたところでは、当時の市議会はこの須田記念館の解体を審議するにあたって、特別な建物につき、3分の2以上の賛成を要する特別議決にしたとのことです。真偽のほどはわかりませんが、そうであるのなら、当時の議員の見識を示しているのかもしれません。古くていいものは大切にする、あたりまえのことですが、なかなかそうはならない現実があります。「数値化することでしか価値を実感できなくなっている、数値化できない深みにこそ喜びがある」とは、本誌の特集に登場する15人のひとり、内田樹(思想家・神戸女学院大学教授)さんの提言です。

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2008年4月 6日 (日)

憂鬱のアンギラス

都城市立美術館で「時をかけるア-ト」なるタイトルの展覧会が開催されています。美術館の収蔵品展なので入場料は無料です。

昨年の1月から3月にかけて、同美術館で「メッセ-ジ2007」という展覧会が開催されましたが、そのなかの出品作のひとつである「憂鬱のアンギラス」という作品が、今回、復元展示されていました。

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「メッセ-ジ2007」図録より

作家は高嶺格(たかみね・ただす)さんという現代美術家です。この作品は都城市民会館をモチ-フにしたもので、アンギラスとは市民会館のことを指し、怪獣のようなその異型からきています。憂鬱とは、昨年の会館解体騒動を示していて、この作品は会館の存続をうったえる作者のメッセ-ジなのでした。高嶺さんは作品の紹介欄にこう書いています「こんな建物が町中にあるなんて、都城の人は幸せだなあと思います」.。また、高嶺さんは昨年1月の南日本新聞の「南点」というコラム欄に、都城市民会館の価値を文化的な視点から説いた、格調高いエッセイを2回に分けて書いてくれてもいます。興味のある方はこのブログの2007年2月10日のペ-ジをバックナンバ-からお読みください。(下のリンクをクリックして、2月10日まで下りると出てきます)

高嶺さんのエッセイ2編の月のバックナンバ-へ

昨年の2月21日に長峯市長は市民会館の解体を決断し、発表しました。「メッセ-ジ」展は、まさしくその期間中に開催されていたわけで、憂鬱そのものでした。

美術館2階の展示室のひとつをまるまる使い、市民とともに作り上げたその作品は、セメント瓦らしきものを積み上げたり床に並べた室内に、複数のプロジェクタ―(投影機)を設置し、薄くらい展示室内に市民会館や他の建築物、幾何学模様などを全面に投影し、別のプロジェクタ-からは市民会館に出演したことのある歌手の似顔絵などを壁に投影します。この似顔絵は泉ヶ丘高校の生徒が作製したものだそうです。

室内の一角には、昨年10月30日の南九州大学の借用申し入れによる会館の存続を伝える各紙の記事も貼られていて、その一角だけは「歓喜」のアンギラスとなった感もあります。

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2008年4月 5日 (土)

サクラが満開です

都城市民会館のとなりに裁判所があります。3、4年ほど前にできたばかりのま新しい建物ですが、ハイパ-な市民会館に対して、おもいっきり普通なのが特徴といえるかもしれません。

その裁判所の構内に桜の木が数本あり、これは裁判所の新庁舎建設前から植わっていたもので、このサクラ越しに見る市民会館もまたいいものです。

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現在の市民会館はどうなっているかというと、昨年の1月から休館中であり、長らく閉鎖されたままです。その会館に近ごろ動きがあり、なにやら工事中のようすですが、これはアスベストの撤去です。

アスベストの撤去後、南九州大学の大学会館として改修され、来年中のリニュ-アルオ-プンが予定されています。

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2008年4月 2日 (水)

宮沢副隊長来訪

先日の朝、「日経ア-キテクチュア」誌の宮沢氏という人物から電話があり、4月9日に都城市民会館の取材に行きたいとのことでした。

宮沢氏とは初対面です。名前は知っていました。下のイラストの右側の涙君がその人です。氏は、この「モダン建築巡礼」隊の副隊長であり、イラストを担当しています。隊長は建築ジャ-ナリスとの磯達雄さん(下のイラスト左)で、わたしとはここ1年ほどで3回も顔を合わせている市民会館を通しての友人かつ同志です。

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※「カ-サ・ブル-タス」2008年3月号より

全国でモダン建築の傑作が相次いで消えるなか、さいわいにも我が都城市民会館は存続という嬉しい結末となりました。そもそも、この「モダン建築巡礼」なる企画は、「日経ア-キテクチュア」誌の宮沢さんが、都城市民会館をどうしても見ておきたいという強い希望により始まったものと聞いています。都城市民会館の存続の報せを聞いて、氏もたいへん喜んだはずですが、爾来、初の会館再訪となるのではないでしょうか。いろんな建築誌はじめ一般誌にまで市民会館の勇姿が掲載され、いてもったってもいられない心境だったことと推察します。

これで、磯さんと宮沢さんの両者と会うことになり、「巡礼」の両作者との面会がかなうことになります。ふたりとも、建築にかける情熱は並外れたものがありますので、おおいにそのオ-ラと刺激を浴びたいとおもいます。あと1週間後、市民会館の横の裁判所のサクラはまだあるでしょうか。残っていれば、いい写真が撮れることでしょう。

来月5月ごろの「日経ア-キテクチュア」誌に、都城市民会館の取材記事載ることになるとおもいますので、乞うご期待。

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2008年2月 1日 (金)

雑誌「Numero」のこと

女性ファッション誌「Numero」3月号が送付されてきた。扶桑社という出版社からである。なんだろうと訝しがりながらペラペラとペ-ジをめくってみる。キュ-トあるいはポップ、はてはエレガントな小物やファッションがビジュアルよろしくあふれていて、わたしとはまったく縁のなさそうなオシャレな雑誌である。

黄色い付箋の付いたペ-ジがあるので、そこに目をやると、なんと、宮崎県のモダニズム建築特集というのをやっている。ブランド品を身にまとった妖艶なペ-ジにはさまれて、いかにも場違いな感じのコ-ナ-になっているが、そこには「モダニズム建築の宝庫、太陽の国、宮崎県へ」と題され、青島の青少年自然の家、日南文化センタ-が大写しで載っている。もちろん、都城市民会館も。

東国原知事のPRの効果が効いているのだろう、女性誌に宮崎県のモダニズム建築である。宮崎県が太陽の国であるのはいいが、モダニズム建築の宝庫であるとは知らなかった。でも、本文を読んでみると、阪倉(青島の設計者)、丹下(日南の設計者)、そして菊竹(市民会館)の大御所建築家が、ここでは強烈な太陽に狂わされて、異様ともいえる作品を残しているとある。そう言われるとそうかもしれない。この3点とも、名建築家それぞれ3人の他の作品とはあきらかに違う、異形をなしている。その意味ではモダニズム建築の宝庫といっていいのかも。

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艶やかな表紙            青島青少年の家(1974/阪倉準三)

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左端に市民会館の写真が    日南文化センタ-(1962/丹下健三)

本文を書いたのはイズミ・トシチカさんとある。(ロ-マ字表記をカナに変えた)知らない人である。もしかしたら磯さんが書いたものを送ってくれたのかとおもったが、違うようである。写真家をみたらシンイチ・イトウとあり、ようやくおもいだした。先日、「カ-サ・ブル-タス」誌の取材でわが事務所に磯さんたちと来てくれた人である。気をきかして律儀におくってくれたのだろう。

「Numero」という雑誌があることさえ知らなかったが、扶桑社というのはフジテレビ系列の出版社だろうか。そうういえば、昨年「めざましテレビ」の早朝の時間帯に、失われつつある近代建築特集で、都城市民会館などが紹介されたこともあった。などと想像をふくらませる。

なにはともあれ、またまた市民会館がメディアにのった。せっかく残ったのだからどんどんのって欲しい。今回は日南と青島も一緒であり、宮崎県人の建築家としては、たいへんいい気分だ。もともと、「Numero」はフランスのファッション誌のようだ。その日本版を「ヌメロ・トウキョウ」という。通算12号とあるので、ちょうど1年にならんとするところだ。創刊1周年を期して市民会館が載った。そして「ステゴザウルス」と称して、解体から一転しての保存までのいきさつを詳しく紹介してある。このところ、「新建築」にはじまり、「週間ポスト」「Numero」とたてつづけに全国的なメディアに登場の市民会館である。その経済効果を計算して欲しいものだ。これからも市民会館の登場は続く。「カ-サ」の3月号が2/10に発売されるし、建築学会の機関誌「建築雑誌」2月号にも掲載の予定だ。

せっかくなので、ファッション誌を読む人は「Numero」を手にとってみてください。特別定価500円とある。ずいぶん安い値段だとおもうが、特別だからふだんはもっと高いのだろうか、それとも安いのだろうか。はじめてみる雑誌なのでよくわからないが、定期的にこういった建築も紹介してくれるとありがたいとおもう。建築の魅力を若い読者にどんどん伝えて欲しい。

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2008年1月24日 (木)

「週間ポスト」2/1号

週間ポストの2/1号が発売されました。

「昭和名建築図鑑」というタイトルの巻頭グラビアに、市民会館は大きく見開きで登場しています。文・監修は五十嵐太郎さんです。

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2/1号表紙です。

1月24日にコンビニで購入

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表紙の裏は高松伸のキリンプラザ大阪ではじまる

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市民会館は見開きで大きく登場。西側の外観です。市民会館の扱いが大きい。ド-ンと見開きで登場とはびっくり。存続されたご祝儀だろうか。

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右上から中銀カプセル(黒川紀章)、新ダイビル(村野藤吾)、右下から大学セミナ-ハウス(吉阪隆正)、同潤会三ノ輪アパ-ト。

合計6つの建物が紹介されているが、この中で存続が決まっているのは市民会館と大学セミナ-ハウスのみ。他の4つは解体が決定しているとのこと。五十嵐さんは本文でこう書いている「日本人は世界遺産が好きだ。でも、残しておけばその可能性のある建物にはつれない」。そのとおりであり、もったいないかぎりだ。

次のグラビアは「ちりとてちん」の貫地谷しほりちゃん。わたしはここ数年、欠かさず朝の連続ドラマを見ている。そればかりか、昼の再放送も見ている。貫地谷さんは大河ドラマ「風林火山」の主人公・かんすけ氏の奥さんとしても最初の方だけ出演していて、信玄の親父に矢で射抜かれて死んでしまう。惜しいことを、と気になっていたら、朝ドラのヒロインとして復活したのでびっくりしたのであった。

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2008年1月23日 (水)

五十嵐太郎、恐るべし

先回、雑誌「新建築」1月号に都城市民会館の記事が載ったことを書いたばかりですが、こんどはメジャ-な週刊誌「週間ポスト」巻頭で、都城市民会館がグラビアデビュ-の予告です。

連絡してくれたのは五十嵐太郎さん。東北大学の准教授で、いちおう建築史を専攻ということですが、さいきんでは「景観論」をはじめ、都市と社会を幅広く論評していて、建築のカテゴリ-を超越した活躍ぶりです。また、今年の「ベネチア・ビエンナ-レ」の日本館の総合プロデュ-サ-にも決定し、活躍の領域を創作の分野にまで広げようとしています。その五十嵐さんが、またしてもやってくれたようです。

すでに何回も書きましたが、五十嵐太郎さんは、昨年7月の「市民会館厄払い」イベントの「DOCOMOMO選記念展」とシンポジウム「DOCOMOMOフォラム都城」に自費でかけつけてくれた人物です。そして氏は帰京後、毎日と朝日新聞の全国版に市民会館保存を訴える記事を大きく書いてくれたのでした。また、建築学会の機関誌である「建築雑誌」11月号においても、巻頭の座談会において、保存を強く訴える発言を残しています。解体が決定していた市民会館は、結果的にドタキャンで存続ということになったのですが、もしかしたら、これらの氏の文章や記事は、そのことに絶大な効果をもたらしたのかもしれません。市民会館存続の最大の功労者は、保存運動を立ち上げた人たちだろうとわたしは考えていますが、それに匹敵する功労者が五十嵐さんであり、彼を連れてきた建築ジャーナリストの磯さんだろうと考えるゆえんです。

この「市民会館厄払い」イベントには、他にも「建築特集」誌にやはり保存を呼びかけるエッセイを書いてくれた建築史家の倉方俊輔さんや、宮日の情報誌「らぴあ」に、美しいスケッチとともに、宮崎県あるいは都城市にとって、市民会館がどれだけ必要なランドマ-クであるかを、格調高く思い切りよく書いてくれた元宮崎公立大学教授で現在建築家を中心とする勉強グル-プ「竹の会」の顧問である田中薫さんが参加してくれています。また、フォラムにて基調講話の講師とパネルディスカッションのコ-ディネ-タ-をつとめてくれたDOCOMOMOの兼松幹事長は、やはり帰京後、「建設通信新聞」という全国版の業界紙に保存を訴える文章を載せてくれました。宮崎大学の石川先生も「西日本新聞」文化欄に、「メタボザウルス」と題して会館の文化的な意味を問う、すばらしい文章を写真入りで大きく書いてくれましたが、やはり、「DOCOMOMO選記念展」を見てくれてのことでした。

振りかえってみると、昨年わたしたちが開催した「都城市民会館厄払い」イベントは、会館存続のための、ひとつの画期だったといえるのかもしれません。当初は、かなり無謀な企画としてスタ-トしたイベントであり、展覧会は昨年の展示品をもとに、なんとかカタチになるにしても、DOCOMOMOフォラムの方は、兼松幹事長が東京から都城市まで、市民会館のDOCOMOMO選定プレ-トの授与に自腹で来てくれることを受けて、せっかくなので地元の建築関係者などと語り合う場を設けようというのがはじまりであり、その進化型である「フォラム」なんて、大風呂敷もいいところでした。そこへ、先述した磯さんがネットで展覧会のことを知り、見学会があるのなら東京から行きたいというメ-ルを面識のないわたしのところへ打ってきたことから、急遽、五十嵐さん、倉方さん、現代美術家の彦坂さんという超豪華ゲストを迎えてのフォラムに、あれよあれよというまに、格上げされたものです。

正直、この企画の準備でわたしはヘトヘトになりましたが、とりあえず、棚からぼた餅、やってみるものだ、という好例になりました。全国から市民会館を慈しむ、しかも強力な人たちが無償でかけつけてくれることになり、その後の展開をかんがえると、ほんとうに感謝にたえません。

連絡をうけて、さっそく2/1号の週間ポストを買いに書店に走りましたが、1/25号が置いてあるのみでした。おそらく今週末には店頭に並ぶとおもいます。手に入りしだい、またこのペ-ジで紹介します。

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2008年1月12日 (土)

広報「都城」を見て

昨日、広報「都城」の1月号が届いてました。都城市の発行する広報誌であり、自治公民館をとおして各世帯に配布されるものです。

新年号ということで、巻頭はお決まりの市長と議長の新年の抱負です。そのつぎに、やはりお決まりの昨年(2007年)を回顧する企画があり、それによると、昨年の市民が選ぶ10大ニュ-スは、4位が市民会館の存続でした。わたしとしては断然の1位なのですが、全市的にはそんなところでしょうか。1位はやはり、東国原知事の誕生です。都城市出身では初の県知事だそうです。泉ヶ丘高校の甲子園大会出場や、田中幸雄選手(日本ハム)の2000本安打達成などもベスト10に含まれています。

さて、ペ-ジ下の方に「2007年の主な出来事」という一覧があり、1月から順番にいろんなことがらが書いてあります。2月に市民会館の解体決定とあり、そうだったなあ、と感慨にひたり、3月、4月と、つらつら眺めていると、7月の欄に<DOCOMOMO Japanが市民会館を「2006年度選定建築物10選」に認定>とあるではないですか。それをみて、おもわず感激しました。

あ-、ようやく市民会館の栄誉が広報に載る日が来た。と改めて実感できたのです。昨年、一昨年と、市民会館の存続を求めていろんなイベントに関わってきました。美術館で記念展を開催したときも、市の広報にそのイベント告知の掲載を、担当部署を通じてお願いしましたが、なぜか不掲載でした。また、昨年の4月にDOCOMOMO総会においてこの10選が決定した際も、その栄誉を知らせる告知を広報に掲載するよう要求しましたが、そのときは「まだ内定の段階でしょ」、という理由で掲載しないという返事が返ってきたものです。では、7月の正式な決定発表と選定プレ-トの授与後はというと、新聞各紙には大きく載りましたが、やはりこのことの広報への掲載はこれまでなく、市はまったくこのことを無視したかっこうでした。市民に報せたくなかったということでしょう。

市は市民会館の正当な高い評価を周知することを避け、市民会館の保存につながりかねないイベントを、腫れ物に触るような、あるいは、忌み嫌っているかのようでした。会館の40周年を祝う展覧会「40周年記念展」の後援を、市の教育委員会にお願いしたところ、数日後、なぜか生活文化課に呼ばれ、中立な立場を損なうからできないと断られ、先に壊す意思表示をしておいて、中立もなにもないでしょ、とブログで毒づいたことを思い出します。しかし、さすがに存続が決定した現在は、そのタブ-も解かれたようです。いつのまにか、存続活用を願うわたしたちと同じ方向を向いていることになりました。願わくば、DOCOMOMOの授与した選定プレ-トを、一刻もはやく会館に取りつけてほしいものですが、これからアスベストの除去工事や改修工事が待っていますので、その後になるのかもしれません。(注 筆者の認識不足でした。「知人からプレ-トは付いてますよ」という連絡jを受け、1/29に都城市役所・生活文化課の首藤さんに確認したところ、プレ-トは2007年8月に取りつけたそうです。※1/29追記)

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あらためて、市の広報にようやく会館の正当な価値が掲載されたことをうれしくおもいます。市の公共物がすぐれた建築として専門機関から認定されたわけですから、喜んで当然だし、その栄誉を広く市民に周知し、ともに喜びを分かち合うという、あたりまえの状態にようやく戻ってきました。ここまで来るのに、おもえば長かったな-。

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2008年1月 9日 (水)

磯さんとの再会

近代建築を考える唯一の専門機関であるDOCOMOMO Japanの重鎮Kさんからメ-ルがきて、旧東京相互銀行本店(設計:前川國男、東京都中央区1952)について、所有者から「解体」の返事が来たとのことです。DOCOMOMOでは、この建物の高い建築的価値に鑑み、ぜひ保存をという要望書を所有者である㈱三井銀行へ出していたのですが、その返書が1月8日付で届いたものです。

旧東京相互銀行本店はDOCOMOMOJapanの選定建物にも選ばれていて、そのことは、わが都城市民会館とおなじです。これまで、DOCOMOMOJapanは全国の近代建築のなかから、125のすぐれた建物を選定しています。都城市民会館とおなじく、解体の危機にあった建物がいくつかあったのですが、さいわい、これまで解体されたものはありませんでした(数棟のなかで部分的に解体されたものはある)。しかし、今回の決定でDOCOMOMOJapanの選定建築物でも解体されるという事例が出てくることになり、DOCOMOMO選定という歯止めが効かなくなることが危惧されます。

わたしは、都城市民会館がDOCOMOMOJapanに選定された時、これまで選定建築物で壊されたものがないことを、ある意味、勇気と元気の源泉にしていました。結果、都城市民会館の場合は幸いに存続という結論になり、そのことに一縷の光明と可能性を期待していたのですが、ちょっと残念なことです。しかし、まだ解体が始まったわけではありませんので、まだわかりませんが、かなり厳しい状況です。

旧東京相互銀行本店を、わたしは意識して見学したことはないので、その価値についてコメントすることはできませんが、写真でみるかぎりでは、箱型の近代的なオフィスビルであり、華麗な装飾があるわけではなく、一般的な目には、ただの古いオフィスビルにしか見えないということもあるでしょう。市民会館のように「キャラが立つ」建築ですと、よきにしろ悪しきにしろ、「なんじゃこれは」という強烈な印象を見る人に与えますので、「これは残すべきですよ」と言いやすいことはあります。この銀行のような、なにげないオフィスビルに見える建物にこそ、専門的に見れば近代建築の進化してきた葛藤があらわれていて、高い建築的価値を見出され、そのことが文化財として保護される対象になるのでしょうが、まだまだ現在の建築界と、日本の社会そのものがそのことに注意を払う余裕がないことを示していて、建築界に身を置くもののひとりとしては、残念であり忸怩たるおもいです。

市民会館の保存運動に尽力してくれたDOCOMOMOのKさんとしては、わたしよりはるかにそのへんの造詣は深いものがあり、新年そうそう、そのやりきれない気持ちをおもんばかることしかできません。

ところで、きょう「Casa BURUTUS・カ-サブル-タス」という建築誌の取材チ-ムがわたしの事務所に来てくれました。引率してくれたのは、昨年、わたしたちが企画した2回の市民会館のシンポジウムにかけつけてくれた会館の熱烈なファンである建築ジャ-ナリストの磯さんです。磯さんは昨年7月にわたしたちが開催した「都城市民会館厄払い」イベントの「DOCOMOMO選記念展」と「DOCOMOMOフォ-ラム都城」に、自費でスタッフを連れて参加してくれたばかりでなく、五十嵐太郎さん、倉方俊輔さんという、現在の日本建築界を代表する歴史学者を伴ってきてくれました。五十嵐さんはその後、全国紙に市民会館の保存を訴える文章を書いてくれたりして、磯さんこそが市民会館保存の最大の功労者ではなかったのかと考えていいほどです。

その磯さんと「カ-サ」の編集者、カメラマン氏の3人の訪問を受け、これまでの市民会館の保存運動のことについて語りました。結局、都城市民会館の場合は、南九州大学のホワイトナイト的な登場という劇的な幕切れであり、直接、保存運動の成果として会館が残ったとも言いきれない、運動の実質的な達成感がないといったらわるいのかもしれませんが、なんとなく?マ-クのつく終わり方だっものですから、今回の保存劇は、全国的な事例からすると、きわめて特殊な例なのかもしれないとおもいます。でも、物理的・経済的・建築的な価値うんぬんより、維持費がたいへんだ、あたらしいものに建て替えて経済的な効率を優先したいなあど、きわめて政治がらみで、建築的価値とは離れた存続・解体議論であるこの問題の深層を、全国的に、もっとも象徴しているのかもしれませんね、なんて話をしました。

とりあえず、市民会館は残りました。あの独特な建築キャラはまだしばらく見ることができます。これは、わたしの初夢なのかもしれませんが、願わくば、都城市民会館が数十年後、ユネスコの世界遺産に登録されますことを予言します。シドニ-のオペラハウスは、昨年、世界遺産に登録されました。さいきんでは、世界の近代建築のいくつかが世界遺産になってます。そのなかでも、シドニ-はいちばん新しいもので、たしか、1973年の完成ですので、市民会館より若い建物です。シドニ-の海の上に白鳥を模したオペラハウスがあり、南九州の山の中にずんぐりむっくりの鉄カブトがあります。わたしは、都城市民会館のその姿を、けしてシドニ-のものと遜色がないものとして考えています。

国土交通省の法改正に起因する建築確認申請の遅延による経済的損失が問題になっていますが、2008年が建築界と市民生活にとって、いい年となりますことを祈ります。今回の取材による近代建築保存を特集した「CasaBURUTUS」3月号は2月10日に発売です。わたしの事務所へ来る前、県庁に行って東国原知事へも、この件で30分ほどインタビュ-してきたそうです。どんな話が聞けたのか楽しみです。ぜひ、読んでみてください。

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2007年12月20日 (木)

蘇ったメタボザウルス

本日の議会で、都城市民会館のアスベスト除去予算を含む平成19年度の都城市補正予算案が可決されました。

先回、9月議会では都城市民会館を解体する議案が可決されたばかりですが、10月末に南九州大学の借用申入れの提案を受けて、一転して保存活用という方針を市が示しましたが、市議会もそれを承認したことになります。

わたしも議会に傍聴に行きまして、採決のようすを上から見ていました。正確な数字ではありませんが、30対10くらいの票数だったようです。先回の解体の議案が25対14(棄権1)でしたので、そのときより大差だったことになります。

これで、市民会館が存続し今後も活用されることが決定しました。今後は、アスベスト除去工事、南九州大学側の改修工事を経て、平成21年の都城キャンパスの開学に合わせての開館を見守ることになります。いろんなことのあった波乱に満ちた一年でしたが、年の瀬になって、まずはメデタシ、メデタシというところです。

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2007年11月22日 (木)

都城市民会館秋祭りと新聞記事

都城市民会館秋祭りの新聞記事を収録しておきます。

11月13日の毎日新聞、17日の宮崎日日新聞です。

「新聞記事2紙.PDF」をダウンロード

また、宮崎日日新聞の11月11日の社説が市民会館存続をとりあげています。前日の11月10日には、9日の議会で報告された大学に貸与することが正式決定したことの記事が載っていますので、合わせて収録しておきます。

「宮崎日日新聞の記事2件.PDF」をダウンロード

宮崎日日新聞は、かつては、あまり会館の保存に前向きとは見られませんでしたが、ことしの2月25日の社説で、解体を憂慮する論説を載せたあたりから、存続に積極的なスタンスを取りはじめたような気がします。

それ以来、わたしたちの開催したイベントなども数度にわたって掲載してくれ、ことしだけでも保存要望書の提出や展覧会をはじめ厄払いイベントや見学会など10回を超える多数の記事が掲載され、それ以外でも、これまでの保存活動を回顧する記事を掲載しています。とくに、10月10日の「くろしお」欄では、先に市が行なったアンケ-トの手法について、批判ないし疑問を投げかける文章を「メタボ」という言葉を引用して書いています。

運動にかかわってきて、マスコミの力の大きさをあらためて感じました。マスコミが文化を理解してくれることが、とうぜんといえばとうぜんですが、重要だとおもいます。飽きもせずに繰り返し会館の価値や保存を訴えるイベントを打ち、そのたびにマスコミに好意的に取り上げられたことが、会館の存続の一助になったのは間違いないとおもいます。

もちろん、西日本、南日本、毎日、読売の各紙も高く評価しています。文化欄に会館の高い文化的価値が専門家の意見として複数回取り上げられました。とくに、建築史家の五十嵐太郎さんは、8月13日の毎日新聞、11月10日の朝日新聞(いずれも全国版)に市民会館の存続を訴えるすばらしい文章を書いてくれました。五十嵐さんは、このことを空中戦と呼んでいて、遠い東京にいながらできることを、マスコミを使って実践してくれましたし、建築の専門紙に会館の文章を書いてくれたDOCOMOMOjapan幹事長の兼松氏も同じです。もっとも、氏の場合は、空中戦だけでなく、地上戦でも存分に戦ってくれてまして、さすが歴戦の闘士と敬服するところです。

朝日新聞には、友人である販売店主に、これまでたいへん協力してもらっていましたが、秋ごろに通信局の担当者が変わって以来、記事の方もかなり積極的になってきたようです。記者の資質・個性にもよるのでしょうが、やはり、いい人材を集めることが、どんな業界にも言えることですが、とくにマスコミには重要だと思うしだいです。

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2007年11月15日 (木)

都城市民会館 風船ア-トイベント

所用で12日と13日、和歌山に行っていたものですので、ブログを更新することができませんでした。市民会館ファンのみなさま、11日の風船イベントはどうだったのか、やきもきさせて申しわけありません。

イベントは成功裏に終わりました。みなさまのおかげです。

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プロの写真家と見まがうばかりのこの2枚の写真は、串間市でレモン設計室を営む河野さんから提供してもらったものです。河野さんは、運動の初期から、会館の保存に心を砕いてくださった建築家です。

ここ1年ほど、このブログは都城市民会館のことだらけでしたが、ようやく運動も一区切りがつき、これからは本来の「建築を込めて」に沿った内容にしていくつもりです。これからもよろしく。

下記のサイトでも、この日の風船の美しい写真が多数見ることができますので、リンクを貼っておきます。

http://miyashimi-repo.seesaa.net/article/66091621.html

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2007年11月 7日 (水)

都城市民会館応援団のこと

昨日の午後、東京に住むOさんという女性から、事務所に突然の電話がありました。

Oさんは都城出身の方で、実家は市民会館のすぐ近所とのこと。かねてより都城市民会館の解体の件で気をもんでおり、ネットでわたしのこのブログのことを知り、保存活動をしている人にお礼を述べたくて電話したそうです。

Oさんが中学生のときに市民会館が誕生したとのことで、高校を出て東京にきて、いろんな建物を見てきたけど、こんなに凄い建物は他にない、とご夫婦(ご主人も建築関係の仕事をしているとのこと)で市民会館のことを誇りにしてきたそうです。

ここ1ヶ月ほど、この事務所にいろいろな方から電話がかかってきました。面識のない人たちばかりです。市内のある自治公民館長をしているSさんは、「探偵ナイトスク-プ」に投稿したらどうだ、と。元新聞記者というDさんは、N県議やN市議に電話で協力を要請したから行きなさい、と。熱烈な会館ファンであるFさんも、あれこれいろんな協力者を紹介してくれました。

9月の27日に解体の予算を議会が可決してから、そんな動きや、電話が増えたように感じます。いよいよ解体が差し迫り、みなさんの危機感に火がついたのでしょう。これまで、新聞に数回わたしの名前が載ったものですから、わたしにかけてきたのでしょうが、じつは、わたしだけではなく、都城市役所や宮崎県庁にもたくさんの電話やメ-ル、手紙が届いているという話をききます。もちろん、保存を求める内容です。そんなたくさんの声によって、会館は残す方向にかじを切りなおしたのだろうとおもいます。

とりあえず、きのう6日に市役所内で庁議があり、市の対応を正式に決定したはずです。9日に市議会でその内容を市が説明するとのことです。どうなるのか気になりますが、いい方向性が示され、11日のイベントも成功し、メデタシメデタシとなることを祈るのみです。

きょう(7日)の朝日新聞に、都城市が南九州大学の借用申入れを、受け入れることに決めたという記事が載っていますので、PDFで収録しておきます。

「11/7の朝日新聞の記事.PDF」をダウンロード

11月の中旬の朝日新聞(全国版)に五十嵐太郎さん(建築史家・東北大学准教授)の記事が出ます。こちらも楽しみです。

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2007年11月 4日 (日)

すばらしい造形美

本日の夕方、所用があっての帰り、市民会館のまえを通りかかりました。国道10号線から西に会館側へ進み、裁判所のちょっと手前くらいから見る会館は、ちょっと傾いだ微妙な曲線の屋根が、放射状に伸びる柱・梁を抱きかかえるさまがとても美しく、会館を見る絶好のポジションです。とくにこの時期は、会館前の大きな樹木が葉を落としているので、会館の勇姿をよりくっきりと見ることができます。

会館の借用を南九州大学が申入れ、市も前向きなコメントを出して一週間になろうとしています。あらためてこの場所から、いつもどおりの会館のその美しい姿を見て、この景色が残るのだ、というおもいをあらたにしました。

もとより、この景色を見るたび、こんないいものを壊すなんで信じられない、とつねづねおもっていたわけです。

会館のまえを通りかかったちょうどそのとき、ふと上空に目をやると、秋らしいウロコ雲(鰯か鯖か)が会館の上空に気まぐれな風が描いた尾を引き、それを夕焼けがオレンジ色に染めあげ、たそがれちかくなって力は弱くなったとはいえ、南九州特有の鮮度の高い空の青と、それを透かしたウロコ状の雲のオレンジと白が、会館の上空を覆っていました。

これはすごい。写真を撮らねば。あわてて車を停めたのでしたが、あいにく、いつも車に積んでいるはずのデジカメはなく、この日にかぎってケイタイも家に置いてきたことに気づいたのでした。なんとか、この造形美をみなさまに伝えたくて、いっしょうけんめいそのときの情景を文章化してみました。

11月11日、来週の日曜日に「市民会館秋祭り」というイベントを開催します。もともと、会館の解体を抑止し、保存をアピ-ルするための企画でしたが、ここにきて、保存・活用を祝う要素を付け加えたイベントにできることは嬉しいことです。

13時からの「風船ア-ト・イベント」は、会館の造形美を、秋の空とカラフルな風船で、いっそう際立たせる芸術的なプロジェクトです。ぜひみなさんご来場して参加してください。会館を数百のカラフルな風船で取り囲み、これからもこの景色が都城に存在しつづけることを祝いましょう。

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2007年11月 1日 (木)

都城市民会館秋祭り

11月11日に「都城市民会館秋祭り」なるイベントを開催します。もともと、会館の解体を抑止するためのイベントとして企画したものですが、急転直下の保存への方向転換を受け、急遽、祝祭的な意味を付加することができたのはうれしい誤算でした。

みなさん、市民会館の保存とこれからの市のますますの文化的発展を祈って、秋の一日、ア-ティステックな催しに身を置きましょう。

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昨日のペ-ジで収録できなかった都城市民会館の保存決定に関する新聞記事をPDFで収録しておきます。読売、毎日、西日本、南日本の各新聞です。

「市民会館保存に関する記事4紙.PDF」をダウンロード

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2007年10月30日 (火)

一夜明けて

怒涛のような一日が過ぎ去り、夜が明けて朝刊に目を通し、あらためて会館が残る喜びを感じました。

きょうも仕事はほとんど手につかず、これまでお世話になった全国の支援者へメ-ルを送ったり、新聞を読みなおしてみたりで一日が過ぎようとしています。記事によると、11月6日に市として正式な判断をするそうです。

おそらく、ほとんどの新聞に市民会館の記事が載っているのでしょうが、宮崎日日新聞と朝日新聞だけをここに収録しておきます。

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PDFデ-タも収録しておきます

「会館の記事 2紙.PDF」をダウンロード

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市民快感

急転直下、ウルトラCのようなニュ-スでした。

2009年に都城に移転予定の南九州大学が、市民会館の20年間の借用を申し入れ、市が前向きに検討するというコメントを出した。そんなニュ-スが飛びこんできたのが29日の朝9時過ぎでした。

「エ-!」おもいがけない展開に、とりあえず叫んでしまいました。びっくりするやら、戸惑うやら、気が抜けるやら、同時に、こんな落としどころがあったことに感嘆するやら。とりあえず、保存仲間や関係者にこの朗報を報告して数時間があっという間にすぎました。

夕方のニュ-スは、自宅のテレビで仲間の室田君といっしょに見ました。にこやかな顔の長峯市長が印象的であり、先月の議会傍聴席から見た、能面のような顔をした長峯さんとは別人のように見えました。

全国の支援者のみなさま、ありがとうございます。

11日のイベントは、とりあえず予定どおりおこないたいと考えます。より、祝祭的なイベントとして、みんなで盛り上げてくださることを希望します。市民会館が、まさしく市民のための会館としてこれからも活用されることを願って、会館にカラフルな風船の花を咲かせましょう。

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2007年10月25日 (木)

建設通信新聞の記事

「建設通信新聞」という全国的な建築・土木の業界紙があり、10月18日の同紙に「都城市民会館」の保存と価値を訴える記事が載っている。

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筆者は建築家でDOCOMOMO japanの幹事長でもある兼松さんだ。

兼松さんは7月の市民会館シンポジウムで都城に来訪してくれた。近代建築の評価と保存の第一人者である。

実際の記事は横長で、そのままではここに収録しづらいので、この文面は新聞記事をもとに打ち直したもので、写真はわたしの自前のものに変換した。

この文面のワ-ドデ-タも収録しておきます。「建設通信新聞」の記事をダウンロード

※五十嵐太郎・東北大学准教授、建築史家が、11月中旬の朝日新聞に市民会館の記事を書くことになりました。こちらも楽しみですが、夕刊ではないことを祈ります。(宮崎では夕刊が発刊されないため)

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2007年10月20日 (土)

風船ア-ト・イベント

先に、11月11日に「緊急シンポジウム」開催の案内をしましたが、その企画がふくらんで、「都城市民会館・秋祭り」という市民文化の総合イベントとしてバ-ジョンアップすることになりました。

当日は、市民会館見学会、風船ア-ト・イベント、緊急シンポジウム、もしかしたら音楽バンド・特別ゲストのイベントも、という盛りだくさんの内容になります。

そのなかで、出色なのが「風船ア-ト・イベント」です。チラシを下に収録します。

これは、市民会館を1000人程度の人間で取り囲み、各自手に持った風船で会館を彩ろうというア-ティスティックなイベントです。風船は主催者で用意します(1個100円)。もしかしたら、クリストの布包みプロジェクトに匹敵する豪快・爽快なイベントになるやもしれません。秋の休日、みんなで参加しましょう。

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また、10月20日、21日の両日、都城の神柱公園にて「やまかん祭り」が開催されます。県内の杉を使ったデザインコンペ「杉コレクション」の実作による最終審査も兼ねています。こちらもぜひご参加ください。同公園で「市民会館・秋祭り」のチラシ配布、カンパ募金、保存のための署名集めも実施します。

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2007年10月15日 (月)

市民アンケ-トへの疑問

10月10日の宮崎日日新聞の「くろしお」欄(朝日新聞でいうと、「天声人語」に該当する欄)が、都城市が昨年末におこなった、市民会館の今後に関する市民アンケ-トへの疑問を提示している。さすが宮崎日日新聞、よくぞ書いてくれました。

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3年前のアンケ-ト結果では、解体が47%だったのに対し、今回は83%に急増していて、わたしも、つねづねこのアンケ-トには疑問を持っていました。 この間のめだった変化はふたつあり、旧都城市と北諸4町が合併し、新都城市となったこと、もうひとつは、先回のアンケ-ト時には市は解体を表明しておらず、まったく中立の立場だったが、今回は解体の方針を発表していたことです。このどちらも、アンケ-ト結果に影響を与えているのでしょうが、やはり、「くろしお」筆者の言うように、「市民会館の・・役割は終了しました」とアンケ-トの冒頭に宣言していることの影響は大きかったのだろうと推測します。しばしば、アンケ-トについては、誘導性、恣意性を指摘されることがあります。

役割が終わったのものを存続する必要はありません。誰だってそうおもうでしょう。したがって、市の行なったアンケ-トは、会館の役割を問うものではなく、役割の終わった会館の今後を問うものだったのです。それでも、保存を選択した市民が16%もいたことの方に価値があります。

市長は、「会館の役割はまだ残されています」といって、堂々と解体を覆すことに問題はありあません。あるいは、「会館の役割を問うため、しばらく解体を猶予します」と宣言することでもいいでしょう。

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これが問題のアンケ-トの説明用紙です。冒頭に「役割が終わりました」と宣言しています。アンケ-トは同封のハガキを郵送するという方法でおこなわれました。ついでに、そのハガキも下に収録しておきます。

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残念ながら、わたしの元にはアンケ-トは送られてきませんでした。対象者は4000人でしたが、その回収率は45%です。解体の回答をした実数は1500人にすぎません。かたや、昨年、「守る会」は市内の6000人弱の人から保存の署名をあつめています。また、各種の団体では、総会などのとき定足数を問題にしますが、今回の回答率45%では、一般の総会での定足数である1/2を満たしていないことにもなります。

昨年から今年にかけて、日本建築学会やDOCOMOMOなど、建築の専門団体からの保存要望書が提出されていますが、市はこれまで、まったくこの事実を広報などで告知していません。新聞記事に載っただけです。この7月に、国際的な近代建築に関する学術組織であるDOCOMOMOの日本支部が、会館を2006年度の10選に選定し、そのプレ-トを都城市役所にて授与しましたが、この南九州初の栄誉についてもおなじです。市は中立という言葉を好んで口にしますが、市民会館の問題については、?が多いように感じます。

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2007年10月11日 (木)

芸術の秋、市民会館の秋

市民会館に関する新聞記事が、また載りました。風がだんだんと、強く吹きつつあります。

わたしの廻りでも熱い人たちが会館のことを心配してくれています。その中で、これはという人物を2人紹介しておきます。

ひとりは市会議員のYさん。先の9月議会では保存派として獅子奮迅の働きぶりでした。そのYさんが先日やってきて、合わせたい人がいるからといって、いろんな場所へ連れていってくれました。新聞社の支局、企業の経営者、喫茶店のマスタ-、まちおこしグル-プの一人者、などです。すべてがいい出会いでした。また、そのほとんどが会館の保存に肯定的であり、いいアドバイスをいただきました。忙しいはずですが、午後をめいっぱい、わたしたちと市民会館のために費やしてくれたYさん、ありがとうございます。

もうひとりは、製麺会社を経営するOさんです。Oさんは、わたしも所属する異業種サ-クルの仲間で、周知の間柄です。そのOさんが、さいきん、市民会館の保存に熱心です。先日もサ-クルの例会で発言し、会館の保存の有用性をみなに説いてくれました。会館のイラストに「なぜ壊すの、もったいない」というコピ-を付けたシ-ルを作ってくれるそうです。Oさんによると、会館の造形はたいへんな「気」を擁しているそうで、これがなくなることは、都城にとって、とんでもない不幸なことであるそうです。Oさんは風水や地勢、歴史の研究者でもあります。

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緊急シンポジウムを11月11日の日曜日に開催することにしました。上記のポスタ-内容は予定であり、あくまでも暫定版です。会場は市民会館ではなく、目の前の福祉会館になるかもしれません。決まりしだい報告します。

見学会の日程は、ほぼ確定しました。シンポジウムの前、11月11日の昼の12時半~です。当日は、宮崎市の美術家グル-プ「フラクタス」のメンバ-十数人と、北九州市立大学の教授と学生2~30名、「新建築」誌のスタッフ、関東から建築の研究者など、総勢5、60名の参加者がすでに予定されています。これから、どこまで増えるか楽しみです。

また、当日は社会福祉団体の関係者が応援に来てくれるという内諾も得ており、もしかして、念願の人間の鎖で会館を取り囲めるかもしれません。いよいよ待ったなしの状況であり、みんなのハ-トに火がつきだしたようです。

会館の池で足湯をしようという「足湯プロジェクト」、みんなでいっせいに風船を飛ばそうという「風船プロジェクト」、11日の前日に会館前の屋外で「前夜祭」、ついでに「ライトアップ大作戦」も企画が出ています。みんなで、会館にからめて楽しい秋にしましょう。

「10月10日の宮日新聞の記事.PDF」をダウンロード

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2007年10月 5日 (金)

都城市民会館の記事を集めました

都城市議会が都城市民会館の解体予算を含んだ補正予算案を可決し、会館の解体を承認してから1週間が経過しました。さすがに、ちょっと落ちこんでいて、新聞を見る気もしなかったんですが、本日、図書館に行って各紙の記事をチェックしてきました。

宮崎日日、朝日、読売、毎日、西日本、の5紙に市民会館の記事を見つけました。そのうち、西日本はロ-カル版(宮崎県)と全エリア版の2ヶ所に記事があります。また、9月25日のに毎日新聞に、市民会館のこれまでの経緯をまとめた総括的な記事がありました。興味ある方は、以上の5紙、7件の記事をPDFデ-タで収録しておきましたので、参照してください。

西日本の記事のなかで、DOCOMOMOjapan幹事長の兼松氏が「建築家の立場からすると、信じられない愚行というほかない。都城だけでなく日本にとっても損失」というコメントを寄せている。わたしも、朝日と読売からコメントを求められたが、ここまで強く言い切れなかった。さすがに兼松さんであり、まだまだ未熟なわたしである。

名古屋のSさんはじめ、会館の保存を願う熱い同志から、市民会館に関するいろんな人たちの意見を集約するための掲示板の創設を求められています。近いうちに、このサイトか別なサイトに掲示板を立ち上げようとおもいますので、それまで、もうしばらくお待ちください。パソコンとインタ-ネットに疎いものですから、チャチャット行かずに申し訳ありません。

また、11月に市民会館の見学会と、市民集会「人間の鎖」を企画しています。目標は1407人が集まり、手をつないで多重に会館を取り囲み、保存をアピ-ルすることです。そちらのご協力もお願いします。詳しいスケジュ-ルが決まりしだい、また報告します。

兼松さんのコメントが載った、西日本の記事だけ画像を収録しておきます。他はPDFデ-タを収録しておきます。

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「5紙7件の新聞記事PDF」をダウンロード

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2007年10月 2日 (火)

まだまだ続く市民会館

9月27日の都城市議会は、市民会館の解体を含む補正予算案を可決しました。

保存を訴えるハガキ作戦を展開し、かなりの数の手紙やハガキが議員のもとに届けられたようですが、残念ながら与党の壁は厚かったようです。

しかし、解体または態度未定だった、少なくとも2人の議員が、会館の保存あるいは予算案への反対という意思表示を示してくれました。この運動の効果と推測されます。

また、わたしの周囲でも、会館を壊してはいけない、慌てて解体することはない、まだ議論は尽くされていないなどと、会館のことを前向きに考える意見がよく聞かれるようになってもきています。DOCOMOMO選や展覧会、シンポジウムなどにより、マスコミにいろいろと取り上げられた成果が、じわじわと出てきているようにも感じます。

そんな矢先、わたしのもとへ1通のメ-ルが届きました。内容は、「保存運動に参加したい」とうもので、「こういう運動には参加したことがなく、メ-ルをおくるだけでも緊張します」という添え書きもありました。わたしも、つい1年前は、このメ-ルをくれた青年とおなじで、おっかなびっくりの感じで「守る会」の集まりに顔を出していたものでした。わたしも、これまで「このような」運動に参加したことはなく、いまだに手探り、あるいは試行錯誤的な活動しかできていないのが実情であり、運動に関してはシロウトです。

ただ、これまでの体験を通して、運動は楽しくやることが必要だと考えます。そして、組織のための運動にならないように、あくまでも会館の保存が目的であり、みんなで楽しくやる運動が長続きするし、結果的によい結果をうむだろうとおもっています。

上意下達的な組織体も望みません。各人が自発的にアイデアを出し、それぞれが多彩に波状的にやる運動がベストです。そして、それぞれに協力できることをして楽しむ。ただ、好きなようにといっても、最低限のル-ルはあります。第一に、保存運動を体制批判に結び付けないということでしょう。わたしたちは市と市民の将来のために会館を保存したいと考えているわけであり、人とケンカすることが目的ではありません。第二に、人をあてにしないということです。やれることを考えて自分でやる。組織ができて、役員や幹部が決まると、なんとなく彼らがうまくリ-ドしてくれて、うまくやるだろうとまかせてしまいがちですが、そうすると、うまくいかないときに、そのことの不満を、彼らに抱くことになります。ひとの協力を求めることは重要ですが、あてにして、くだらない不満を抱くことは不幸なことです。そうなる前に、積極的に自分で動くことがいちばんです。

沖縄では11万人が歴史教科書をめぐって集まりました。全県民の10分の1という、すごい数です。都城の人口は17万人、その10分の1が1万7千人、これは無理としても、100分の1で1700人です。これなら可能な気がします。これだけの人間が保存を旗印に集まれば、かなりの効果がありそうですが、これまでの活動をとおして、人を集めることの難しさも痛感しています。

市民会館の周囲は約230メ-トルほど。ひとりを1メ-トルとして計算すると、230人集まれば、会館を人の輪で包囲できます。おもいきり手を伸ばして、ひとり1.5メ-トルで計算すると160人でもつくれます。このくらいなら、なんとかなる数字でしょうが、できるなら1000人規模で二重、三重に会館を囲む保存の輪を広げたいものです。

まだまだ会館の保存活動は続きます。明日は保存運動の会合があり、メ-ルをくれたUさんも参加してくれるとのこと。宮崎の美術家グル-プ「フラクタス」も、11月に市民会館関連のイベントを予定してくれています。まだまだこれからです。

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2007年9月25日 (火)

HELP民会館・電話作戦

いよいよ、市民会館の解体予算を含む議案が、9月27日に市議会で採決されます。わたしたちの代表である市議会議員に、会館の保存を訴えましょう。議員も迷っています。

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都城市議会は定数41名、解体に反対する議員は下記の緑色の議員と予想されますが、白色の議員さんもまだ迷っています。みなさんの声で、議員を応援しましょう。

都城市議会議員リスト

◎印は議長、緑の色のついている人は、市民会館の解体に反対(保存派)するであろう議員です。ハガキを効率的に使用するためには、緑色の議員を除く、白色の議員さんへ送付した方がいいかもしれません。

送付先 〒885-8555都城市姫城町6-21 都城市役所 議会事務局 ○○○議員 様

相葉 一夫

荒神  稔

今村 美子

岩切 正一

上杉 順市

植村 浩三

江内谷 満義

榎木 智幸

大浦  覚

神脇 清照

蔵屋  保

黒木 優一

児玉 優一

坂下 邦男

坂元 良之

◎ 下山 隆史

末永 悦男

竹之下 一美

竹森 隆雄

徳留 八郎

中田  悟

永井 弘美

永田 浩一

永田 照明

永山  透

西川 洋史

西ノ村 清

楡田  勉

橋口 浩太郎

橋之口 明

東口 良仲

福留  明

福留 一郎

藤井 八十夫

美原 純裕

宮元 正文

森重 政名

○ 村吉 昭一

本仮屋 勉

山田 裕一

来住 一人

採決は27日です。ハガキでは間に合わないですので、できれば電話の方が有効かとおもいます。各議員の電話番号は議会事務局へ問い合わせてください。教えてくれます。 TEL 0986-23-7869 です。

下に電話番号付きの議員リスト(エクセル)を収録しておきますので、こちらも参照してください。

「議員リスト 電話番号付き.xls」をダウンロード

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2007年9月24日 (月)

メタボザウルス

九州一円をエリアとする西日本新聞の9月21日の学芸・芸術蘭に、宮崎大学准教授・石川千佳子さんの文章が「大きく」載っています。

美術理論を専門とする石川さんならではの、芸術と文化の視点から市民会館の価値を読み解き、会館の保存を訴えています。

この会館の偉容は、人間の魂を揺さぶります。「なんだこれは?」という衝撃を見る人に与えることこそが、この建築の価値の核心であると石川さんは言います。なが年、この建物を見慣れた市民は、その衝撃が薄れてきますので、他所に住む人ほどの価値を見出せなくなることは理解できますが、この地にあたらしく生まれ、育ってくる子どもたちから、この独自の景観と石川さんの言う、「次代の優れた芸術作品を生ましめる喚起力の総体、すなわち文化」を奪ってしまうことになります。このことが会館を失うことで都城が受ける最大の損失でしょう。わたしは、自分の子どもに、市民会館の勇姿を「なま」で見せることができたことを幸運におもいます。将来、どういう道にすすむのかわかりませんが、この凄さを実見した体感は、それをしていない人と、どこかで何らかの差になって現れることでしょう。

わたしたちは「文化がないと飯が食えない時代」に生きています。そんな時代に、せっかくの本物の文化財を失っていいのでしょうか。しかもその理由は、大枚をはたいてつくったばかりの、あたらしい文化ホ-ル(MJ)の稼動率を高め、批判を避けようという、きわめて「チンケ」で悲しいほど組織防衛的なところからきているように感じます。市民の文化的環境を高め、文化活動を支援するためにつくられたはずの新文化ホ-ルが、市の文化的環境を大きく損なうことになるとしたら、この矛盾に、たまらない「やるせなさ」を感じます。

「文化の時代」に必要なことは、自分の頭で考えることです。人の意見を聞くことは重要ですが、最終的には自分の判断しか頼りにすることはできません。そのために、本を読み、旅に出て、本物を探し・見つづける必要があります。そうして、ようやく、艱難辛苦のすえに、「これでいいんだ」という信念・境地をつかんだものだけが、あらたな文化の領域を獲得できるのです。文化とは付加価値の総称でもありますから、経済とも密接に結びつきます。

価値があるから、いいものだから残す、よくないから壊す。使えるから使いつづける、使えないから壊す。そんな、あたりまえの議論がまだ不足しているとおもいます。もっと別の理由や次元でものごとが決定されているようにも感じます。地球規模の環境や国と地方の財政難を考えたとき、使えるものは使いつづけることの有効性も自明なことのようにおもいます。いま、なぜ壊す必要があるのか、しかも、こんな凄いものを。

『メタボザウルス』と、石川さんの記事の見出しに大きく書かれています。石川さんの創案した言葉なのでしょうか。会館の特徴をつかんで、しかもいい響きをもっているようにおもいます。やりようによっては、この言葉だけでも、数億円の経済的な効果があるのかもしれません。ポテンシャルが、ひじょうに高い建物であることは間違いないところです。この会館を活かしてくれる才能が、きっと現れてくれるはずです。

紙面の関係で現物よりちょっと縮小しましたが、この記事のPDFデ-タを収録しておきます。ぜひ、ご一読ください。

「西日本新聞の記事.PDF」をダウンロード

また、石川さんは先の「都城市民会館約払い・DOCOMOMO選記念展」にも足を運んでくださり、9月17日付の宮崎日日新聞「ア-トコラム」欄に、展覧会の適切な批評記事をかいています。こちらも収録しておきます。

「宮日のア-トコラム.PDF」をダウンロード

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2007年9月21日 (金)

東京の恩人からの書簡

東京の恩人から書簡が届いた。

市民会館の保存を訴える内容であり、近現代建築の専門家として、あるいはひとりの建築家として、密度の濃い、すばらしい文章だと感じ入りました。わたしひとりで読むにはもったいないので、以下に一部を抜粋して紹介しておきます。

・・・・・

改めて申し上げるまでもございませんが、この市民会館は、建築家・菊竹清訓氏が、渾身の力を込めて設計し、1966年(昭和41年)に竣工した建築です。施工に関わった技術陣、構造、音響設計や色彩計画、緞帳制作など、日本の第一人者の協力によってつくられました。菊竹氏は38才でした。人の可能性をも考えさせてくれる、都城に留まらず、日本の建築を考えるとき欠かすことの出来ない大切な建築です。

この建築は、その当時日本から発信した建築思潮「メタボリズム」を代表する建築として世界に衝撃を与え、世界の建築界に大きな影響を及ぼした建築でもあります。

メタボリズムというのは、現在の日本の社会の大きな課題であるサスティナブル、つまり持続性を内在した「新陳代謝」という言いかたをされますが、骨格をしっかりとつくり、設備や傷みやすいところを可変しやすいように考慮して、使い続けることを視野に入れて建てられたものです。

私達から都城市を思い起こしますと、島津発祥の歴史を内在した都市とイメ-ジするのですが、残念なことに第2次世界大戦の空襲によって町は破壊され、数多くの歴史的な建造物が消失しました。この市民会館が建てられた時、この扇形の姿に目を奪われ、多くの市民がこれから新しい時代、新しい都市をつくり上げていくのだと考えたことと思います。それから既に41年を経ました。この建築は、今では都城のシンボルとして、ここで行われた数多くのイベントや、ここでの人との交流などによって、多くの市民の生活していくうえで欠かせない記憶として、心深く留まっていると思います。

都城市民会館は、都城になくてはならない建築文化資産です。

遠く関東の地から都城を想う時、都城に行けば「市民会館がある」というのは、個人的なことではありますが、この建築の存在によって建築に志した私にとってもとても大切です。市民は、なおさらこの身近な建築に対する想いをもたれていると思います。市民からのアンケ-トをとられたとのことですが、「役割を終わった」という言い方ではなく、本当の市民の想いを是非汲み取っていただきたいとお願いします。

7月26日副市長にDOCOMOMOに選定したプレ-トを送呈し、市長にお渡しして選定された旨、広く市民にお伝えくださるようにお願いしました。DOCOMOMOのリストは、近現代建築(モダニズム建築)を国として考える時にも、大切なデ-タとして文化庁でも高く評価しています。

解体を踏み留め、メンテナンスのやり方や使い方は、建築家や歴史研究者も含めた有識者による委員会を設置して検討をするのも、建築文化を確認する、ひとつの方法ではないでしょうか。

最後になりますが、作家永井路子氏の言葉を添えさせていただきます。

本物は「残さないでよかった」ことは一度もなく、「残してよかった」か「残せばよかった」しかない。

・・・・・・・

これ以上の言葉はありません。

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九州建築展・都城市民会館展示

宮崎市民プラザにて、21日から24日まで「九州建築展 in 宮崎」というイベントがあり、そのなかで、特別企画として「都城市民会館の記録・DOCOMOMO展」の展示をすることになりました。

会場には、九州各地のJIA(日本建築家協会)会員による建築作品のパネル展示があり、その一角に市民会館の資料や作品が展示されています。JIAとは、建築家の唯一の職能団体であり、建築家として技量と思想の充実につとめています。都城市民会館の保存にも積極的に関与しており、それが、建築文化の向上につながることを知っているからです。すでに、ことしの1月に都城市長あてに保存要望書も提出していますし、昨年の「都城市民会館を守るシンポジウム」も地元との「守る会」と共催で行いました。

会場のようすです。

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2007年9月15日 (土)

アキネスティ大作戦

都城市民会館の解体予算の議案が、この9月の市議会に提案されました。いよいよ、最終局面を迎えたことになります。

9月議会において、慎重な審議がなされることになりますが、残念ながら、現時点では反対する議員の方が少数だとおもわれ、解体予算が可決される可能性があります。議員のみなさんたちを応援し、解体に反対してもらうため、みなさんの意見を書いた手紙(ハガキ)を送付してもらうことを要請します。議会は9月末に採決します。全国のみなさんの声で都城市民会館を残しましょう。

送付先は、

 〒885-8555  都城市姫城町6-21都城市役所 議会事務局 ○○○議員 様

です。丸印に下記の議員の名前を入れてください。

都城市議会議員リスト

 ◎印は議長、緑の色のついている人は、市民会館の解体に反対するであろうとおもわれる議員です。ハガキを効果的に使用するため、緑をのぞく白色の議員さんへ送付されることを希望します。

ハガキ送付先

  〒885-8555 都城市姫城町6-21 都城市役所 議会事務局 ○○○議員 様

相葉 一夫

荒神  稔

今村 美子

岩切 正一

上杉 順市

植村 浩三

江内谷 満義

榎木 智幸

大浦  覚

神脇 清照

蔵屋  保

黒木 優一

児玉 優一

坂下 邦男

坂元 良之

◎ 下山 隆史

末永 悦男

竹之下 一美

竹森 隆雄

徳留 八郎

中田  悟

永井 弘美

永田 浩一

永田 照明

永山  透

西川 洋史

西ノ村 清

楡田  勉

橋口 浩太郎

橋之口 明

東口 良仲

福留  明

福留 一郎

藤井 八十夫

美原 純裕

宮元 正文

森重 政名

○ 村吉 昭一

本仮屋 勉

山田 裕一

来住 一人

この表のワ-ドデ-タです。必要な方はコピ-して使用してください

「議員リスト」をダウンロード

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2007年9月14日 (金)

都城市民会館 再生活用に関する請願 提出

現在開会中の都城市議会に、「都城市民会館 再生活用に関する請願」が提出されました。

・・・・・・・・

請願の主旨

 都城のシンボル的建造物「都城市民会館」について、その高い建築学的価値、インタ-ナショナルな評価により、今後さらに全国へ向けての発信が可能な文化観光資源である都城の財産として、後世に残すべく再生活用の方向でのご検討を請願いたします。

2007年9月14日

都城市議会議長 下山 隆史 様

※市内外の団体・企業など60有余件の賛同書を添付

・・・・・・・・・

請願には1名以上の紹介議員が必要であり、今回の請願は蔵屋保、藤井八十夫、西ノ村 清、山田裕一、本仮屋 勉の各氏、5名の議員が名を連ねてくれました。

都城市の将来を真摯に見据えた、各議員の慎重な判断を期待します。

また、9月19日に山田議員と藤井議員が、20日には西川議員が市民会館の件で質問に立ちます。市内にお住まいの方はぜひ、都城市議会へ傍聴に行きましょう。誰でも議会は傍聴することができます。

先回の「アキネスティ」ハガキ(手紙)作戦もまだ続行中です。引き続き、よろしくお願いします。

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2007年8月30日 (木)

都城市民会館見学会

都城市民会館の見学会が開催されます。

福岡で、現在、日本建築学会の全国大会が開催中です。その参加者から「福岡から都城へ見学に行きたい」という問い合わせがあり、見学会が用意されました。

もちろん、学会関係者だけでなく、どなたでも参加できます。どうぞご来場ください。070902

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2007年8月28日 (火)

あらためて、保存要望書を提出

本日、市役所を訪問し、「都城市民会館の再生利用を考える会」と共同で、市民会館の再生保存要望書なるものを提出してきました。市では前田副市長が応対にあたってくれました。副市長と忌憚のない意見交換ができ、当初の目的を達成できたように感じます。

会館が残るか解体されるかは、ひとえに市民の意思表示にかかっています。わたしたち、開館の存続を願うものとしては、ひとりでも多くの市民に、これからも会館を保存することの有益性を訴えていきたいとおもっています。また、専門家のひとりとして、会館の文化的・建築的価値も訴えていきたいとおもいます。

つきましては、会館の保存に賛同してくれる人たちを募っていますので、よろしくお願いします。また、9月2日には、再度、市民会館の見学会(内部も含めた)を予定しています。こちらにも、どしどし参加してください。そして、ほんとうに、このまま壊していいのか、じっくり考えてもらうことを切望します。

以下に、要望書に添付したわたしの見解を収録しておきます。

・・・・・

 要望の主旨は、貴重な建築文化遺産である市民会館を、都城の将来のために今後も存続させ活用することが不可欠であり、安易な解体は市の将来に重大な禍根を残すことになると信じること。存続こそが、危機的と言われる市の財政に結果的に貢献するものであり、莫大な解体費を廃し、新規の建設ニ-ズを抑制し、文化的価値にもとづく高い経済効果が期待できます。また、喫緊の課題となっている地球規模の環境問題を考えたとき、「改修して活用」が時代の要請であり、潮流です。この文化・経済・環境という3点の理由により、わたしたちは会館の解体の方針を改め、あるいは猶予し、慎重に検討することを要望するものです。

また、今回の要望を補足して、さらに説明を付加しておきます。

1        民意について

 市長が「苦渋の選択」の根拠としている先の市民アンケ-トの結果について、わたしちたちは次のように考えます。このアンケ-トは、新文化ホ-ルが誕生したことにより「市民会館の役割は終了しました」と明確に定義してのものでした。そのうえで市民に解体か保存かの二者択一を迫るものであり、賢明な市民の多くが「解体」を選択したことは当然です。しかし、会館に別の価値や役割があるとすれば、このアンケ-トは意味をもちえません。また、市民会館の役割が終わったかどうかを、市民に問うことは無理があり、より高度で専門的な検討が要求されるものだと考えます。

先のアンケ-トにあたり、すでに市は「解体」を結論付けた最終報告書を発表しています。南九州地域は、保守的な土地柄ということもあり、行政のすることに疑義を差し挟む市民感覚は涵養されていないと考えられます。また、都城市は当市における突出した経済団体でもあり、市民の多くはその経済の影響下に少なからずあり、市の意向に逆らう見解を表明することを、市民や経済人の多くはためらう向きもあります。このように考えたとき、昨年12月のアンケ-ト結果より、むしろ3年前に市が実施した「ふれあいアンケ-ト」の結果である、現状保存、改修保存の両者合計が52%、解体が47%という数値が、より適切に民意を表現しているものと考えます。

また、先のアンケ-トは市民4000人を対象としたもので、その回収率は45%でした。その83%が解体ですので、4000×0.45×0.83となり、解体を選択した人の実数は、市の発表では1503人です。一方、昨年の5月に「都城市民会館を守る会」が保存を求めてあつめた署名は5935人です。実数ではアンケ-トの「解体」をはるかに上回る人数が示されています。統計学的な論拠はさておき、民意の尊重という点で考慮するならば、同等の効力を認めてもいいのでは、と考えます。

2        都城島津邸との類似点

 都城島津邸の存続が取り沙汰されていますが、先の報道によりますと、市長は島津邸を買取り、保存する方針を表明したように聞いています。都城市に存在する貴重な文化遺産として、あるいは市の将来に大きな影響をあたえるであろう貴重な文化・観光・経済資源として、わたしたちは都城市民会館を、島津邸と同等以上に考えています。

今回の、市の島津邸に対する判断を、わたしたちは高く評価したいとおもいますが、同等の価値を認める市民会館に対しても、市の将来を見据えた英断を求めるものです。

3        今後の運営について

 会館の存続に際し、予想される今後の会館の運営・管理に関して申し添えておきます。会館が存続される場合、今後の維持運営、活用方法が大きな懸案となります。会館の維持費が、この問題の大きな争点でもありました。

つきましては、今後、市との協議を経て、具体的な運営活用法を検討するに際し、運営・管理にあたる民間団体(NPO法人を想定)を設立し、より効率的で、かつ市民のニ-ズに添った運営管理を担う用意と決意があることを申し上げます。現在、その運営の内容と団体の設立について準備・検討中であり、今後、その検討をふかめ、都城の市民文化の向上に貢献できる、あたらしい活用法、運営手法などを提案できればと考えています。

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「南九州の文化と建築を考える会」

平川 靖三

・・・・・・・

市に提出した要望書のPDFデ-タを収録しておきます

「都城市民会館再生活用要望書.PDF」をダウンロード    

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2007年8月26日 (日)

宮日「らぴあ」・田中さんのエッセイ

宮崎日日新聞の発行する月刊情報誌「らぴあ」9月号が、先ごろ配布されました。そのエッセイ蘭に、宮崎在住の田中薫さんが都城市民会館とまちづくり、都市景観のことなどについて書いています。

「都城市民会館のことが載っているよ」と、幾人かの知人からさっそく情報をいただくなどして、さすが宮日だなと感心していますが、その内容はとてもすばらしいものです。わずかな字数で、都城市民会館について、これだけ都市の魅力と景観、まちづくりについて論じた文章をわたしは知りません。

田中さん、恐るべし。です。まずは、ゆっくり、読んで下さい。のんきに世界陸上を見ている場合ではありません。

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PDFデ-タも収録しておきます

「『らぴあ』9月号の市民会館に関するエッセイ.PDF」をダウンロード

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都城市民会館の熱い夏

佐賀北高校の満塁ホ-ムランにはしびれました。球児たちの「世界で一番熱い夏は」は終わりました。

しかし、ここ都城でのわたしたちの熱い夏はまだまだ続いています。

都城市民会館の解体議案が出されるかもしれない9月市議会がもうすぐに迫っています。

長峯市長は、先の保存か解体かのアンケ-ト結果を受けて、解体を「苦渋の選択」として選びました。しかし、市長がアンケ-ト結果に縛られ、苦渋の選択をする必要はなく、堂々と保存あるいは先送りという方針に変更することは可能です。

なぜなら、先のアンケ-トは、会館の「役割が終わった」ことを宣言したうえでの「保存」あるいは「解体」の選択を求めたものであり、大多数の市民が解体を選択したことはとうぜんです。役割が終わったものを残す必要はないからです。市民は賢明です。むしろ、13%もの人が、それでも保存を選択したことに驚かされます。解体か保存かを市民のアンケ-トで決めるまえに、、会館の役割が終わったかどうかを問う必要があります。ただし、それを詳しい情報をもたない市民に直接問うことが適切とはおもえませんので、それなりの有識者・専門家を交えた第三者機関で検討する必要があり、それはまだなされていません。

市民会館の役割は終わっていません。まだじゅうぶん使えます。安易な解体は莫大な税金を使い、新たな建設ニ-ズを喚起します。市の財政と地球環境に貢献し、子どもたちに南九州にただ一つしかない貴重な近代建築遺産を残し、誇れる郷土づくりに役立てるため、市民会館の現時点での解体は市の将来に重大な禍根を残します。

長峯市長には、堂々と、まだ会館の役割が残っていることを表明し、保存を市民に訴えることを勧めます。使い方はいくらでもあります。

 1 中央公民館として、市民の多彩な文化・集会ニ-ズにこたえる。

 2 総合文化ホ-ルMJのアネックス(別館)として、イベントの集中しがちな土日の開催を補完し、公演・練習などに使用する。予算はMJの運営資金・2億7千万円でまかなえます。

 3 市民の交流スペ-ス、若者文化の創造拠点としてリ-ズナブルな料金で提供する。

 4 民間に貸しだし、自由に創造の場として使用してもらう。民間にしかできない手法と運営で、たとえば24時間営業の文化施設、ライブハウス、集会場、ビアホ-ル、フリ-マ-ケットなど、多目的に使用できます。

 5 用途を変更し、今後必要とされる博物館・美術館・資料館などの施設として改修して使用する。このことにより、新たに同様の施設をつくるより、はるかに金額を押えることができます。

 6 島津邸と徒歩可能な距離にあり、島津邸とならぶ文化遺産として、都城観光の拠点として活用する。いまでも、全国からたくさんの見学者を会館は惹きつけています。

など、まだまだいくらでも使い方はあるでしょう。また、有効な使いみちがみつかるまで、しばらく保留にしておくことも選択肢のひとつです。都城の寿屋がいい例です。数年たてば、いろんなことが起こります。企業や個人が買いたい、使いたいと言ってくるかもしれません。知名度は抜群です。

会館を残すためには、主権者であるわたしたちの声がいちばん効果があるとおもいます。会館の直接の責任者は市長でしょうが、わたしたちは,市民であり、県民及び国民でもありますので、長峯市長、東国原知事、安部総理に会館の保存をうったえることはとうぜんの権利であり、義務です。す。みなさんの声が重要です。市民の声は、最強の武器です。

以下に都城市役所と宮崎県庁の住所とメ-ル先を記しておきます。会館保存を求めるメッセ-ジを出しましょう。

都城市役所 〒885-8555 宮崎県都城市姫城町6街区21号  Tel:0986-23-2111 Fax:0986-25-7973
Eメールでのお問い合わせ:info@city.miyakonojo.miyazaki.jp

宮崎県庁 〒880-8501 宮崎県宮崎市橘通東二丁目10番1号

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2007年8月21日 (火)

都城市民会館の記事Vol2

2007年8月9日付けの読売新聞(宮崎版)に、市民会館がDOCOMOMOの2006年度新10選に選定されたことの記事が出ていました。

先日、図書館で確認してきましたので、ここに収録しておきます。

これで、ここ1ヶ月の宮崎県内における市民会館に関する新聞記事が10個となりました。朝日新聞以外の新聞が出揃ったことになります。

また、宮崎日日新聞の情報誌「らぴあ」の最新号にも市民会館の記事が出ています。こちらはまだ確認していませんが、手に入りましたら収録する予定です。

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「読売新聞8月9日の記事PDF」をダウンロード

今後、日本経済新聞、日刊建設通信新聞に市民会館の記事が出る予定があります。まだまだ暑い夏が続きそうです。

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2007年8月15日 (水)

毎日新聞・五十嵐太郎さんの記事

建築史の分野にとどまらず、さいきんは景観論や文化論など幅広く言論の場で活躍している五十嵐太郎さん(東北大学准教授)の「都城市民会館」に関する評論記事が8月13日の毎日新聞(夕刊)に載りました。

残念ながら、全国版の夕刊なので、夕刊のないこの宮崎県ではいつその記事が載るのかわかりませんが、全国に都城市民会館の価値と保存を訴える記事が載ったことの影響力は大きいものがあるはずです。

一刻も早く読みたくて、鎌倉の恩人に記事をFAXしてもらいました。

直裁でシンプルで力強い文章です。都城市のみならず、建築と都市の将来がかかっている重要な問題であることを訴えています。

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PDFデ-タを収録しておきます。

「毎日新聞・五十嵐さんの記事をダウンロード

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2007年8月12日 (日)

都城市民会館の新聞記事

ここ1ヶ月のあいだに、都城市民会館に関する新聞記事がたくさん出ています。そこで、それらを時系列に並べてみました。

2007.07.05 宮崎日日新聞「住民が『考える会』発足」

2007.07.05 毎日新聞「市民が管理運営存続活用を提案」

2007.07.25 毎日新聞「近代建築10選記念の展覧会」

2007.08.28 西日本新聞「近く解体・・・建築物10選に」

2007.07.29 宮崎日日新聞「段ボ-ル使い、近代建築紹介」

2007.08.02 南日本新聞「近代建築10選・市民会館にプレ-ト」

2007.08.03 宮崎日日新聞「都城市民会館重要性を訴え」

2007.08.05 宮崎日日新聞「市民会館保存フォ-ラム・国の補助金で残そう」

2007.08.06 宮崎日日新聞「旅のひとこと」

2007.08.09 読売新聞「困った・栄誉」(2007/08/21追記)

※今後の掲載予定

 2007.08.13 毎日新聞「建築史家・五十嵐太郎さんの評論」

 2007.08.18ごろ 新建築「住宅特集」誌9月号「建築史家・倉方俊輔さんの評論」

 2007.08 建築ジャ-ナル誌9月号「建築家・芝さんのコラム」

さすがに、宮崎日日新聞の報道が充実しているようです。毎日新聞もいい記事を書いてくれています。

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「都城市民会館に関する新聞記事9選.PDF」をダウンロード

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2007年8月 7日 (火)

DOCOMOMO選定 通知報告書

先日のこの蘭で、DOCOMOMOの2006年度・新10選に、都城市民会館が選定され、その選定プレ-トの授与式が都城市役所にておこなわれたことを告知しました。

その際、兼松DOCOMOMOJapan幹事長から、前田都城副市長に手渡された、DOCOMOMOからの選定通知報告書面を、ここに収録しておきます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

2007年7月27日
都城市市長 長峯 誠 殿

DOCOMOMO Japan代表 鈴木博之

「日本におけるモダン ムーブメントの建築125選」に貴都城市民会館 リストアップのご報告

拝啓 時下ますますご清祥の御事とお慶び申し上げます。
さて、D O C O M O M O J a p a n ( D O C OMOMO の日本支部) では、このたび「日本のモダン ムーブメント1 2 5 選」 をとりまとめました。これはD O C O M O M O( 「ドコモモ」と読みます)という国際組織(「近代運動にかかわる建物・環境形成の記録調査および保存のための組織)からの依頼によって1999年、各国のモダン ムーブメントを象徴する現存例20件をリストアップし、2000年のDOCOMll10総会で、そのリストとその解説のための刊行物を作成しました。2003年度にはさらに20選を100選に増やし、2005年度は15件、この度の選定建築物として10件の選定作業を行い125選と致しました。DOCOMOMOは、モダン・ムーブメントにも歴史的価値を見て、その継承を図るために1989年に設立され、ヨーロッパを中心に現在40以上の国が加盟しています。DOCOMOMO Japanは(社)日本建築学会の建築歴史意匠委員会と「連携J して近代建築の保存のための活動をしています.
「モダン ムーブメント」は、20世紀の建築上の主要な嗣流のひとつで、「18、19世紀に端を発する合理主義的・社会改革的な思想や技術単新をベースに、1920年代、30年代に西ヨーロッパで明確な形をとり、線や面の構成による美学にもとづいて、40年代から世界中でつくられはじめた建築Jを意味します。 日本では1920年代からその影響を受けたデザインが試みられています。
その「125選」のなかに、上記の貴建物を選ばせていただきました。選定理由は下記の基準に準拠しております。このことをご報告中し上げるとともに、当該建物(環境)の歴史的価値の維持にご配慮を賜りますようお願い申し上げます。なお、お気づきの点がございましたら、ご一報いただければ幸いです。          敬具

a  装飾を用いるのではなく、線や面の構成による美学が適用されている。
b 技術の成果がデザインに反映されている。
c  社会改革的思想が見られる。
d  環境形成(広場や建築群の構成)という観点でデザインされている。

 ※ 都城市民会館は、上記のb、cを適用

以上

「DOCOMOMO選 選定通知報告書.PDF」をダウンロード

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2007年8月 2日 (木)

DOCOMOMOフォ-ラム都城

7月28日うだるような暑さの選挙前の土曜日に、「DOCOMOMOフォ-ラム都城」が開催されました。

講師はDOCOMOMO Japan幹事長の兼松さんと福岡の田島さん。特別ゲストとして東京から参加してくださった、磯さん(建築ジャ-ナリスト)、五十嵐太郎さん(建築史家・東北大学准教授)、倉方さん(建築史家・東京理科大学講師)、美術作家の彦坂さんが参加してくれるという豪華なフォ-ラムです。これだけの人材がそろうのは、めったにないほどの講師・ゲスト陣。

他にも福岡から参加してくださった建築家の杉村さんと末廣さん、宮崎からも「竹の会」の建築家を中心に多数のひとが参加してくれました。ありがとうございました。

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DOCOMOMOの重鎮・兼松さんの近代建築と保存の専門家の立場からの基調講話のあと、福岡の建築家・田島さんが実作と保存の実体験を豊富に交えたレクチャ-がありました。次にゲストト-クにうつり、はじめに、「昭和モダン建築巡礼」の著者である磯さんが、さすがに、都城市民会館を見るためにこの本の元となった連載(日経ア-キテクチャ-誌の)がはじまったと言っているだけのことはある、映像を紹介しながらの、気合とユ-モアのこもったコメントを熱弁してくれました。

「神々たちの建築」やさいきんは「景観論」でもおなじみのマルチに活躍する五十嵐太郎さんは、自腹で往復9万円も使って仙台から来る価値のある建築であると褒めちぎり、さいきん「吉阪隆正とル・コルビュジェ」という著作をものしにた若手気鋭で新婚ほやほやの建築史家・倉方さんも、市民会館とその創設当時の暴力性に触れ、そのなんともいえない魅力を強調。さいごに、美術作家の彦坂さんが、ダ・ビンチとラファエロを引き合いに出して、「超一流」の仕事が評価されるには時間がかかること、市民会館は「超一流」の作品であること、を語ってくれました。

また、ゲストのなかで、磯さんを除く3人は、はじめての都城市民会館訪問でしたが、みな、実物は写真以上にいいというコメントでした。

しょうじき、地元の人間としては、期待以上の絶賛ぶりに感激するフォ-ラムでした。その後の議論も熱をおび、結局、予定を1時間も超過して、午後5時まで、充実した楽しい時間を過ごすことができました。

参加できなかった人たちのために、このフォ-ラムの録音テ-プを起こして、文章化するつもりです。できあがるのをお楽しみに。

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2007年8月 1日 (水)

DOCOMOMOキュ-ブ

7月24日~29日まで、都城市立美術館において「都城市民会館約払い・DOCOMOMO選記念展」が開催されました。選挙前のうだるような6日間にわたっての開催でした。数百人の入場者といくつかのマスコミに来場していただき、感謝しています。

さて、今回の展覧会のメイン作品は『DOCOMOMOキュ-ブ』です。これは、DOCOMOMOJapanがこれまで選定した125の建築物を(新10選含む)小さな段ボ-ル箱に写真入りで表現し、全長12メ-トルの巨大な日本地図の上に並べたものです。

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この作品を見ると、一目瞭然に選定建物が東京に集中していることがわかります。その次に密集しているのが関西圏です。逆に東北や九州のまばらなこと。このことは、経済と文化の集中度をそのまま示しています。

全国に無数にある近代建築物のうち、DOCOMOMOに選定されているのは、たったの125だけです。そして、都城市民会館は南九州にただ1個だけ存在しています。どれだけこの建物が貴重であり、この地域にとって重要なものか、理解してもらえたでしょうか。

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2007年7月31日 (火)

DOCOMOMOプレ-ト授与式

都城市民会館がDOCOMOMO JAPAN の選定する2006年度の新10選に選定されたことは、すでに記述しましたが、7月27日にDOCOMOMOJapanの幹事長の兼松氏と、福岡在住の建築家で同コアメンバ-である田島氏が都城市役所を訪問し、近代建築遺産の証であるDOCOMOMO選定プレ-ト(ステンレス製・約20センチ角)を手渡しました。

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都城市側で応対したのは、前田副市長と生活文化課の東課長と首藤さん。

DOCOMOMOJapanの兼松幹事長は、100選のカタログやDOCOMOMOのリ-フレット、会報などをともに手渡し、世界的組織であるDOCOMOMOの説明や近代建築の意義、都城市民会館の価値などを約20分にわたり、熱く語りました。

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2007年7月26日 (木)

都城市民会館・厄払い

「都城市民会館厄払い・DOCOMOMO選 記念展」開催中

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先日、開催を告知していました「都城市民会館厄払い・DOCOMOMO選 記念展」がいよいよオ-プンしました。

都城市民会館が、ことしのDOCOMOMO10選に選定されたことと、昭和41年生まれの市民会館の厄払いを兼ねての企画です。

昨年開催した40周年記念展の内容を踏襲していますが、今回の中心展示品は「DOCOMOMOキュ-ブ」という、過去の115選と今年度の10選の合計125の建築物を、20センチ各の箱にひとつづつ表示し、会場いっぱいの巨大な日本地図の上に並べた作品です。この作品の意図するところは、日本に無数にある近代建築物のうち、たった125しかDOCOMOMOに選定されていないという稀少性の表現と、そのほとんどが東京・大阪などの大都市圏に集中しており、経済と文化の偏在を象徴していることと、南九州や東北など遠隔部には数は少なく、地方にとってDOCOMOMO選の意味が、どれだけ重要かつ貴重なものであるかを一目瞭然にしたいというものです。

百聞は一見にしかず。ぜひご来場あれ。

その他、厄払い関連イベントとして、「DOCOMOMOフォ-ラム都城」を7月28日に都城総合福祉会館2階 会議室で開催します。入場料無料、どなたでも参加できます。

兼松さんと田島さんというDOCOMOMOの重鎮を講師に迎え、特別ゲストに五十嵐太郎さん(東北大学准教授・建築史家)、磯達雄さん(「昭和モダン建築巡礼」著者)、倉方俊輔さん(建築史家・明星大学講師)、彦坂尚嘉さん(現代美術家・「ア-トスタディ-ズ」ディレクタ-)が来てくれます。このような豪華なメンバ-がそろうとは夢にもおもっていなかったすばらしい人物がそろいました。ぜひフォ-ラムにも足を運んでください。

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2007年7月 4日 (水)

DOCOMOMOフォ-ラム都城

DOCOMOMO(近代建築の保存・記録に関する国際組織・ケイタイ電話とは無関係)Japanが選定する2006年度の新10選に都城市民会館が選定されました。

7月28日にDOCOMOMO幹事長の兼松さん(建築家・東京在住)が来訪し、ステンレス製の選定プレ-ト(約20センチ角)を都城市に授与します。

兼松氏の来訪に合わせて、「DOCOMOMOフォ-ラム都城」なるミニシンポジウム・ト-ク会を開催することになりました。関心のある方、ぜひご参加ください。

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基調講話をDOCOMOMO幹事長の兼松さんが、特別ゲストとして、田島さん(建築家・前JIA九州支部長)、磯達雄さん(建築ジャ-ナリスト・「昭和モダン建築巡礼」著者)、五十嵐太郎さん(東北大学准教授・気鋭の論客である建築史家)、倉方俊輔さん(新進気鋭の建築史家・東京理科大学、明星大学講師)などが参加してくれる予定です。

もちろん、入場料は無料。どなたでも参加できます。

「ポスタ-のPDFデ-タ」をダウンロード

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2007年6月23日 (土)

都城市民会館厄払い

1966年(昭和41年)生まれの都城市民会館は、ことし満41才となりました。人間でいうと大厄であり、厄払いをして厄を落とす必要があります。

そこで、DOCOMOMO選定の近代建築遺産に登録されたお祝いを兼ね、記念展覧会を開催します。

2007年7月24日~29日まで。都城市立美術館です。入場無料。

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ちょっと待てよ。市民会館は男なの?という疑問があるかとおもいますが、わたしにもよくわかりません。困っていたところ、ある人が、ヨ-ロッパには英語を除いて名詞には性別がある。「市民会館」は、フランス語 un centre civiqueやイタリア語Un centro civicoでは男性名詞であると助け舟を出してくれました。そういうことにしておいてください。

ポスタ-のpdfデ-タです。「厄払い展ポスタ-.PDF」

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2007年6月17日 (日)

市民快感

「市民会館7連発」を見たナカタさん(現在、沖縄を放浪中)から、「市民快感」という宿題をいただきましたので、それへの回答です。

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                               (c)2007 asobolizum

このポスタ-が意図することは、市民が政治に望んでいる究極的なコメントだとおもいます。老後のこと、子どものこと、政治の課題はこれにつきます。この命題に対して、わたしの友人である長峯君が、ここまではっきり言いきれば、政治への不信は無くなるはずです。

もうひとつ、市民会館を壊すことは、けしてわたしたちの生活に利するものではありません。第1、地球環境の破壊につながります。第2、都城市財政の破綻に貢献します。第3、都城市の将来に悪影響を与えます。

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2007年6月 9日 (土)

『mchの木・本気のブル-リボン』

先にこの夏開催予定の「都城市民会館厄払い展」に出品予定の作品を紹介しましたが、これも出品予定のものです。

市民会館の放射状の鉄骨梁の角度と長さを忠実に写し取ったもので、会館の40周年を祝う人たちの青いリボンで飾られるという作品です。リボンの花が満開になることを願っています。

『mchの木・本気のブル-リボン』

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2007年6月 5日 (火)

『市民会館7連発』

1966年(昭和41年)に誕生した市民会館は、ことしが厄年となります。たしかに、解体の危機にあるわけですので、大厄にまちがいありません。

そこで、DOCOMOMO選定のお祝いを兼ねて、「市民会館厄払い」展覧会を開催する予定です。

時期はまだ未定ですが、DOCOMOMO選定の正式な発表が夏ごろと予定されていますので、できればその時期に合わせたいとおもいます。会場は都城市立美術館か交流センタ-を予定しています。

「厄払い展」に出品予定の作品を紹介しておきます。

『市民会館7連発』

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引用の表示 「自民会館」自由民主党のホ-ムペ-ジより

 「遊民会館」東芝EMIによる公式サイトより

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2007年6月 3日 (日)

PAV(パブリック・ア-キテクトニック・バイオレンス たいせつな公共建築を、つい、稚拙に壊してしまう暴力)について。

Public  Architectonic  Violnce

PAV(パブリック・ア-キテクトニック・バイオレンス たいせつな公共建築を、つい、稚拙に壊してしまう暴力)について。

一国の力は、けして経済力や軍事力によって測られるものではなく、(経済力がバックにあるとはいえ)文化の力がそのおおきな要因となります。ロンドン、パリ、ニュ-ヨ-クなど、多大な文化的重力を保持しているすべての都市には、偉大なる文化が存在します。そこにはいろいろな時代の、魅力的な建築物が当然のように存在します。

かつて、焼け跡のバラックからスタ-トし、徐々に経済力を蓄えたこの国で、一時期、世界に衝撃を与えた建築文化の華が咲いた時期がありました。1960年代から70年代にかけてです。東京オリンピックや大阪万博というビッグな新しいイベントの開催に合わせ、若若しい才能がいっせいに開花した時期でした。こんにちの経済大国、文化国家としての自信をとりもどすきっかけになった建築物がこの時期に多数うまれ、いまやわが国の建築は、世界の文化を牽引するひとつの大きな力となっています。

ところが、残念なことに近年、それらの更新期にあたり、そのすぐれた建築物の多くが、新しいものができたからというだけの理由で解体されるという危機にひんしています。この現象がPAVとして、社会的な問題となっているものです。残念なことに、現在の日本ではこの問題を処理する法律はありません。その地域社会のモラルにゆだねられています。ただ、この国では、戦後しばらくのあいだ、一貫して発展・成長の掛け声とともに、「大きくて新しければいいことだ」とする安易な成長神話が通用してきましたので、近代のすぐれた建築物が無用の長物のように扱われている風潮があります。

また、おだやかな国民性を反映し、公共建築がだれのものかという根本的な議論もおきざりにされています。言うまでもなく、公共建築物は市民・住民のものであり、必要上、行政に管理運営を委託しているだけのことですが、ときに、公共の建築物は行政のものだと錯覚しがちなところがあります。

ようやく、「失われた10年」を体験し、わが国にもこれまでの発展と成長を冷静に検証する機運がもりあがってきました。建築後40年、50年を経過して歴史的文化遺産としての側面をもつ近代建築に光をあてよう・その功績を検証しよう、という人たちも少なくありません。また、この国がこんにちの建築文化大国となった背景に、京都・奈良に代表される歴史的な建築遺産が多数あったことは指摘するまでもありませんし、あたらしい文化の熟成には歴史が必要です。

わたしたち郷土の誇りとなりうる・歴史をともにしてきた近代建築物を、古いから・新しいものができたからというだけの理由で、簡単に壊してもいいのでしょうか。もっと考えた方がいいのじゃないか、これでいいのか、困ったことだ、とおもったら、ひとりで悩まずに、もよりの生活文化課に相談してください。市民の文化的活動を支援し、これからの社会にふさわしい、より人間らしい洗練された文化的な都市生活を模索・追求するための機関です。

※下の項目にふたつ以上あてはまる方はPAVに陥る危険性があります。チェックしてみてください。

 1 「畳と女房は新しい方がいいに決まっている」と公言できる。

 2 効率優先という言葉にときめく。

 3 お金儲けが生きがいだ。

 4 建築家は詐欺師のようなものだとおもっている。

 5 芸術は人生に無用である。

 6 古女房・古ダンナには、あまりお金をかけたくない。

 7 「文化で飯が食えるか」と本気で思う。

 8 市民活動やボランティアなどお金にならないことにはまったく無関心である。

PAV問題全国対策連絡協議会都城第三支部

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2007年5月17日 (木)

都城市民会館の近況

都城市民会館を守る会の中心的な役割を担っているAさんから以下のようなメ-ルが届きました。

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市役所の二見さん(企画部長)より電話が来て役所に出向いて話を聞いた。
市の考えはNPO法人のような受け皿があれば解体せずに指定管理者制度を利用して管理費的な補助金を出す用意はある。6月議会までに再生活用計画を示して、早い時期にNPOを立ち上げると提案して欲しい。
それがあれば、再検討する。といわれたそうです。
前「守る会」のメンバーや市内の有力者等とNPO立ち上げをしたらどうかということになりました。まだ観光協会、商工会議所、PTA連合会など幅広く呼びかけしてみようか?という話になりました。

ここに来て市側が強行解体に躊躇してるのではないかと思われます。
DOCOMOMO10選や、「守る会」がきっかけを作った今までの様々な運動が市側に効いて来たのかも知れません。

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たしかに、解体ありきの方策が、あまりにも愚作にすぎることを市も気がついてきたのかもしれません。市民の誇りであり象徴である貴重な建築文化財が失われ、莫大な解体費用をかけ、数年後の跡地には、「しがらみ」で選ばれた設計者による、やるせないゴ-ジャスな施設が多大な建設費と維持費をセットに新たにつくられることになります。

会館を解体することは、文化的にも財政的にもあまりにも大きな損失です。いまある使える施設をたいせつにし、補修して最後まで徹底的に使いきることしか、巨額の借金を抱える市の財政を立て直す方法はないことは自明の論理です。

まして、都城市民会館はDOCOMOMOが新10選に認定したほどの建築的価値の高い建物です。日本建築学会とJIA(日本建築家協会)も保存要望書を提出しています。いまだに、全国から市民会館の見学者が訪れています。たくさんの書籍や雑誌、メディアに取り上げられ、海外での評価も高く、イタリアの美術教科書にも載っています。これには税金はいっさい投入されていません。これだけでも都城のピ-ア-ル効果はいくらになるのでしょう。東知事が誕生してから、すでに160億円の宣伝効果があったとのことですが、都城市民会館の宣伝・経済効果も相当なものであるはずです。

昨年の市民意見交換会で、わたしが市側に「都城市民会館の経済効果はどういう数字が出ていますか」と質問したところ、質問にこたえた前田市民生活部長は「どういう方法で計算すればいいのかお示しください」という返事で、アゼンとするしかありませんでした。それをするのがあなたたちの仕事でしょう。

それはさておき、ようやく、市民開館の今後に一筋の光明が見えてきたのかもしれません。さいきんのDOCOMOMO選定の新聞記事を見た人から、「市民会館が残りそうだね」なんて声を掛けてもらうことが増えました。

上記のメ-ルの内容によりますと、NPOを立ち上げて会館を民間で運営しようということのようですが、すでに、市の所有する温泉健康施設である「ウエルネスグリーンヒル」がその方法で運営されています。民間に運営権をゆだね、市は年間2千万円ほどの固定的な管理費だけを負担するという方法です。仮に解体に3億円かかるとして、2千万円の維持費だと15年分に相当します。解体と同じ金額で15年間市民会館を維持できるわけです。

市内の中心市街地に取り残されていた旧寿屋デパ-トを、都城ケ-ブルテレビが買い、再生活用されることになりました。現在改装工事中であり、ことしの12月にはグランドオ-プンということです。10年ほど放置されたすえに望ましい解決策が導き出された例です。市民会館だってある程度の時間をかけて、もっと有効な解決策が見つかるかもしれません。市民会館はポテンシャルの高い建物です。かなりの可能性をもっています。いまいちばん必要なのは、簡単に壊さないことです。

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2007年5月 1日 (火)

都城市民会館の見学者がきょうも

先日、世界放浪中のナカタさんから、「市民会館に落ち葉が散れているので掃除でもしたら」とのコメントがあり、本日、会館に行って見たら、本格的なカメラを首にさげた40才前後の2人連れが会館を熱心に見学していました。

見たところ、建築の専門家のようでした。おそらく、建築家か大学などの研究職のひとたちだとおもいます。おもいきって声をかけてみたら、「神奈川から会館がなくなると聞いて見学に来た。市民会館見学がメインの旅行です」「さすがに気合が入ったカタチですね」とのこと。

口下手の上に、初対面のひとに根掘り葉掘り聞くわけにもいかず、それ以上の会話はなく、簡単に会館の概要と現況だけ説明して別れましたが、このように、全国から開館の解体を惜しむ建築ファンが見学に来ています。DOCOMOMOの選定建物に内定し、ますますこれからそういう人たちが増えるかもしれません。そのような人たちと触れ合うことで、地元にいるわたしたちも存続運動への元気をもらうことができます。

うかつなことに、名刺交換もせずに別れてしまいましたが、よい旅を続けてください。

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2007年4月26日 (木)

DOCOMOMO選内定の報告

DOCOMOMOという国際的なNGO(非政府組織)があります。ケイタイ電話とはまったく関係ありません。すぐれた近代建築の記録・顕彰・保存などの活動をする組織であり、パリに本部があるほか、世界に40以上の支部があり、そのひとつがDOCOMOMO japanです。もともとは日本建築学会内部のワ-キンググル-プとして位置付けられていましたが、2000年9月のブラジリアでのDOCOMOMO総会で正式に日本支部として承認され、2004年からは一般からも会員を募集するかたちで、ひろく活動への参加を呼びかけているようです。

2006年の5月にそのjapanの重鎮である建築家の夏目さんが都城市民会館に視察に訪れました。また、同7月には「都城市民会館を守る会」とJIA(日本建築家協会)九州支部との共催で「都城市民会館シンポジウム」が都城で開催され、そのときは、基調講演にjapanの鈴木代表(東京大学大学院教授)が講師をつとめました。このように、DOCOMOMOは都城市民会館に高い関心と評価を寄せていましたが、このたび、4月14日に開催されたDOCOMOMO japanの総会において、都城市民会館が新10選として選定されることになりました。このリストはこれからデ-タが整備され、DOCOMOMOの世界本部にも登録されることになります。

これまで、DOCOMOMO japanは日本の近代建築の100選を選定しています。さらに、2006年に15選を追加し(世界本部の要請でこのときは体育施設を重視)、さらに先の4月の総会にて2006年度の選定として新たに10選を選定したものです。ただし、正式な発表は日本建築学会の歴史意匠委員会の合意を経て、学会とDOCOMOMOjapanとの合同でなされるため、正式な決定・発表というわけではなく、まだ内定の段階ですが、ことしの夏ごろには正式な発表となりそうです。

これで、九州・沖縄地方では9件目の選定となりました。そのうち、大分と熊本県に一件づつ選定建物がありましたが、鹿児島・宮崎の南九州地域においては初の選定建物となります。

そこで、本日(4/26日)市役所を訪れ、長峯市長と関係各課(経営戦略課と生活文化課)を訪れ、DOCOMOMO選定の報告と、あらためて存続・活用を要望する文書を提出してきました。同行してくれたのはSさんという女性で、このひとは都城市を代表する市民会館ファンであり、神奈川県の東海大学で行われたDOCOMOMOjapanの総会にも足を運び、会館の状況を報告してきました。「守る会」の活動をとおしてわたしもSさんのことを知ったのですが、市民会館にかける情熱・保存に対する「思い」は、タジタジとするほどすごいものがあります。こういう人があと数人いたら会館は絶対に残るだろうとおもいます。

おそらく、建築学会との合意を経て、正式な発表・決定のあかつきには、市民会館に選定のプレ-トを取りつけることになるのでしょうが、市がそれを許可してくれるのでしょうか、あるいは会館がそのときに存在しているのでしょうか。わたしの個人的な最近の観測では、市民会館の解体を含めて、現在の市長の文化的な思想や政策、政治的なスタンスに対して批判的な意見を持つ人が増えつつあるように感じていますが、どうなることでしょうか。

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2007年4月18日 (水)

市民会館が「めざまし」に登場

「昨日(4/17)のテレビで市民会館が出てましたよ」訪問先で知人から、いきなり聞かされてびっくりしました。

内容をよく聞いてみると、フジテレビの朝の番組「めざましテレビ」で壊されかかっている近代建築の傑作を紹介する特集だったようで、そのなかで都城市民会館もバ-ンと映ったというものです。

惜しむらくは朝の6時ごろの放送ということで、朝の遅いわたしはもちろんのこと、見ている人がすくなかったことです。さっそく、そのことを市民会館フリ-クの同志に電話で聞いてみたところ、「わたしもその噂を聞いて、いろんな人にどんな番組だったのか聞きまわってたところだった」とのことでした。

「めざましテレビ」は我が家でも朝の定番になっているのですが、さすがに子どもたちも6時は起きていなかったようですし、残念ながら見た人はとても少なかったようです。都城市民会館が全国ネット取り上げられたことはもちろんですが、内容もバラエティや芸能ネタの多い民放にあって、特筆すべき快挙だとおもいます。個人的には、もっと、そういう社会性のある文化的な情報を取り上げてくれることを希望します。

とりあえず、フジテレビに放送への謝辞と再放送を依頼する手紙を出しました。できれば朝7時台に放映することも付け加えて。

みなさんも下記のフジテレビの連絡先、あるいはHPに再放映を希望するコメントを出しましょう。もういちど見たい市民会館。

〒137-8088 東京都港区台場二丁目4番8号
03-5500-8888(大代表)

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2007年3月31日 (土)

南九州の文化と建築を考える会の申し入れ書

2007326

都城市長 長峯誠様

南九州の文化と建築を考える会

申し入れ書

 本会は、南九州の文化と建築について考察し、特色と魅力あるまちづくりと都市景観の創出・洗練された市民生活の実現を標榜し、提案・実践していくことを目的とする、南九州の建築家や文化人、文化やまちづくりに関心ある市民などの個人で構成される非営利組織です。

 昨年来、都城市民会館の存続をめぐり、市民の間で保存運動が起こるなど議論が活発化しております。都城市の将来のために、会館を今後どうすべきか、本会としても会館の存続と市の将来に与える影響に強い関心と危惧の念を抱いております。

 このたび、長峯市長は市民会館を解体する方針を発表されました。当市の財政状況、市民会館の役割、昨年12月の市民アンケ-トの結果などを、その理由にあげられています。

わたしたち「南九州の文化と建築を考える会」は、市長の方針とは見解が異なりますし、別紙説明書にて詳述するとおり、市長の発表した解体の理由には納得できない点があります。

また、市長もご承知のように、すでに日本建築学会、JIA(日本建築家協会)、DOCOMOMO japanという日本を代表する建築専門機関から市民会館の高い建築的価値を認め、保存を求める要望書が出されており、このことの重要性を、もっと認識していただきたいと考えます。

都城市民会館は南九州地方で唯一といっていい世界に通用する近代建築物であり、都城市民のみならず、宮崎県民にとっても、会館が奇跡的にこの地にあることは誇りであり、金額に換算できない精神的な恩恵は計り知れません。また、これといった文化財や観光資源に乏しい当地にあって、市民会館の存在は島津氏発祥の地とともに絶好のアピ-ルポイントであり、市の重要かつ重大な文化・観光資源でもあります。

そこで、当会としては、市民会館をこれからも市民の文化交流の拠点として活用し、存続させる方法を市および市民とともに模索していく所存です。会館を運営するNPOを立ち上げ、民間による自立した運営を、当市にあるいくつかの優良な企業の協力を募りながら検討していきます。また、全国にひろく呼びかけ、会館の活用プランを公募していくことなども視野に入れています。

つきましては、平成19年度中に解体するという性急な方針を改め、都城市の将来に禍根を残さない・市民の納得できる有効な保存活用方法をあらためて検討するため、解体設計の実施を中止し、解体に当分の猶予を与えられることを強く要求し、ここに申し入れるものです。

申し入れ者代表 中岡盛久:建築家

賛同者 板越政幸(建築家)、大薗貴洋(建築家)、大薗保博(建築家)、

緒方良信(彫刻家)、黒岩常正(建築家)、中馬秀一郎(建築家)、

ヒラカワヤスミ(建築家)、又木啓子(芸術家)、源敏彦(彫刻家)、他

(別紙)

申入れの理由(長峯市長が発表した解体方針に付された理由への反対意見)

     市民会館の役割 

市民会館の舞台芸術表現の拠点としての役割は、新しい総合文化ホ-ルに移すこ

とができたのかもしれません。しかし、文化の拠点としての役割は終了していま

せん。ご承知のように、市民会館は音楽や演劇以外の集会・講演・映画会・式典

など市民の多様な文化的要求を満たすことを目的とした多目的ホ-ルです。講演

や集会の場合とコンサ-トの場合では、その要求される音響性能は相反するもの

があり、音楽や演劇の会場としては、とうぜん劣ることになります。それに対す

る不満が新ホ-ル建設の理由でもありました。

しかし、各団体の主催する講演や集会、高度な専門性を要求されない発表会など、市民の気軽で多彩な文化的ニ-ズは、あらたに17万人都市となった新都城市において、これからますます高まることは必然です。新ホ-ルには専門性をもつ大中ふたつのホ-ルがありますが、これらのすべてをここへ集約することは、非効率であり、文化行政的にも市民の利益を失うものです。多目的かつリ-ズナブルな集会施設としては、中央公民館がありますが、そのキャパシティ・設備は都城市の規模には貧弱であるといえます。

市民会館の役割はまだ終了していません。市民会館を中規模かつ効率的なホ-ルをもつ市民センタ-として位置付け、これからますます重要度が増すであろう市民の多様な文化的ニ-ズにこたえる拠点とする必要があると考えます。

     市民の意見及び意向 

昨年末の市民アンケ-トの結果、解体が83%という発表となりましたが、都城市

はすでに「解体を結論とする報告書」を発表しており、市はまったく「会館の今

後の方策」について公平・中立であったとはいえません。市は当地における最大

の経済規模を有する機関であり、市民の多くは市の巨大な経済と発注する事業に

少なからず依存し、その影響下にあります。昨年末のアンケ-トは、解体の方向

性を表明した後に、市が主催・実施したわけですが、このやり方で市民の正直な

意見を反映しているものといえるでしょうか。

また、昨年末に市内15会場で開催された「意見交換会」は、参加者も少なく

とても市民の関心を集め、意見を幅広く汲み上げたとは言いがたいものでした。

さらに、その参加者の多くは、市の呼びかけにより動員された各自治公民館の館

長や役員であり、この人たちは日ごろから市と協力・友好的な関係にあるといえ

ます。ここには、昨年国政の場で大きな問題となった「タウンミ-ティング」の

やらせの構図につながるものが見て取れます。

 むしろ、平成15年の「ふれあいアンケ-ト」の結果である、解体47.6%、改修を  含む保存52.4%が、民意を適切に表現していると考えます。この時点で市は会館の解体の方向性を打ち出していません。まったくの中立な立場だったといえます。

     市の財政状況 

財政状況は厳しく、危険ゾ-ンであるとのことであり、だから会館を解体すると

いう理由にあげられていますが、これにはまったく逆の見解をもっています。財

政が危機的であるからこそ、安易にまだつかえる施設を壊さず、必要最低限の改

修をして使いつづける必要があるはずです。築40年というのは、たしかに建物の

老朽化が目に付きやすい年数ではありますが、けして専門的な知見では、物理的

な耐用年数を意味するものではありません。適切なメンテナンスをほどこせば、

まだまだ建築物としての使命をじゅうぶん果たすことは可能です。会館の現況を

みたとき、会館のマイナス要因として喧伝されている雨漏りも、おもに適切なメ

ンテナンスがなされていないことに起因しているようであり、公共財である市の

建物を不当に劣化させているものとして、市の管理責任が指摘されてもしかたが

ないと考えます。適切なメンテンスを施し、建物を寿命を延ばし、市の財政支出

を抑えることは、財政状況を云々する以前の問題です。

つまり、市民会館の解体は、市の財政状況には結果的にマイナスにはたらき

ます。莫大な費用を費やして、まだ使える建物を壊すことこそが最大のムダ遣いです。じゅうぶんな検討もなく、安易に過分な施設をつくり、壊す。この繰り返しが今日の自治体の危機的な財政状況の主要な要因だと考えます。市の財政を真摯に考えるのであれば、けして解体という結論は導かれないものと考えます。

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2007年3月15日 (木)

鈴木教授のコメント

東京大学の教授でDOCOMOMO japanの代表である鈴木博之氏が、建築専門誌の「日経ア-キテクチャ-」のサイトkenplatzにて都城市民会館のアンケ-ト結果のことと、建築保存についてコメントを寄せていますので紹介しておきます。以下は同サイトより抜書きしたものです。

・・・・・・・・・・・・・

保存問題を社会に問うには、建築のプロが逃げずに参加していかなければならない。他人の問題に口を挟むと、自分が同じ立場になった際に困るから黙っていようという風潮が強い状況では、保存問題の議論はなかなか進まないだろう。

 設計を依頼されて、「新たな建物を建てない方がいい」と言い切れる建築家がどのくらいいるだろうか。まだ、新たに自分が設計した建物をつくった方が、その場所がよくなると感じる建築家の方が多いだろう。それでも、時代は変わりつつある。コンバージョンやリファインなどを具体的な手法として考える時代になってきた。こうした保存に配慮した取り組みは創造的な行為だ。

――保存問題に対する市民の関心という観点では、宮崎県都城市が菊竹清訓氏の設計した都城市民会館の存廃を市民にアンケート調査したところ、解体を望む回答者が圧倒的に多いという結果が出た。こうした市民アンケートなどの取り組みをどのように考えているか。

 正直言って、アンケートで決めるのはいかがなものかと感じている。まちの質や建物の保存に対する議論は、単純に数量だけで考える性質のものではない。建物に対して強い思いを持つ人がいれば、耳を傾ける姿勢も大切だ。数字は絶対ではない。老朽化した建物について単純に存廃を問えば、古い施設や建物に対する評価が低くなるのは想像に難くない。建物の本当の魅力を伝える取り組みが、建築の実務者に求められているのだと思う。

 それでもここ数年、学校の校舎の保存に卒業生などがかかわる動きが広がってきた。思い出が建築に一番多く詰め込まれるものだという認識が徐々に広がってきているのだと思う。記憶に残っていた世界があっと言う間に消え去った浦島太郎の結末を、ハッピーエンドだと考える人は少ないだろう。1年単位で大きく変化する都市の実情を問い直す時期が訪れている。

・・・・・・・・

以上がサイトからのコメントの一部です。冒頭の「建築のプロが逃げずに参加していかなければならない」という部分には元気と負担の両方をもらいました。そうです。わたしたちがやらずに誰がやるのですか。都城地域の設計事務所を代表すると目されている、建築士事務所協会の建築士や建築士会都城支部の重鎮がたの多くは、まったくこの問題に興味を示さないか、沈黙を決めこんでいるように見えます。ふだん、仕事をもらっている・あるいは建築の許認可の権限をもつ市に遠慮があるのでしょうか。選挙となると現職市長の応援団として存在を誇示するのもこの人たちの一部であると(大部かも)仄聞します。こんな情勢下で都城市民会館の存廃を決めさせてなるものか。

アンケ-ト結果は83%が解体を望むという結果が公表されていますが、会館を壊したがっている市が行ったアンケ-トであり、その中立性・信頼性には疑問が残ります。3年前のアンケ-トの52%が保存(改修含む)という結果(この時点では市は解体の方向性を出していない)はなんだったのでしょうか、この結果は尊重されないのでしょうか。なぜ、あらたなアンケ-トが必要だったのでしょう。もちろん、壊すためです。

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2007年3月14日 (水)

長峯市長の回答

先に記したとおり、「都城市民会館を守る会」が市長あてに公開質問状を提出しましたが、2月28日付でその回答が得られました。回答書をpdfデ-タで収録しますので、下記をクリックしてご覧ください。

「市長からの回答書.PDF」をダウンロード

回答書をみると、なにがなんでも壊す。という意思がにじんでいるようにおもいます。民間への貸与などは考えられないという態度です。

会館を壊して数年後、この地にあたらしい公共複合施設建設の噂も聞きます。建設費はおそらく数十億となるでしょう。維持費も現在の会館の数倍はかかるはずです。

都城市も財政状況はけしてよくないという話です。むしろ、財政の厳しさが市民会館の解体の論拠でした。しかし、じっさいは、解体が新たな公共建築の呼び水となり、莫大な資金を投入してあらたな施設がつくられようとしています。たった40年しか経過していないまだじゅうぶん使える建物を壊して。そして、談合と癒着の構図のなかで、建築文化的にはどこにでもあるようなつまらない施設が設計され、つくられることでしょう。

いまある使える施設を、改修しながらたいせつに使いつづける。これが正しい貧乏人のすることです。身の丈に合わない過分な施設をつくりつづけて、10年後、20年後の将来はどうなるのでしょう。市民会館を壊すことは、市の財政の健全化には貢献しません。むしろ逆です。貴重な文化遺産を壊して、あらたに莫大な借金をうむ呼び水にしていいのでしょうか。

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2007年2月18日 (日)

都城市民会館の存廃に関する公開質問状

 先日、都城市民会館に関する市民アンケ-トの結果が発表されました。それによると、解体が83%、保存が13%、回答率45%という数字になっています。

 アンケ-トは設問のし方や添付資料の内容で、結果は誘導され得ます。都城市は会館の解体を望んでおり、はじめに解体ありきです。そんな市がアンケ-トを取るのですから、公平・中立なものにはならないと考えていましたが、さすがに、この数字は唖然とするものでした。市が解体を希望してからこれまで、約2年間のあいだの「維持費がかかる、雨が洩るけど金がない作戦」は成功したようです。

 2003年に市はふれあいアンケ-トで市民会館の今後について、やはり、アンケ-トを取ったことがあります。そのときは保存が52%という結果でした。この時点では、市は会館の解体を意図していません。純粋に中立な立場でした。

 市はアンケ-トはあくまで参考に過ぎず、これで判断を決定するものではないという立場を取っていますが、 これは逃げ口上にすぎません。もし、保存が過半数を占めたときの為に予防線を張っているわけです。

 「都城市民会館存続問題懇話会」という会合が、2005年に数ヶ月かけて開催されましたが、そのときの懇話会の結論というか着地点的な総意は「用途を変更して保存」でした。しかし、市がまとめた「報告書」は速やかな解体でした。このことについて、市(生活文化課)は、「懇話会は結論を出すためものではなく、あくまでも参考意見にすぎない」という立場をとっています。

 ようするに、参考として、ということにしておけば、あとはなんとでも、好きなように・つごうのいいように解釈できるのです。これは、どこにでもある、一般的な常套手段でありますので、批判するには値しませんが、バカヤロウ!と一言くらい悪態をつくことは許されるでしょう。

 今回のアンケ-トは解体とでました。3年前の民意は保存がわずかに優勢でした。その時点の民意を尊重せずに、なぜ、今回わざわざ改めてアンケ-トをとる必要があったのか、明快な説明はありませんが、ようするに壊したくてたまらないのです。はやく壊して更地にし、数年後にビッグなプロジェクトを立ち上げるためのステップにしたいのです。建設・解体業者などはこれを大歓迎します。プロジェクトを成功に導いたお役人さんは出世間違いナシです。利益誘導に敏感な議員が反対するわけがありません。日本では、首長の有力な後援者は、昔から建設業と相場が決まっています。有能な市長は、国政なり知事なり、まだまだ上をめざさなければなりません。選挙は水もの、金はいくらあってもいい。そんなこんなで、日本中が夕張シンドロ-ムなのですから~♪斬り。残念。

 と、ギタ-を抱いて唸っていたら、「都城市民会館を守る会」という組織が、このアンケ-トと市民会館の今後について「公開質問状」を出したというニュ-スです。

 アンケ-ト結果をみて自暴自棄になったわたしは、「優秀な市長にすり寄ってゴマをすり、長いものには巻かれていいじゃん、そのかわり、自分の利益はしっかり確保して、持ちつ持たれつ、「しがらみ」どっぷり、関係者だけの利益を守る会」を立ち上げようとしていましたが、世の中には、地域の将来を真摯に考え、金にビンタを張られない、正義の追求を標榜する人たちがまだいたようです。しかし、これは最後の悪あがきでしょう。どうあがいてもムダです。市が壊そうと決めたものを、いくら国宝級の文化財とはいえ、一般市民に覆せますか。世の中、そんなに甘くはありません。いいかげんにあきらめなさい。そんな多数の声にめげずに、あきらめずに夢を追いかけた人たちだけが人類の歴史をつくってきました。

 先述の「優秀な市長に・・・利益を守る会」を、来月あたり立ち上げようとおもっていますが、会費は年間500万円です。表向きは先着100人限定ですが、内緒でたくさん受け付けます。利益の半分はわたしの懐に、その半分は政敵をやっつけるために、その残りは都城島津邸を買い取るために使います。したがって、配当はありません。かろうじて元本は保証される予定ですので、ふるって応募してください。これで敬愛する優秀な市長と、島津発祥の地である都城市の、貴重な歴史資産である都城島津邸の温存に役立ちます。

※「都城市民会館を守る会」が市に提出した公開質問状です。

                                                                                       平成19年2月16日

都城市長 長峯 誠 殿

        都城市民会館の存廃に関する公開質問状

                                                                               都城市民会館を守る会

  昨年より行われた都城市民会館の存廃に関する意見交換会、また、4, 000人を日標の市民アンケートの実施等、都城市として広く市民に意見を求める機会を持たれたことに感謝申し上げます。

 アンケートの結果は「8割が解体」と大きく報道され、「守る会」にとつては、残念な結果ではありました。しかし、それぞれの企画やその内容には、多くの内容不備や説明不足があつたものと認識しております。

 そこで、「都城市民会館を守る会」として、以下の事項について「公開質問状」という形で回答を求めたいと思いますので、ご回答よろしくお願い致します。

<質問事項1> 市民アンケートの回答が二者択一であった理由はなぜか

 以前実施されたアンケートには「改修」という選択肢もあった。また、選択肢の説明には意見交換会で出された様々な意見等が反映されていない。さらに、維持管理費の記載はあったが、解体費用については何の記載もなく、解体後の跡地利用についても触れられていない。

  ※アンケートを発送した日付で見ると、意見交換会の総括前に内容が作られていたものと推測される内容であるこうした、内容不備・説明不足である二者択一のアンケート結果をそのまま都城市民の「民意」とするには無理があるのではないか。

<質問事項2> 建築学会等の建築専門家団体等からの「存続要望書」に対してどう    答えるか

 すでにご存じのことと思うが、メタボリズム建築の中でも特に価値観の高い建築物として、現在もなお見学者があり、各種専門誌にも紹介される都城市民会館である。こうした歴史的・学問的価値の高い建築に対する専門家等の保存要望に対して、部城市としてどのような説明をされるのか。

<質問事項3> 都城市民会館の再生案は検討されるのか

 「中間報告書」に記載されているように、前回のアンケートにもあり、この朝の「守る会」の活動の中で提案した様々な「再生案」はご存じのことと思われるが、それぞれについて現在まで都城市として検討された形跡がない.今後も市民からの「再生案」については一切取り上げないのか、或いは「再生案の公募」等を検討されるのか。

<質問事項4> 都城市民会館に関する今後のスケジュールはどうなっているか

 現在閉館中であるが、今後の取り扱いはどのようになるのか.存続に向けて、「再生案」や民間等への売却・委譲などの検討があるのか。また、解体に向けて一気に進めるのか、当分そのままにしておくのか。今後のスケジュールの公開をお願いしたい。

 以上4点について、ご回答をお願いするものです。なお、回答につきよしては、広報・マスコミ等に掲載下さることをお願い致します。また、この「公開質問状」については、マスコミ関係者にも同様のものを配布しましたことを申し添えます。

   都城市民会館を守る会 代表 三田 八正

この質問状のPDFデ-タを収録します。

「守る会からの公開質問状.PDF」をダウンロード

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2007年2月10日 (土)

高嶺さん(美術家)が南日本新聞に書いた市民会館に間する記事

先月、美術家・高嶺格氏が、南日本新聞に都城市民会館に関するエッセイを書いています。読んでみると、すばらしい文章でした。会館と建築の価値、現在の社会をこれほど分析し、わかりやすく訴える文章はありません。ぜひご一読ください。

粗末な観察眼

 都城市民会館の存続が議論されている。存続の方法を検討するチ-ムをつくろうという市民の請願が昨年末、都城市議会で不採択になった。この建物を再利用するための可能性、その具体的方法は、検討する以前に芽を摘み取られてしまった。解体に向けた一歩を踏み出した気がしてならない。

 保存の動きは、新しい総合文化ホ-ルが建設され、それに伴い老朽化した市民会館を解体するという、市の意向が発表された直後に起こった。有志の市民により発足した保存会の動きは特筆に価する。だが、彼らの熱心な活動にもかかわらず、一般の市民にとって、この珍奇で使いにくい形をした建物の将来は、大した関心事ではなかったようだ。都城市内15ヶ所で行われた意見交換会には、意外なほど出席者が集まらなかった。

 たしかにこの建物がなくなったとしても、途端に生活に支障を来すわけではない。その点で、保存運動は永遠に解体派を論破することができない。解体派の論理は短期的な経済論理で、これは現代の日本で最も説得力を持つものだからだ。新しい文化財は「今の」経済論理に打ち負かされ、その価値を議論されることなくどんどんつぶされていく。そして人々の感性は、「この会館は有名建築家の設計なので大事な建物らしい」というレベルにまで落ちていく。文化的価値はおろか、個人的愛着すら自分で判断できず、多数派の意見に従う感性しか持てなくなる。

 解体派は新ホ-ルなどを指し、「同じような施設はいくつもいらない」と言うが、使いやすく明快に造られた平々凡々なホ-ルと、高度に抽象的な市民会館の、どこが「同じ」だというのか。一見して異なる両社の社会機能の差異が見えないとしたら、あまりに粗末な観察眼ではないか。

 開館して40年。都城市民会館にまつわる議論は、日本で起こっている現実を象徴的に示す事例である。(南日本新聞2007.01.10「南点」)

無知による排除

 存続が議論されている都城市民会館。この建物を「優れた建築物だ」とも、「芸術品だから残せ」とも、言うつもりはない。ただ、市民会館に遭遇したとき、人は「考える」のだ。これはなんなのか、なんでこんな変な形をしているのか、どうして立っていられるのか、と。

 人間の知性は「なぜ?」を問うことに始まる。時の為政者が(もし)人々に知性を求めるならば、できるだけ多く「なぜ?」と出会う契機を与えることだ。街の中に、なるべく質の高い抽象物を置くことだ。そして建築は、身体をもとに設計されている分、駅前のオブジェなんかよりもはるかに、思考を促す作用があるのだ。

 解体論者は「これは市民のためのホ-ルだから、難解は困る」と言うだろう。「わからない」ことを恥じることも、自分のレベルを疑うこともせず。しかし彼らは忘れているのだ。幼少のころ、最初にこの建物を見たときの、日常から頑と離れた感覚、その感覚がもたらす劇的な教育効果を。

 子供たちがこの建物を透かして見るのは、自分たちの世代が乗り越えなければいけない、先達の「知」の存在だ。遠くに見える人智への畏怖。その感覚なくして、情操教育などあろうはずもない。そして、新しく建てられた機能的な総合文化ホ-ルは、市民会館の持つこの知的機能を、残念ながら持っていない。

 開館してたった40年。世界から熱い視線を浴びた傑作がまたひとつ、日本から九州から、都城から消えるかもしれない。「わからない」「わかりにくい」ものを排除した結果現れるのは、つまらない物があふれる、つまらない者だらけの町である。このスパイラルを生むのは、言うまでもなく「無知による排除の思考」だ。

 世界と競っていくこれからの世代が、本気でいい仕事をしようと思う、そんな自治体にしか未来はあるまい。(南日本新聞2007.01.24「南点」)

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2007年2月 6日 (火)

親愛なる 長峯 市長様

親愛なる 長峯市長 様

昨年末より、激務の間をぬって面会に快く応じてくださり感謝しております。都城市民会館の件で、最終判断の前にいまいちど存続活用の進言をしたいとおもい、手紙を送付することにしました。

 まず、今回の市民会館の存続をめぐって、保存を求める市民運動が起こったことを、わたしはたいへん評価しています。自由で民主的な社会を標榜するうえで、これほど健全な市民活動はないとおもいます。南九州は保守的なところと言われていますが、都城もなかなか捨てたものではないなと感じています。

さて、ご承知のとおり、都城市民会館は日本を代表する建築家・菊竹清訓氏(福岡県出身・早稲田大学卒)が設計し、日本のモダニズム建築を代表する建物として、内外からたいへん高い評価を受けています。まだ築40年ですので、現行の文化財制度(築50年以上)の対象にはなりませんが、今後、重要文化財、国宝、さらにはユネスコの世界遺産も視野に入れることのできる南九州の至宝とも言うべき貴重な近代建築です。その鉄兜のようなユニ-クな勇姿で40年間、都城の文化の拠点、シンボルとして存在してきました。

建設以来、たくさんの建築メデイアに取り上げられ、全国から学生はじめたくさんの見学者をいまだに保持している建築物はそう多くはありません。1997年にパリで開催された、世界のすぐれた近代建築をあつめた「エンジニアのア-ト」展では、日本代表のひとつとして展示されました。また、イタリアの美術教科書にも、独創的な建造物として掲載されています。見学者の落とす経費・ピ-ア-ル費などを計算すると、これだけでも、そうとうな経済効果があるはずです。あと5000万円使ってもいいから、中国の教科書にも載るよう運動したらどうだと提言したいくらいです。

建築家の内藤廣氏(東京大学教授・JR日向駅舎の設計者)は、都城市民会館のことを、「この建物に初めて遭遇した人は、誰でもしばし言葉を失う。そして次の瞬間、どうしたらこんな建物を思いつき、実現させる意思を持ちうるのか、と思うに違いない」と記述しています。(INAX REPORT 134号より)この言葉に、会館の価値がもっとも端的に表現されているとおもいます。人類の偉大なる創造力・意思の力をこれほど如実に示す建築物は他にありません。

すでに、日本建築学会、JIA(日本建築家協会)、DOCOMOMO japan(ドコモモ:近代建築の保存と記録に関する世界組織、ジャパンはその日本支部)から会館の保存要望書が提出されるなど、全国の建築・文化の専門家がこの会館の行く末を案じていますし、市民の文化レベルが問われていると言っていいのかもしれません。

長峯さんが文化的に恵まれた環境で育ち、教養と見識をそなえた文化人であることは承知していますが、「住民レベル以上の政治家は存在しない」という言葉もあるように、効率化の風潮や周囲の声に惑わされ、間違った判断をくだす可能性もあります。信じたくはないことですが、スクラップアンドビルドを繰り返すことにより、政治家に公共資金が還流される悪しき風習を、仄聞することもあります。一部の者の利益のために市民共有の財産であるはずの公共建築が食い物にされることは許されません。

日本全国、どこの自治体も財政は火の車であり、わが都城・宮崎県もその例外ではないようです。年間5000万円といわれる現市民会館の維持費が重い負担であることは承知しています。しかし、市は新しい文化ホ-ルへ今年度から年間27千万円という巨費を投入すると聞いています。その予算の範囲で現会館をANEX(別館)として一体的に運営することもできるはずです。また、高い専門性をもつ新ホ-ルが誕生したことで、NPOなどの活用により現会館の維持費は半分程度に抑えることも可能でしょうし、それらを検討するべきです。また、新文化ホ-ルの運用・運営の評価の定まっていないこの時期に、会館の今後について拙速な判断を下すことは、将来を考えたとき文化行政上危険なことでもあります。

財政難だけを理由に、建築的・文化的価値の高い市民会館を真摯な検討のないまま安易に壊し、将来の公共建築の用地にあてようという市の姿勢は、一見もっともなようですが、実は説得力はありません。むしろ、緊迫した財政であればこそ、既存の施設を改修・用途変更し使いつづけていくリファイン建築の手法が有効であることを、いくつかの自治体がすでに実践し証明しています。また、地球規模のエコロジ-を考慮し、限りある資源を有効に利活用し、持続可能な社会システムを構築しようという近年のサスティナブル思潮にも反します。

人間はたくさんのプライドをもって生きています。むしろ、これがないと自律した人間として成立しないものです。すばらしい文化財である都城市民会館が奇跡のようにこの地にあることによって、わたしたち17万人市民は、小さなものですが、誇りのひとつを手にすることができます。一方で、市のシンボルとなっている建造物を失ったとき、まちづくりにあたえるマイナスの影響や市民の言い表せない喪失感も考慮する必要があります。

「文化で飯が食えるか」と言う人がいます。文化を金持ちの道楽のように考えている人もいます。しかし、それは間違いです。わたしたちは、すでに「文化がないと飯が食えない」社会に生きています。安い大量生産品の供給基地はすでに海外にあり、日本は高い付加価値を生み出すことでしか生きていけません。農業においてもしかりです。楽しいもの・美しいもの・快適なもの、それら付加価値の総称が文化です。若者が都会に出て行くのは経済的な理由だけではなく、都会のもつ文化的な魅力が大きいことも言うまでもありません。

文化は、利益を追求する民間のする仕事ではありません。行政にしかできないものであり、文化の支援は行政のなすべき重要な施策のひとつです。文化は人材を育て、その地域の将来に大きな影響をもたらします。若くて有能な市長が誕生した背景に、黒々とした市民会館の異様が影響を与えていないと言いきれるでしょうか。文化の効果は、目に見えにくいものでもあります。

これといった観光資源のすくない都城地域にあって、都城市民会館は貴重な文化財であると同時に、多大な経済効果も期待できる有望な観光資源でもあります。会館を今後ともこの地に存続させ、魅力あるまちづくりの核として積極的に活用する選択肢を採用することが、この地域の将来のために、ぜひとも必要であると信じます。

先の県知事選挙で発現された「そのまんま旋風」は、中央政界にまでショックを与えているようです。近年の選挙は、組織の力を草の根が凌駕しています。そういえば、数年前の長峯さんの選挙もそうでしたし、今後もその傾向は続くでしょう。また、そのまんま東氏の場合は、「行政経験のなさ」が最大の支持の要因でした。それほど、旧態依然とした従来型の行政に対する市民の不信感は大きいと言えます。その最たるものが、俗に「ハコモノ行政」と言われるものでしょう。真摯な検討もなく、癒着の構造のなかで、安易に過分な施設をつくってよしとしてきたことのツケが、全国的に財政の危機と市民の政治不信にあらわれています。

そこで、市民会館の存続問題を契機に、悪しき「ハコモノ行政」からの決別を宣言し、市民会館を存続活用させることで、地球環境の向上と財政の健全化、透明な政治に取り組む決意の象徴とすることを進言いたします。

都城市の未来と洗練された市民社会の実現のため、これからもご尽力ください。ますますのご活躍を祈念いたします。

寒さ厳しきおり、お体にはくれぐれもご自愛ください。

節分を前に、春の到来を信じつつ    2007.2.2 平川 靖三

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2007年2月 1日 (木)

日本建築学会から都城市民会館の保存要望書が提出されました

日本建築学会という機関があります。建築アカデミズムの日本最高の専門かつ権威ある機関です。その学会の九州支部から都城市民会館の保存要望書が都城市長あてに提出されました。

文書の日付は1月26日付ですが、都城高専の林田教授らが1月30日に都城市役所を訪問し、提出してきたとのことです。

DOCOMOMO、JIA(日本建築家協会)に続き、学会からも保存を求める要望書が出されたことになり、日本の権威ある建築団体の最高峰の全てが、都城市民会館の高い建築的・文化的価値を認め、壊してはいけないという訴えをしています。

都城市の若き市長(市民会館より若い)は、この重みをどう受けとめるのでしょうか。2月に方針を発表する予定です。

学会からの要望書をPDFデ-タで収録しておきます。

「日本建築学会からの保存要望書.PDF」をダウンロード

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2007年1月12日 (金)

「都城市民会館の保存要望書」が続々と

先日、近代建築についての最も専門的な組織である「DOCOMOMO japan」から都城市民会館保存要望書が提出されたことをアップしましたが、本日、JIA(日本建築家協会)九州支部長の井上氏(建築家・福岡在住)、おなじくJIAの宮崎県の会代表 河野氏(建築家・串間市)と宮崎県内の建築家らでつくる建築の勉強会である「竹の会」の代表岩切氏(建築家・高原町)らが市役所を訪問し、あらためて都城市民会館の保存・活用を要望し、要望書を提出してきました(JIA九州支部は昨年12月に郵送で提出済み)。

長峯市長、市議会議長(日高事務局長が代理で応対)、教育委員長(今村教育部長が代理で応対)の3者をそれぞれ訪問したところ、市民会館の文化財としての価値は、さすがにみなさんよく承知であり、保存に前向きなコメントもいただきました。

わたしたち建築家は、建築物は文化の所産であると考えています。建築には、コスト・機能・効率以上のものがあります。すばらしい建築物のあるなしが、その街の文化度と魅力をはかるものさしです。都城市民会館をたいせつに考えましょう。

以下にJIAと竹の会からの要望書を載せておきます。PDFデ-タも合わせて収録します。

「JIA九州支部からの保存要望書」

2006年12月12 日

都城市長 長峯誠 殿

社団法人 日本建築家協会九州支部
支部長 井上福男

都城市民会館保存要望書

 冠省、(社)日本建築家協会は建築等の設計、監理を専業とする個人の団体であり、古く
は明治黎明期、辰野金吾をはじめとする造家学会の創立ののち、東京建築士会が結成、さらに1987年旧家協(前身、日本建築家協会)と設計管理を専業とする、設計監理協会が世界の建築家活動を共にする為糾合し、当会が設立されました。日本の建築家団体では唯一世界建築家連合(UIA)に加盟(100ヶ国、130万人の会員)し、建築文化、技術、建築教育地球環境保護、サスティナブルなどの建築の向上に研究、研鑚に努めている団体(会員数4,700名)です。
 今日、建築のあり様が大きく変換しつつあります。スクラップアンドビルドから恒久的で環境重視の建築です。戦後復興期の住宅、施設建築が量的に充足し、東京オリンピックを境に建築的、文化的、芸術的に価値のある建築を指向し、世界的にみてもオリンピック施設、新幹線、高速道路網と先進国の仲間入りをはたし、今や世界をリードする建築技術を持つまで至りました。
 都城市民会館は文化向上の象徴として、又、市民会館の草分けとしてシンボリックな存
在です。戦後日本建築界の巨匠菊竹清訓|が持論である“メタボリズム"の代表的作品であります。竣工以来40余年都城市民のシンボルとして愛され親しまれている事に対し、都城市民の皆様に敬意を表すと共にこれからの市民の財産、又、日本建築史に残す建築物として都城市民の未来へ贈る素晴らしい遺産として活用される事を熱望いたします。
敬意  敬具

「竹の会からの保存要望書」

都城市長 長峯 誠 殿
平成19年1月12日
竹の会 世話人 岩切 平

 拝啓
 歴史と風光の街、都城市!こおかれましては、政策上の課題も多岐にわたり、繁忙のさ中におられることとお察し申し上げます。
 本会は、宮崎県内の建築家、造園家等、20名で様成する自主的な研究サークルです。毎月1回の例会を持ち、隔月には県外からの講師を招き、その活動は12年目に入ります。とかく、建築物の文化的価値の評価にうとい本県において、建築物の持つ文化的、社会的影響力ということに主眼をおき、勉強会を重ねてまいりました。
 この度、都城市では、『総合文化ホールMJ』の完成に伴い、都壌市民会館の今後の処遇についての検討がなされていると聞き及びます。
 ここに、建築、都市を専門とする私たちから、この建物の持つ文化的、社会的役割と、今後の施設運営等の重要性を指摘し、その保存活用の要望書を提出させていただきます。

 都城市民会館の学術的、かつ造形上の特殊性については、すでに建築学会でも定説になつており、欧米にも紹介されインターナショナルな評価を受けています。宮崎県においても、それは日南市の日南市文化センター(丹下健三氏設計)と双壁をなすものとして非常に貴重な存在といえます。都城市民会館は、1960年代当時、高度経済成長期にまさに日本の躍動するエネルギーを象徴する建築家の作品として、都城という都市の名を有名にし、また未来への技術革新に対する夢を確かなものにする里程標としての役割を担ったものでした。
 7月22日に都城市で行われた市民主催の、保存のためのシンポジウムでも明らかになったことですが、この市民会館が当時の厳しい市財政の中から、きわめて奇跡的な誕生の経過をたどったということ、それはひとえに菊竹清訓という才気あふれる建築家のアイディアと、構造家として日本を代表する松井源吾という独創的技術者との協働の賜物といわなければなりません。その造形のユニークさは、ロ-コストを踏まえながら、果敢にポジティブな発想を織り込んだ末の技術上の成果であつたことが評価の第一義でありましょう。
 その後、この建物の美質が皮肉にも予算化の面でメンテナンスに問題が生じてきた経緯も事実です。しかし、建築家の構想したものが中途のままで、継続的な本―ル使用を余儀なくされてきた経緯もまたシンポジウムでは指摘されました。いわば、建築家の構想が途中で顧みられなくなったという、建築としての悲劇性をも抱え込んで40年という歳月にさらされていたといえるかもしれません。

 建築史的に評価の高い建物であることは論を挨たないことですが、爾来、このような話題性を持つ建物が県内に一つとして建設されなかったことも、その重要性を証明するものといえましょう。
 しかし、何よりも40年間、市民の文化を育む場として愛され、使用されてきたということがこの建物の価値を不動のものとしていると謂っても過言ではありません。
 建築は使われてこそ価値を維持できるものです。市民とともに40年、市民の眼に焼き付いた記憶は、また新しい出発をすることによって、更なる市民の物語を生み続けていく、それは期待に余りあるものがあります。
 市民の多様なニーズに応えるためにも、堂々と旧市民会館として、新たなる生き生きとした企画がこの建物に付与され、更に部城市民の歴史的な矜持の一画に位置づけられることを願ってやみません。宮崎にこのような技術の粋を極めた建物があるということだけでも誇りとしなければならないと思われます。
 今からの都市は、常に多様なニーズに応えるための骨格を有していなければならないと思います。特に地方分権のかけ声のもと、厳しい条件下ではありますが、地方自治を少しでも多角的に、豊かに機能させていくためにもこの建物の存在意義の重要性を主張したいと考えます。ぜひ、宮崎県の文化レベルの維持のため、もとより都城市民の文化活動を推進させるために、この都城市民会館の未来志向の活用を保持していただきたいと存じます。

 なお、私たちの会<竹の会>は、今年5月に世界でもきわめて珍しい建築図書館を宮崎市に開設いたしました。宮崎県の建築文化の向上、啓蒙に向けてその内容の充実に日夜努力を重ねているところです。建築は人間を大きく包み込む器。本来を担う子供たちに大人たちが用意する大切な環境です。自然環境の保護と同時に、私たちが築いてきたものへの記憶という人間の一番深い情緒的な感性を育む場として、古い建物をこそ大事に見守っていきたいと思います。
 都城市民会館の保存活用問題は、市民だけでなく全国の注目するところです。ぜひ、郷土の心のよりどころとして、また歴史ある都城市の近代遺産という意味でも存続させ、新たな息吹を与えていただきたいと念願します。

付属資料 竹の会の活動概要 建築図書館設立趣意書

「JIA九州支部からの保存要望書.PDF」をダウンロード

「竹の会からの保存要望書.PDF」をダウンロード

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2007年1月 6日 (土)

都城市民会館の保存要望書の新聞記事

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都城市民会館の保存要望書が代建築の保存に取り組む世界的な組織DOCOMOMOの日本支部DOCOMOMO japan(東京・鈴木博之代表)から出されたことは先に記しましたが、昨年の12月22日の「西日本新聞」にもそのことと、JIA(日本建築家協会)九州支部からも保存を求める要望書が出されたことが記事になりました。

図書館で確認するのが遅くなってしまい、年が明けてしまいましたが、写真付きで大きく掲載されています。JIA九州支部からの要望書が市長宛に提出されたのは、郵送だったとのことで正確な日付は確認していませんが、書面は12月12日付けで、12月20日前後に都城市役所に到着したようです。JIAは建築家の職能を代表する唯一の建築家の団体であり、専業の設計事務所に籍を置く、いわゆる「建築家」の団体です。建築家の品格や作品の質、建築文化の向上につとめています。

記事の見だしにあるとおり、「日本のモダニズム建築を代表」する建造物として、建築文化を考える専門組織であるJIAとDOCOMOMOは市民会館に高い評価を下し、その保存を要望しました。都城市民会館てやっぱりスゴイですね。

今月の12日にはその要望書を提出したJIAの九州支部長が都城市を訪れ、直接、長峯市長に市民会館の高い建築的価値と保存を訴える予定になっています。

この記事のPDFデ-タも収録しましたので必要な方はこちらからどうぞ。「西日本新聞記事PDF」をダウンロード

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2006年12月19日 (火)

DOCOMOMOからの要望書が記事になりました

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先日、12月11日に都城市長:長峯誠さんにDOCOMOMOからの「都城市民会館要望書」を提出してきたことをこのブログに載せましたが、本日(12月19日)そのときの記事が宮日新聞に載りました。

おかげさまで、たくさんの友人や親戚から「見たよ」という電話や声掛けをいたださきましたので、ここに改めて報告しておきます。

すでになんども書きましたが、DOCOMOMOは携帯電話とは何の関係もありません。近代建築の保存と記録に関する国際的な専門機関であり、日本にはDOCOMOMO japanという組織がその支部として、東京在住の鈴木博之(東京大学院教授)氏を代表として存在しています。

今回、そのDOCOMOMO japanからの「市民会館をぜひ壊さずに残して欲しい」という要望書を、たまたま私がそのDOCOMOMOの会員であったので持参したしだいです。

本来なら、東京からDOCOMOMOのしかるべき人物が提出に訪れる予定でしたが、都城と東京のスケジュ-ルを調整したところ、たまたま都城は議会中ということもあり、うまく調整できなかったのが実情です。

すでに何回も書いていますが、都城市民会館は世界に誇ることのできる、都城が唯一自慢できる建造物です。今回、近代建築物の専門機関であるDOCOMOMOから保存の要望書が出されましたが、まだまだこれだけでは終わりません。

JIAという組織があります。日本建築家協会というのが正式名称です。そこからも年明けに要望書が出される手はずが整っているように聞いています。また、日本建築学会もそれを検討してるという報告を聞いています。都城市民会館は絶対に壊してはいけない建築物です。

現在、都城市ではこの問題に関して市民4000人にアンケ-トをとっています。その結果がそのとおり結論になるわけではありませんが、市長も言うとおり、反対意見を覆すのは尋常なる説明責任が伴います。まだ若い市長に市長より年長である、40年の歴史をもつ「都城市民会館」の帰趨を判断させるのは酷であるような気がしないでもありません。

この問題を「勝った」「負けた」という決着にすることは、市民にとってもっとも不幸なことです。そうではない解決法がきっとあります。それは市長にしかできないことかもしれませんが、そうなることを信じています。

「宮日の記事.PDF」をダウンロード

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2006年12月11日 (月)

DOCOMOMOからの要望書

DOCOMOMOという団体があります。携帯電話とはまったく関係がありません。すぐれた近代建築の保存と記録を提唱して活動する唯一の国際的な非政府組織です。その日本支部がDOCOMOMO japan(代表 鈴木博之氏)ですが、そのDOCOMOMO japanから「都城市民会館保存要望書」が本日(12月11日)都城市長(長峯誠氏)、市議会議長(下山隆史氏)、都城市教育長(玉利謙氏)の3者宛に伝達されました。

都城市民会館は“天才”菊竹清訓氏の設計によるたいへん評価の高い建築物であり、40年間、その特異な造形をもってこの地に存在し、都城のシンボルとなっている建物です。市民会館は、ことし、めでたく40周年を迎えましたが、なんと、都城市はあたらしい「総合文化ホ-ルMJ」が完成したので、もう古い会館はいらない・解体せよ、という報告書を作成しました。

そこで、このたびのDOCOMOMOからの要望書となったわけです。DOCOMOMOは都城市民会館を、日本を代表するモダニズム建築であると位置づけ、その価値を次の2点に集約しています。ひとつは、戦後日本の建築界において展開された“メタボリズム”の建築理論が具現化されたものであること、第2点は菊竹氏の思想が端的に表現され、きわめて独創的な造形であることです。詳しくはPDFに全文を収録しましたのでご覧ください。

「要望書.PDF」を見る

市民会館は南九州にある数すくない、貴重な文化財です。これを壊してしまっては、二度とこのような建築は登場しないでしょう。都城にこれがあることは奇跡と言ってもいいくらいのものです。40年前、市民会館の誕生と同時に、須田記念館というレトロな建築を都城市は失いました。同じ過ちを繰り返してはいけません。

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2006年11月27日 (月)

都城市民会館を壊すための意見交換会

宮崎県の都城市において「都城市民会館存続問題意見交換会」が現在開催されています。この市民会館は世界的な評価を得ている建造物として、知る人ぞ知るたいへん価値の高いものなのですが、なぜか都城市役所はこの建物を壊して、その跡地に新しい建物を作りたいらしく、昨年の12月に会館の「解体」を結論とする報告書を作成しました。その報告書は市長に提出したとされていますが、イコ-ル、市民に提出したということです。わたしはこの報告書に疑問を持っていまして、再三このブログでその誤りと、建築の専門家としての市民会館の正当な価値を訴えています。

さて、本日は横市地区にて意見交換会が開催されました。全部で15会場のうち、あと残すはここを含めて4会場となりました。ちなみに、この意見交換会はどこの地区の人でも自由に参加し、自由に意見を述べることのできる会です。そういう方式を採用した市の姿勢は、洗練された民主的な生活を標榜するためにはもっとも適切であり、その市の態度をわたしは評価しています。

ところで、その横市の意見交換会で、市のここれまでの意見交換会での説明に対して、不手際を指摘し抗議されるというハプニングがありました。先日、17日に庄内地区公民館での意見交換会において、出席者から「あたらしい文化ホ-ルは使用料金が高いといわれているが、現在の市民会館と比較してどうなんですか」という趣旨の質問がありました。それに対して市の担当者は、市内にある演劇関係の文化団体が両者を使用した実例を実名をあげて、総額で新ホ-ルが20万円ほど、現在の会館は16万円ほどであり、新しい文化ホ-ルの方が若干高いという説明をしました。(詳細な数字については記録していませんが、ほぼこれに近い数字でした)

これに対して、その実例としてあげられた演劇団体の主催者が、きょうの意見交換会に出席し、その市の説明に抗議をしました。主催者によると、新しいホ-ルと現在の会館では、総額で12万円ほどの違いがあるとのことです。「市は四万円という数字を持ち出して、新しいホ-ルの使用料がそんなに高いわけではないという説明に利用されたようですが、事実誤認であり迷惑です」という意思表示でした。念のために言っておきますが、この主催者は新しい文化ホ-ルの使用料が高いことに不満を述べているのではありません。市がよく調べもせずに、安易に4万円という数字を持ち出して、新しいホ-ルの使用料がそんなに高くはないという説明をしたことへの抗議です。

先に「公共建築100選」で市のホ-ムペ-ジにお詫びと訂正が載る事件が起こったばかりですが、またしても「お詫びと訂正」が載る事態になりそうです。なぜか、この市民会館問題では、市の先ばしりというか軽はずみな姿勢が問題をさらに混迷化させつつあります。すべては、市の作成した拙速な「報告書」がその発端であり、議論は尽くされていません。今の時点で解体か存続の二者択一を論じるのは時期尚早だとおもいます。

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2006年11月18日 (土)

都城市長への「要望書」

 あいかわらず、都城市民会館にはまっています。昨日は急遽、市民会館に行き、都城高専が主管するイベント「デザコン」会場にて市民会館の写真を展示してきました。17、18日にかけて都城市民会館と交流プラザ、千日通りを会場に「デザコン」が開催されるのですが、市民会館に会館建設当時の写真が展示してあります。「デザコン」にもぜひ足を運んでください。

 さて、「都城市民会館の今後の方策について 報告書」なるものが昨年の12月に市のプロジェクトチ-ムから市長に提出されました。現在の市民会館問題の発端となったものです。その中に事実誤認があることを市が認め、その部分を削除しお詫びするという事態になったと報道されています。11月15日に読売と毎日がまず取り上げ、翌16日には朝日と宮崎日日の各新聞に掲載されました。毎日がいちばん大きなスペ-スをとり、内容もかなり詳細に書いてあったようです。

 一部の新聞には建築士・平川靖三さん(45歳)の指摘によると記述されています。おもいもかけない事態に正直おどろいています。市がこんなにはやくお詫びと訂正をし、新聞記事になるとは予測していませんでした。知り合いからも電話が数件かかってきて、詳しく聞かれたりしますので、ここにその内情を記しておきます。わたしが都城市長あてに送った「要望書」が事態のはじまりました。

 かねてからわたしは市が作成したこの「報告書」に疑問をもっていました。とくに、会館の建築的・文化的価値を検証した部分です。内外から高い評価を受けている市民会館ですので、さすがに市のチ-ムもその高い評価に触れないわけにはいきません。しかし、結論を「解体」とするためには、「そんなに評価が高いわけではない。壊してもいいんだよ」という程度の評価にしておく必要があったわけです。そうしないと結論に「解体」をもっていけません。

 そこで、「公共建築100選」と「メタボリズム」の2点を持ち出して来ました。ここが「報告書」の失敗だったとおもいます。このふたつによって会館の価値を貶めることは不可能なのですが、いかんせん、建築設計の専門家ではない彼らですので、苦しまぎれに利用してしまったのでしょうし、それしかネタがなかったのでしょうが、このふたつは彼らの手に余るものでした。とくに、「公共建築100選」で建築の価値を論じることはまったくナンセンスなことなのですが、詳細は下記に「要望書」の全文を掲載しますのでそれを読んで下さい。

 会館の高い価値は認めたうえで、財政的な理由や老朽化、アスベストなどの他の理由で解体を結論づけておけば、こうした失敗はしなかったのですが、勇み足だったな、というのがわたしの印象です。

 そういえば、なぜか「報告書」はアスベストにはまったく触れていません。(P15の添付資料に業務記録として項目があがっているだけ)おそらく、当時は会館をバンバン使用していましたし、せざるえない状況でしたので、あえて触れなかったのかもしれません。アスベストが全国的に問題になってからも、市民会館は定期的に濃度を測定しており、安全上は問題ないという姿勢を市はとっていました。ところが、ここに来て、いよいよ会館を使用しないですむ状況になり、市は解体の論拠をアスベストにシフトしつつあるような気がします。休館後の年明けには、「アスベストの濃度が基準値を越えた」という報道があるかもしれません。

 さて、話が長くなりました。わたしが市長に提出した「要望書」です。わたしはこの要望書で公共建築100選の部分の削除を要望したのではありません。誤謬があり信頼性に欠ける疑いのある「報告書」全体の白紙撤回と、それにもとづく「意見交換会」の即時中止です。「応募してもいない公共建築100選だった」ことが判明したのが、そのきっかけにはなりましたが、わたしは「100選」と「メタボリズム」にて会館の価値を検証した部分全体の誤認を指摘しています。



 よき友人であるはずの長峯市長が、これをちゃんと読んでくれたことを祈ります。以下がわたしが提出した「要望書」の全文です。郵送で送りましたので11月4日(土)の日付になっています。

要  望  書

都城市長  長峯 誠  様

平成18年11月4日

都城市南鷹尾町33-17

平川靖三(建築家)

 要望する内容


1 都城市のプロジェクトチ-ムが平成17年12月に都城市長に提出した「都城市民会館の今後の方策について 報告書」の白紙撤回。

2 現在開催中の「都城市民会館存続問題意見交換会」の即時中止

要望の趣旨

 市は昨年12月に「都城市民会館の今後の方策について 報告書」を市長に提出し、都城市民会館の解体を提言しております。とうぜん、市のプロジェクトチ-ムのまとめたその報告書は、市の行政を付託されている機関として真摯な議論と検討を尽くしたものであるはずです。ところが、その内容には明らかに誤謬があり、信頼性に欠けるとの疑念がありますので、報告書の白紙撤回を要望するものです。
 また、その報告書の提出に端を発し、「市民会館の保存に関する請願」が出されるなどその報告の内容が市民のあいだで問題化しています。現在、各地区公民館において「都城市民会館存続問題意見交換会」が開催されていますが、その信用性に疑念のある報告書を論拠としており、その性格上、要求される中立性と信頼性を担保しているとは言えませんので、意見交換会の即時中止を要望いたします。

 この要望書の趣旨を補完するため、別紙にてその理由を詳述します。

(別紙)


要望の理由

 ご承知のとおり、都城市民会館は日本を代表する近代建築物として、海外にも紹介されるなど高い評価を受けております。イタリアの美術教科書にも掲載され、また、1997年にはフランス・パリの「ポンピドゥセンタ-」にて開催された「エンジニアのア-ト展」に、日本を代表する建造物のひとつとして出展されました。海外での知名度アップを望み、そのために多大な経費を支出している自治体があるなかで、とくに経費をかけることもなく、MIYAKONOJOを世界にアピ-ルしてくれる会館がこの地にあることの、目に見えない経済効果は多大なものがあるばかりでなく、17万人市民ひとりひとりに、自信と誇りを植え付けてくれるという得がたい恩恵を与えてくれるものでもあります。
 さて、昨年12月に市のプロジェクトチ-ムが「都城市民会館の今後の方策について 報告書」を提出しました。そのなかで、市民会館の文化的・建築的な価値についての検証作業も行われ、先に述べたイタリアの教科書やフランスでの展覧会の記述もあります。ところが、一方では、1998年(報告書は1988年としていますが)に選定された「日本の公共建築100選」にはずれたことを取り上げ、市民会館の評価を軽んじる論拠としています。また、市民会館の設計理念とされている「メタボリズム」理論が、保存にそぐわないという指摘もしています。会館の文化的・建築的価値を論じたこのふたつの点について、明らかな誤認があると考えます。
 まず「メタボリズム」ですが、報告書のいう「新陳代謝の理論であるから文化財としての保存に適さない」という理屈が、いかに乱暴で稚拙なものであるかは言う必要もないものであり、報告書をまとめたチ-ムの見識を疑わざるをえません。たとえば、新しい美術館の建設の是非を議論する際に、「反対するやつは美術館に入場する資格がない」とでも言っているかのような暴論であり屁理屈です。暴論はさておき、たしかに「メタボリズム」には新陳代謝や更新の意が含まれます。しかし、それは現在の地球規模の環境に配慮した「サスティナブル」や「リファイン」建築の思潮を先取りしたともいえるものであり、「スクラップアンドビルド」と混同してはいけません。「報告書」は「メタボリズム」の意味を安易に解体に結びつける粗野な理屈に陥っているだけでなく、その意図をただしく理解しているとはいえません。
 つぎに「公共建築100選」ですが、これは、建設省の設立50周年を記念した事業であり、公共建築の意義と重要性の理解を広く得ることを目的とし、全国387点の応募から選ばれています。その選定と文化財としての建築的価値とはまったく次元の違うものであり、この審査委員のひとりであった鈴木博之東京大学教授は、都城市民会館の価値と「100選」の非選定とを結びつけて述べた報告書の部分を「きわめて狡猾な論理であり、詭弁もいいところである」と看破しています。
 また、この「100選」は全国からの応募に基づいて選定されたものですが、主催者であった国土交通省(当時は建設省)からは、「公共建築100選」はその建築物の所有者が応募するものであり、都城市民会館については応募がなかった、という回答を得ました。ようするに、応募資格は都城市にありましたが、市は応募していません。応募しなかったものが選ばれるはずはありませんが、「報告書」は、選定されなかったことをわざわざ取り上げ、会館の建築的な評価を軽んずる論拠としています。
 つまり、市のプロジェクトチ-ムは、「100選」への非選定と建築物の価値を結びつけるという根本的な誤りをおかしていますが、そのうえに、「100選」がどのように選ばれ、都城市民会館がどのように扱われたのかまったく理解していないという稚拙さをみせています。
 以上が「メタボリズム」と「公共建築100選」について述べ、それを解体の論拠とする「報告書」に著しい誤認があり、信頼性に欠けるという理由です。「報告書」を作成したプロジェクトチ-ムが、要求される高い教養とモラル・文化的な見識をもっていたのか疑問であり、「報告書」が市民と市の将来について、真摯に検討を重ねた結果であるとはおもえません。市民のひとりとして、また、建築の専門家として、この「報告書」が正当なものではなく、その存在はむしろ、市の恥であると考えますので、「報告書」の白紙撤回を要望します。
 現在、「都城市民会館存続問題意見交換会」が各地区公民館において開催されていますが、会場にて配られている資料は、誤謬を含む「報告書」におおくを依拠しており、「意見交換会」の中立性と信頼性が損なわれ、市民の不利益を生じているものと考えます。よって、「意見交換会」の中止を要望します。

 以下にこのブログの11月3日号に載せた国土交通省とのメ-ルによる質問と回答のやりとりが続きますが、ここでは割愛します。

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2006年11月12日 (日)

彫刻家・源敏彦さんと都城市民会館

 世界が泣いた。バ-ミヤンの石仏が爆破された時、世界は泣いた。

 都城市民会館はバ-ミヤンの石仏である。都城で頂点を極める建築文化財であるにも拘らず、経済性を理由にまさに今、解体されようとしている。爆薬とその導線が仕掛けられ、いつでも起爆装置のスイッチを押せる状態にある。どなたがスイッチを押すのか定かではないが、都城の歴史と文化において、取り返し難い大きな損失を被ることを覚悟せねばならないだろう。・・・

 以上は彫刻家の源さん(イタリア在住)が書いた『「都城」への道』という文書の書き出し部分です。源さんは現在イタリアにて活動していますが、先日の20日ごろまで都城に一時帰省されており、そのときに、都城市民会館40周年記念展「mch40」へのメッセ-ジを要請していましたが、「ある程度時間をかけて、完成された文章にしたい」ということで、展覧会終了後、帰国まぎわに氏の友人である建築家の中岡さんに文書を託されました。

 この文書は全体では原稿用紙6枚分あり、市民会館の価値と芸術と文化を論じた力作であり、格調高いすばらしい内容のものです。ぜひ、都城市長にも読んでもらおうということで、源さんの了解のもと、市長宛に送付してあります。

 他にも、都城出身で海外で活躍する芸術家に緒方さんと又木さんがいます。緒方さんは泉ヶ丘高校の前の遊歩道に彫刻作品を造っていますし、又木さんもおなじく泉ヶ丘高校前の北泉橋を造っています。ちなみに、先の源さんは市役所横の広場に作品を残しています。この3人の芸術家は、みな市民会館の保存を強く訴えています。芸術が市民生活にどれだけ重要であるかを熟知しているから当然のことでしょうが、それだけ市民会館の価値を高く評価し、郷土の将来を心配しているということです。

 「文化で飯が食えるか」などと、芸術や文化のことを軽んじるむきも、ままありますが、わたしたちは「文化でしか飯が食えない」環境に住んでいます。付加価値とはすべて文化のことであり、これがないと、言われるがままに、ただ安いものを造ることにあまんじるしかありません。それはすでに日本では通用しないことであり、とっくに海外へ移行しています。わたしたちは文化で飯を食うほかありませんし、文化は人を造り育てます。世界で活躍する3人の偉大なる芸術家が都城から育ったのも、市民会館がこの地にあればこそのことです。

 都城は日本一の畜産基地にまで成長しました。農家のたゆまない努力と行政のバックアップがあってのことです。しかし、ブランド力はまだまだ不足しています。福岡市は莫大な経費を使ってオリンピックの誘致に手を挙げました。フクカオを世界にアピ-ルし、ブランド力をもたせるためです。ところが、都城にはすでに市民会館があります。イタリアの美術の教科書に載り、フランスの近代建築の展覧会に日本代表として出品されています。たくさんの建築雑誌にも掲載され、いまでもたくさんの人が全国から会館の見学に訪れています。そのことにまったく費用はかかっていませんが、この経済効果はいくらになるのでしょう。

 経済効果以上に、もっともたいせつなことは、都城市民ひとり一人に、誇りと自信が植え付けられることです。「オレのまちには何もない」若者はみな、こんな思いを抱いて都会に行きます。でも、市民会館があることにより、小さなものとはいえ、みなプライドをもって生きていくができます。人間はプライドがないと生きていけません。

 誰がなぜ市民会館を壊そうとしているのでしょう。

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2006年11月 3日 (金)

「公共建築100選」と都城市民会館

 ちょっとは秋らしくなってきました。

 さて、先月の30日から都城市民会館を壊すための「都城市民会館存続問題意見交換会」が祝吉地区公民館をかわきりに始まりました。(担当 都城市役所 生活文化課 0986-23-2132、夜の7時30分から9時まで)どれだけの人が集まってくれるか興味があるところでしたが、会場の地区公民館には100人近くの人たちが集まり、活発な意見が交換されました。

 この催しは、都城市民会館の存続問題を考えるためのものではありません。市民会館を壊すためのものです。なぜなら、残したいのであれば、今までの40年間の延長として、そのま黙って使いつづければ市民は誰も文句は言わないからです。「壊したい」という意思が働いたからこそ、昨年の12月に市役所のプロジェクトチ-ムが会館の解体を市長に提言し、こんにちの存続か解体か、という問題になっています。そして、意見交換会で解体に反対する意見が少数とみなされると、市民会館の解体を正当化する論拠として利用されることになります。

 ただ、これまでの例からすると、古くなった公共建築物は、当然のように解体され、建て替えることが一般的でしたので、市役所としても、市民会館の建築的価値にそれなりの配慮をしつつ、壊すために慎重にプロセスを踏んでいるのかもしれません。そんな建物はきわめて少数です。

 ところで、先日30日の意見交換会に出席したのですが、そこで配られた資料の中に、あいもかわらず「「日本の公共建築100選」(1998年に建設省が主催して選定)からはずれるなど、必ずしも評価がその話題性の高さに付いていっているとは言えない」とう文言が載っているのにはあきれました。これは、昨年12月に市のプロジェクトチ-ムがまとめた「最終報告書」のなかの、会館の建築的な価値を検証する項目に載っているものであり、市が唯一、会館の価値を否定する論拠としているものです。「100選」の選定と建築物の価値とはまったく無関係であり、この記述は、市あるいはプロジェクトチ-ムの文化レベルの低さを象徴していて、市民としては、たいへんに恥ずべき内容であり、即刻撤回すべきものです。

 すでに、7月22日に開催された「都城市民会館を守るシンポジウム」において、日本を代表する建築史学者であり、近代建築の保存と記録の専門機関:docomomo Japannの代表者でもある鈴木博之東京大学教授が、「それはきわめて狡猾な役人の論理であり、(ワ-ルドカップの)ジダンではないけれど、ほんとうにそんなことを言っている役人がいたら、頭突きをくわらしてやりたい」と看破しています。 このシンポジウムには市役所からも数人の職員が聴講に来ていたのですが、その効果はあらわれていないようで、この文言を、またしても、市民会館を壊すための「意見交換会」の資料として生活文化課は取り上げています。

 そこで、いよいよ本題です。市がそこまで固執する「公共建築100選」について、その主催者であった国土交通省(当時は建設省)にメ-ルで質問をしてみました。

(質問)旧建設省の50周年を記念して平成10年に選定された「公共建築100選」についてお尋ねします。

 宮崎県都城市に「都城市民会館」という建物があります。「公共建築100選」には選ばれていません。この100選は全国387点の応募から選ばれたとのことですが、都城市民会館はその応募に含まれていたのでしょうか、また、応募資格はどのようなものであり、応募の告知はどのようにおこなわれたのでしょうか。

※以下はその回答です。

<国土交通ホットラインステーションと申します。

お問い合わせいただいた案件につきまして、大臣官房  官庁営繕部  整備課より以
下の回答が来ましたので送付致します。
***************************
国土交通ホットラインステーション
東京都千代田区霞が関2-1-3
連絡担当 西川
TEL   03-5253-8111(代表)
     03-5253-4150(直通)
FAX   03-5253-4192

(回答)
1.お問い合わせの「都城市民会館」については、「公共建築百選」に全国から応
募のあった387作品には含まれておりません。
2.お問い合わせの「応募資格(応募要件)」については、
 ・応募の対象とする建築物は、国の機関、地方公共団体又は政府関係機関若しく
はこれに準ずる機関の事業に係る建築物及びその他の公共性の高い建築物で、昭和
23年から平成7年3月までに竣工し、現存するもの。
  ただし、「公共建築賞(建設大臣表彰)」を受賞した建築物については、対象
外。
としており、また、応募は、建築物の施設所有者又は施設管理者が行うものとして
おります。
3.応募の告知等については、平成10年7月14日に記者発表を行ったほか、募
集要項パンフレットを全国の関係機関等へ配布を行っております。>

 ということです。つまり、この「100選」は公共建築物の所有者・管理者が応募するものであり、都城市民会館についての応募資格は都城市にありましたが、市は応募しませんでした。したがって選ばれるわけがありません。ところが、驚くべきことに、市は「100選」に選ばれていないことを理由に会館の価値を保存に値しないとしています。これは何なのでしょうか。ア-恥ずかしい。

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2006年10月24日 (火)

都城市民会館40周年記念展『mch40』開催の報告

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10月9日から10日までの連休の4日間、都城市立美術館にて都城市民会館40周年記念展『mch40』が開催されました。会場のつごうで、たった4日間の開催でしたが、数百人の入場者と数社のマスコミの取材・報道があり、40周年を祝い、会館の歴史をふりかえることでその価値と功績を検証し、会館の今後についての判断材料を提供する、という当初の目的は半ば以上達成できたとおもっています。

本来なら、40周年を記念して、市が大々的に記念イベントをするところでしょうが(25周年も30周年記念事業も行っている)、新しい文化ホ-ルができて、市民会館を壊したがっている市にはその予定はなく、しかたがないので、会館を愛し・その価値を認める有志で実行委員会を組織し、本展覧会は開催されました。

ふりかえってみれば、準備期間のない無謀な企画に近く、どうやって市民ギャラリ-の広いスペ-スを埋めようかと悩んだほどでしたが、たくさんの協力者を得て、なんとか展覧会として成立する状態までもっていくことができました。また、展覧会のピ-ア-ルのため、市の広報への掲載と市役所内へのポスタ-掲示の依頼に教育委員会(今村部長)をたずねたら、生活文化課(東課長)にまわされ、そこでは公報への掲載も庁舎への掲示も拒否されるという妨害行為としか受けとれない事態に直面し、この人たちはよっぽど市民会館を壊したいのか、自分の意見が言えないのか、公共建築と文化に関する見識がないのか、どうなんだろうという暗澹たる気分を味わってのスタ-トでしたが、さすがに、美術館や市民会館では好意的・協力的な対応を受け、なんとか開催にこぎつけたようなものでした。もちろん、仕事と両立させながらのことですので、正直ヘロヘロになりました。

しかし、設計者の菊竹さんからの展覧会への祝電と、いろんな方からの励ましやメッセ-ジをいただき、幸福な気分で展覧会を終えることができたのはなによりでした。でも、せっかくいい展示内容になったのに、もっとたくさんの人に見て欲しかったな、というのが正直なところです。

「mch40」写真ギャラリ-へ

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2006年9月18日 (月)

都城市民会館 40年の全仕事と見学者

 都城市民会館40周年記念展『mch40』の開催に合わせ、現在その展示資料の調査、作成中です。とりあえず、40年分の全公演の記録を調査終了したところですが、それといっしょに、会館を見学に訪れた人たちの記録もあったので調査しているところです。

 さすがに高名な建築物であり、非常な衝撃をもって誕生した会館らしく、これまでにたくさんの人たちが全国各地から見学に来ていることがあらためて確認されました。

なかには地元の小学生もありますが、建築を学ぶ学生さんが多数を占めています。海外も含めて建築家らしき人たちも見受けられます。

 きちんと受付で記帳をした人だけでもこの数になるわけですので、そうではない人たちまで含めると、実際は、この数倍は見学に来ていると考えていいでしょう。数は少なくなりますが、竣工後、20年以上経過した1980年台にも見学者がきていいることも特筆できるとおもいます。情報がすぐ消費される現代にあって、20年以上も引き寄せる力をもつ建築はそうありません。

 また、平成になってからは記録がないのですが、資料が散逸したのか、記帳をしなくなったかでしょう。

 1971年と1972年がとくに多いようですが、これは出版物の影響だろうと考えます。1973~75年は抜けていますが、現在調査中です。近日中にここへ収録します。(8/22収録済み)

 それにしても、こんなに見学者の来る建築物が都城、南九州地域にあるでしょうか。これといった観光資源のない当地にあって、これだけの人をひきつけるすばらしい建物があることを、もっとわたしたちは大切に考える必要がありそうです。

 また、これまでの会館の大ホ-ルを使用した公演や式典の全記録もまとめてあります。別なところに収録してありますので、興味のある人は覗いてみてください。約年間に100イベントとして、40年間で4000もの膨大なリストです。

40年の全記録のペ-ジへ

これまでの見学者の記録

1966年(昭和41年)

05/09 建築学生 2名、一般 1名

05/11 関西学院大学 人数不明

05/28 安久小学校 100名

05/29 延岡高校 4名

05/30 志布志小学校 151名

07/31 京都市立美術大学 学生6名

08/17 早稲田大学建築学生 3名、横浜国立大学 学生 1名

08/19 メキシコ 学生2名

11/19 一級建築士 1名

11/20 一級建築士 1名

1967(昭和42年)

02/13 工業高校 生徒9名

05/31 九州大学大学院 建築科 3名

06/06 東京大学 音楽部 1名

10/05 大隅町立大谷小学校 66名

10/31 末吉町光神小学校 40名

11/01 後川内小学校

1968(昭和43年)

05/23 志布志小学校 100名

05/24 御池小学校 30名

10/14 50名

11/04 四家小学校 60名

1969(昭和44年)

03/08 国学院大学 学生3名

03/19 関西学院大学 学生1名

08/15 京都大学大学院工学研究所 2名

1970(昭和45年)

02/27 早稲田大学 学生1名

04/05 室蘭工業大学建築科 学生1名

04/21 日本大学生産工学部 1名

09/04 ボリビア留学生 1名、ブラジル留学生 1名

09/12 明治大学工学部建築科 学生1名

1971(昭和46年)

01/04 堺工業高校 1名

01/06 大分工業大学工学部建築科 学生1名

03/05 近畿大学建築学科 学生3名

03/12 鹿児島大学工学部建築学科 学生1名

03/27 早稲田大学建築学科 3名

04/02 東京工学院大学 学生3名

04/19 北海道建築部 技師1名

05/03 松雄建設設計部 2名、延岡より 2名

05/04 福岡大学 学生 1名

05/18 岸和田市より 17名

05/19 山之口小学校2年生 50名

07/03 1名

07/06 鹿島建設九州支部建築部 1名

07/14 山口氏市在住 1名

07/22 日本大学工学部 学生1名

08/09 大阪府豊中市在住 1名

08/17 日本大学理工学部建築科 2名

08/19 福島高校 6名、 九州芸術工科大学環境設計研究所 研究員2名

08/23 九州芸術工科大学環境設計学科 野村研究室2名

08/26 東京大学建築学科 2名

08/28 早稲田大学 1名

09/01 明治大学工学部建築科 1名

09/02 大阪大学環境工学科 1名

09/03 明石建築設計事務所(東京)1名

09/08 東京在住 16名

10/14 庄内小学校 88名

10/23 関東学院大学 学生1名

11/18 福岡大学建築科 学生 2名

12/23 電気通信研究所建築技術研究室 1名

12/27 熊本大学工学部建築学科 1名

1972(昭和47年)

01/31 霧島学園 28名

02/11 大阪市在住建築家 1名

03/04 国士舘大学建築学科 2名

03/16 日本大学工学部 1名

03/17 日本大学工学部建築学科 1名

03/19 東京都大田区在住 1名、スイス 1名

03/21 日本大学建築学科 2名

04/07 熊本在住 1名

04/24 田川市在住 1名、加古川市在住 1名

04/27 山之口小学校2年生

04/30 上長飯小学校 80名

08/18 春日井市在住 1名、名古屋市在住 1名

08/22 春日井市在住 1名、都農町 1名、松元町 1名

08/24 名城大学 学生 1名、日本電信電話公社建築部 2名

08/29 早稲田大学 学生 1名

10/05 東京在住 1名

10/23 大阪大学 2名

11/02 京都大学 1名

02/01 福岡大学 1名


1973年(昭和48年)

01/14 熊本県八代郡在住 1名

01/17 奈良県文化会館より 1名

03/08 九州芸術工科大学環境設計学科 学生1名

03/09 大阪市在住 1名、東京都品川区在住 2名

03/16 九州産業大学助教授、日本電信電話公社建築部 2名

03/30 都城市郡元より 2名

04/02 埼玉県川越市より 1名

04/06 岡建築設計事務初(東京)

04/09 埼玉県浦和市在住 1名

06/14 長崎造船大学建築科 4年1名

06/22 霧島学園より

06/24 東京都渋谷区在住 1名

07/28 千葉県松戸市在住 3名

08/01 鹿児島市在住 1名

08/02 東京都大田区在住 1名

08/03 熊本県八代郡在住 1名

08/07 工学院大学(東京) 学生8名

08/13 東京都立大学建築学教室 3名

08/22 京都大学工学部建築学科川崎教室会 1名

09/06 早稲田大学 学生1名

09/13 明治大学工学部建築科 1名

10/09 吉之元小学校1、2年生 27名

11/04 垂水市在住 2名

11/30 大阪府建築部営繕工事課 1名

1974(昭和49年)

01/17 名城大学 4年1名

03/05 名城大学理工学部建築学科 11名

03/29 名城大学 学生1名

04/01 日本大学芸術学部 2名

04/04 熊本大学工学部建築学科 1名

04/26 大阪厚生年金会館ホ-ル課より 2名

05/04 名古屋市西区在住 1名

05/13 KKむさしの設計事務所(福島県)1名

06/03 東京都渋谷区在住 1名、長崎市在住 1名

06/11 宮崎県環境保全課より 2名

06/17 千葉大学工学部建築学科 2名

06/18 熊本大学工学部建築学科 1名

06/27 県環境保全課より 2名

07/16 栃木県市会議員他 6名

07/25 むさし野市在住 1名

07/29 岩手県江刺市議会議員 8名

08/12 斎藤孝建築設計事務所(大阪市)1名

08/17 埼玉県在住 1名

09/09 神戸市生田区在住 1名

10/24 延岡市役所より 1名

10/29 四日市市議団 9名

10/30 設計事務所・九州ゲンプラン 1名

11/05 明道小学校3年生 40名、山之口小学校 70名

11/28 兵庫県建築部営繕課技師 3名


1975年(昭和50年)


03/17 京都大学建築学科 3年1名

04/07 鬼頭梓建築設計事務所 1名

05/27 上長飯小学校 80名

06/25 九州芸術工科大学 3名

07/16 名城大学建築学科 学生1名

07/17 名城大学建築学科 1名

07/28 菊竹清訓建築設計事務所 1名

08/15 東京工業大学建築科 4名

09/01 京都大学建築 2名

09/30 大阪市淀川区在住 1名、福岡市南区在住 1名


1976(昭和51年)


02/05 宮崎市より 1名

02/19 渡辺建築構造設計事務所(広島)

03/03 近畿大学工学部 1名

03/27 室蘭工業大学建築科学生 2名

08/12 京都大学建築科学生 4名

09/17 東京都北区より 1名

1977(昭和52年)

01/04 一松建築事務所(東京都)1名、和州KK工場長(奈良県)1名

03/09 東京理科大学大学院 建築学専攻 1名

03/16 東京工業大学建築学科 1名

03/22 鹿児島大学建築学科3年生 3名

05/16 東京都調布市在住アメリカ人建築家

05/31 山下設計(福岡市) 1名

06/22 日本総合建築事務所(熊本) 2名

08/09 熊本工業大学建築学科 学生1名

08/11 京都市在住 1名

08/15 福岡県久留米市在住 2名

10/17