わたしが読んだ本

2009年8月14日 (金)

ナガサキ 消えたもう一つの「原爆ドーム」

2009081331492 高瀬 毅 著、2009.7月 平凡社刊、1600円+税

ことしもお盆の入りを迎えた。この時期、建設現場は小休止となる。

都城商業高校が28年ぶりの甲子園で1回戦を突破した。そういえば、28年前は、東京で商業高校出身の友人たちと数人で一緒に応援していた。そのときはたしかベスト8という快進撃に友人もわたしも大喜びだったが、今日の試合は、そのときのような勢いを感じる内容だった。その友人が1年ちょっと前に亡くなったのが惜しまれる。生きていたらどんなにか喜んだことだろう。もしかしたら一緒に祝杯をあげていたかもしれない。

さて、この時期は原爆ウイークでもある。先日、図書館でタイムリーな本を見かけて借りてきた。はじめて読む著者である。

計画どおりのヒロシマと異なり、ナガサキへの原爆投下は、かなり偶発的なものだったという。まず、長崎は当初の目標ではなかった。テニアンを出発した爆撃機「ボックスカー」は、小倉を目標として離陸する。ところが、小倉に到着したものの、前日の空爆による火災の噴煙(雲が原因という資料もあるらしい)で目標物を視認できない。数度のトライのあと、機長は長崎へ機首を急旋回させることになる。

離陸時からトラブル続きだった爆撃機にはテニアンまで帰還する燃料はない。長崎に原爆を落とし、沖縄に緊急着陸することになる。ただ、不幸なことに目標物とされた三菱の軍需工場はなんとか視認できたらしい。こうして午前11時2分、長崎の浦上地区の上空で原爆が炸裂する。

表紙の写真は爆心地にほど近い浦上天主堂の廃墟である。この浦上地区が隠れキリシタン時代から続く日本でも有数のキリスト教徒の住む地区だったのは歴史の皮肉だろうか。凄惨な受難の歴史を持つ浦上の人々に、神はふたたび苛烈な試練を与える。しかもキリスト教徒の国によるそれを。

この破壊された天主堂は、30年の歳月をかけて1925年に完成した、当時東洋一との異名をとる壮大かつ秀麗な教会堂だった。高さ25メートルの双塔の鐘楼をもち、キリシタンの聖地にふさわしい威容を誇っていたのである。甚大な労力と資金を費やしてようやく完成したものの、わずか20年で破壊されるとは、つくづく受難の地であると嘆かずにはいられないが、近くに軍需工場があったことが不運であった。

被爆から13年間、浦上天主堂は廃墟の姿で放置される。長崎市では広島の原爆ドームに匹敵する歴史遺産として保存の方向性を決めていたそうでもある。しかし、田川市長の代になって解体が決まり、1958年に解体される。そして現在の浦上天主堂が跡地に再建される。

もし、天主堂の廃墟が当初の方針どおり残されていたなら、広島とおなじく、世界遺産に指定されていたことだろう。本書に収録された写真で見ると、かろうじて残されたレンガ壁に寄り添うように石彫の聖人やマリア象が立ち、周囲は瓦礫で埋め尽くされたさまは、原爆の証人としてこれ以上のものはないという遺構となっている。

なぜこれが保存されずに壊されねばならなかったのかという分析を本書はしているのであるが、そこには、アメリカの影響があったようである。詳細は本書を読んで欲しいが、著者は断定的にキリスト教施設の原爆遺跡をアメリカが望まずに解体させたと言っているのではない。解体時期の直前に、田川長崎市長がアメリカに招待され、長期間滞在し歓待する。あるいは、教会の責任者である西川司教がやはり前後してアメリカを長期間訪問し、かなりの寄付金を集めたことなどを記しているが、当事者である教会側としては、かつてキリシタン弾圧の象徴として踏み絵が行なわれた庄屋跡に建設されたかつての天主堂の跡地に、ふたたび教会を再建することが宗教上の重要な方向性だったのだろうとも言っているので、その決定を批判しているのでもない。

ただ、アメリカという国のハードとソフトを兼ね備えた重厚な外交政策の展開には恐れ入る。外交とは本来こういうものなのだろう。こうして、その戦略が功を奏したのか、日本人は空襲と原爆とでアメリカによって国土を破壊されつくしても、アメリカ好きになっているのである。

もうひとつ、ナガサキという町の二重性も指摘していて、時間をかけて形成された根深いキリシタンへの差別や蔑視が、この遺跡が市民共有の歴史資産とはならなかった要因のひとつとして考えられるという。たしかに人間は罪深いわがままな生き物だが、原爆の災禍のすさまじさ、人類に対するその罪の普遍性は訴え続けるしかない。

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2009年7月15日 (水)

可笑しな家

200907022888 黒崎敏/ビーチテラス 編著 2008.7二見書房 1900円+税

さすがに、世界はひろい。抱腹絶倒、支離滅裂、驚天動地そんな家ばかり60軒をあつめた本。おもわず笑いがこみあげてくる、タイトルにぴったりの家ばかりである。

日本代表は東京は西大久保に建つ「繭の家」と名付けられた白い丸っこい共同住宅。以前に建築雑誌で見たことがあったので、そんなに驚かなかった。日本のものはこれだけであり、あとは海外のものばかり。アメリカ、ヨーロッパ、アジアとほぼ全世界をカバーしている。

表紙ものは、ふたつの大きな巨岩にヤドカリのように寄生する。その正面のふたつの石がほっぺたみたいでユーモラスだが、正確には4つの巨岩に屋根と壁をほどこしたそうで、建築家の自邸だそうだ。

裏表紙のものは、ひとめで靴屋さんのものとわかる。靴店を営むアメリカの富豪が建築主だったらしい。竣工が1948年というから、戦後あるいは戦中から設計され施工されたものだ。建築主は建築家に靴を渡し、これをつくって欲しいと言ったとか。内部は5つのレベルをもつスキップフロア形式になっている。

ほとんどの家が、初見のものばかりで、痛快かつ爽快な気分で読んだというか見ることができた。人間の自由な発想に驚くばかりだ。

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2009年7月10日 (金)

ここらでちょっと、ひと休み

200907062902 吉本章 著 2009.6刊 草場書房 1429円+税

親交のあるというかお世話になっている看板屋さんの社長さんが2冊目の本を出したらしく、宅配便で送られてきた。本のカバーには都城の市街写真が使用されていて、その中央に都城市民会館が鎮座している。

社長は文化と文学の素養があり、なおかつ実業人としてまっとうな社会感覚を持ち、情にも厚い。未曾有の不景気と言われるさなかに、本を出版して社会に経済的にも貢献しているところがすばらしい。ただでさえ本が売れない時代ということもあり、ホン好きな氏にぴったりの経済対策でもある。

さっそく読んでみると、これがおもしろい。ときに声を出して笑いながら、一気に読んだ。ウイットに富んだ文章もいいが、その素材となっている数々の事件・エピソードを引き起こすモデルは社長自身だろうか。とくに、高速道路居眠り事件をはじめ、高速道にまつわるエピソードは特筆ものだ。

前作は「アフガンランプ」というタイトルで、2006年の11月に、同じ草場書房から出版されている。文芸評論家・大河内昭爾氏がオビに絶賛している。ハードカバーらしくちょっと硬めの内容もあるが、2冊目はソフトカバーよろしくソフト路線である。前作は文芸誌「あかね」にぽつぽつと発表し続けたものを10年分まとめたものだそうだが、今回のものは「史上最最小のミニミニ情報誌」と名をうった社内新聞がネタ元だそうだ。だから社長や専務や社員などのエピソードとなるのだが、こんな新聞を発行する社長らしい優秀な社員ぞろいで、笑いのネタは尽きない。

Clip_image002 こちらは前作の「アフガンランプ」 1800円+税

おもしろさではこちらもひけをとりません。

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2009年5月18日 (月)

茗渓学園プロジェクト

200905142756 柴谷晋著、新潮社刊、2009・4月、¥1500

スポーツを見るのが好きなわたしは、茗渓学園という名前は知っていた。毎年、正月におこなわれる高校ラグビーの強豪としてだ。

おそらく、その名前と私学ということから、金にあかせて選手をスカウトしてくるスポーツ私学だとばかりおもっていたのだが、あにはからんや、130年もの歴史と由緒を誇る、日本の学校教育界に君臨する名門茗渓会の運営する特異な学校であるという。

かつて、東京教育大学という名の学校の先生を養成する日本でトップバッターの大学があり、今から30年ほど前に筑波大学と名をかえ東京から茨城県に移転する。この前身の大学には、付属校として駒場高校(小中学校も?)があった。ところが、その駒場校は移転せず東京にとどまることになる。そこで、東京教育大学のOB会は、移転・設立される筑波大学の教育活動をたすけるため、付属中学・高校的な中高一貫校の設立を決定した。このOB会の名前が「茗渓会」であり、学校の先生なら承知のことなのだろうが、学校にいい印象をもっていないわたしとしては知る由もないことだ。

日本の教育界の最高峰のお歴々を多数擁する名門「茗渓会」は、その新しい学校の校長に岡本稔を選出する。

本書は、その岡本が一からつくりあげた茗渓学園の、30年間の歩みを詳述した内容である。おそらく開学して30周年を迎えるにあたっての記念出版だろうし、主人公の岡本が先年亡くなったことで、その功績を顕彰するためのものでもあるだろう。しかし、それを割り引いたとしても、わたしはこの学校にすごくいい印象をもった。できることならわが子をこの学校に入れたいくらいである。それほどすばらしい実践が本書にはある。デモシカも日教組も文部省も関係ない、純粋に子どもの教育に全身全霊をかたむける教師像と世界で活躍する人材を育成するためのユニークな学校が見て取れ、卒業生にはキラ星のごとくに今をときめく人材が多数ある。ただし、その分学費はけっこうするらしい。いい教育にはそれなりの費用がかかって当然である。

本書の正式なタイトルは『出る杭を伸ばせ』である。いいねー。キヨシローみたいだ。

来年の正月、もしこの学校がラグビーの全国大会に出てきたら、無条件で応援したいとおもう。

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2009年2月 5日 (木)

「在日の恋人」高嶺格

2009012923702 河出書房新社、2008年12月、1500円+税

美術作家 高嶺格さんの本。表紙写真の左側の人が高嶺さん、右がその恋人のKさんだろう。たぶん、結婚式のときの後姿だろうと本文から推測する。本書にこの結婚式の記述があり、美術作家らしいユニ-クなもので、かつ高嶺さんらしい誠実・豪快なものだったことがわかる。

「在日の恋人」は、直接的には高嶺さんの恋人のことを示しているが、「京都ビエンナ-レ2003」に高嶺さんが出品したときの作品タイトルのことでもあり、本書ではむしろそちらの記述がボリュ-ム的にはメインであり、展示会場かつ制作場となった京都市京北町にある丹波マンガン記念館でのことが縷縷語られる。そしておもしろい。

「在日」にしろ「マンガン記念館」にしろ、高嶺さんらしいとてもヘビ-な取っ掛かりなのだろうが、やはり高嶺さんらしい独特の視点で、それを美術という自由な手法で分解し再構築しカタチにして提示してくれている。美術家とはエライと感心するが、その苦労もたいへんなものがある。

本書にこんな記述があった。《たとえば在日韓国人に、ワ-ルドカップで日本と韓国チ-ムのどちらを応援するか?という質問をしてみるといい。・・・・略・・・ その種の能天気な質問に対して、彼らは辟易している。・・・・》 2002年の日韓大会のとき、スペイン対韓国戦の翌日、在日の知人に対して、わたしは「勝利おめでとう、よかったね」と言ったのだったが、能天気な自分をおもい知る。

こんな記述もある。《在日は、もともと「国益」という概念から自由だ。自分が益すべきところの単位を、悠々と保留しておける。そしてその着地点はと言うと、おそらく,国よりもスケ-ルの大きいものになるに違いない。野蛮な領地争いによって野蛮に引かれた国境線なんかを信じることがない。そのスケ-ルの大きさこそが、在日の持つアドヴァンテ-ジなのだ。》 う-ん、カッコイイ。

高嶺さんにとってのもうひとつの「在日の恋人」であり、最大のおもいでの場となったマンガン記念館は、ことし閉館されることになったそうだ。京都から福井にいたる周山街道沿いの山中にあるらしいが、わたしは行った事がない。さっそくネットで調べるとすぐにいろんな画像や記事が出てきて行ったような、わかったような気になってしまう。便利なのはいいが、だんだん人間が浅くなっているような気もする。

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2009年1月28日 (水)

建築家 安藤忠雄

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新潮社 2008年10月刊 1900円+税

ボリュームのある本である。紙質がよく、もちろんハードカバーである。これで1900円は安い。発行元の新潮社はこの本を売れるとふんだのだろう。そのとおり、10月に発行されて11月にはすでに4刷と奥付にある。

丹下健三氏と黒川紀章氏がなきいま、日本でもっとも著名な建築家はアンドーだろう。東京大学の教授も退官し、またあいかわらずのエネルギッシュな建築家にもどった。氏はわたしのような学歴のない建築家にとっては垂涎の星である。双子の長兄であること(3人の兄弟が建築の世界でみな活躍している)や工業高卒後、独学で建築を学び、世界のアンドーとなったサクセスストーリーに目が向きがちだが、氏は正しい意味でのインテリでもある。

強靭な精神力とインテリジェンスが行動力と真美性をうみ、今日のアンドーとなった。本を読むことで、その精神力のすごさにあらためて触れ、ちょっとは元気と勇気をもらうことができる。読書の最大の効用だ。

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2009年1月15日 (木)

建築バカボンド

200901082291 著者:岡村泰之 理論社 2008年11月刊 1400円+税

日本一コストパフォーマンスの高い、ウソをつかない家づくりでひっぱりだこの建築家がバカ正直に語る。とオビにある。

かけひきをしない、ウソをつかない。とてもいいポリシーだ。建築主、工務店、設計者その三者が幸福な関係で家をつくることがベストである。そのためにはコミュニケーションが重要なのはいうまでもない。かけひきやウソはそれを阻害し、3者の利益のバランスを崩そうとする。だからいい家ができない。

わたしは建築家という職業を選んでよかったとおもうが、それは建築という行為が、多くは建築主にとっての幸福なことだからだ。住宅にしろ店舗にしろビルにしても、建築主のもっとも期待と不安と希望などのオモイの詰まったモノを共同で作り上げていく作業が楽しくないわけがない。だから建築設計という儲からない仕事を続けていけるし、やりたいという人がいるのだろう。

もしわたしが、ベンツにでも乗るようなことがあったら、志が変節しモノづくりを放棄したか、宝くじが当たったか玉輿に乗ったかとおもってくれればいい。わたしの知るかぎり、まじめで才能のある建築家はたいてい貧乏である。だから、昔は金持ちしか建築家にはなれなかったのだろうが、貧乏人(精神の)が建築をするようになって質が落ちる。欲に目がくらむからだ。姉葉を筆頭に、設計のよしあしよりビジネスを重視する設計者はゴマンといる。しかし、志のある人もゴマンといる。みな、オレは志があるとおもいつつ、欲と経済のくびきからは逃れられないので、あとはどこで踏みとどまるか、どこまで情熱があるかの問題だろうが、少なくともアンド-やイソザキなど著名な建築家や本書の著者である岡村氏がゴルフや高級車にうつつを抜かしているとはおもえない。

岡村さんは施主の言い分を聞くことをモット-とする。しかし、その言いなりにはならない。それは建築家の仕事ではないからだ。その希望を消化し、本質を見極め、かつ昇華させて建築主を別な次元に連れていってくれるのだ。

氏は見積を工務店に依頼する際、明細に工事原価を記入するように求めるそうだ。画期的な試みである。そのうえに適正な管理費と利潤を明示させるのである。通常工務店から提示される見積書は、ひとつひとつの工事項目ごとに、下職から上がってきた原価に20%程度のマ-ジンが乗せられている。そして、工務店の利益や管理費はかなり低く見積もられていたり、最後に大幅な値引きで調整されていたりしてほんとうの工事費はブラックボックス化している。業界の慣習といってしまえばそれまでだが、そんな作文に等しい見積書をもとに工事契約しているのが現状であり、工事中に変更があると、値引き率や按分などといって複雑な計算がなされる。

建築費に関する不信感や疑心暗鬼のもとは、このような不明朗な会計システムにあるのだから、それをオ-プンにせよと氏は言っているのだ。さすがはウソをつかない家づくりである。それに応じる工務店もいるそうなので、案ずるより生むが安し、やってみればいいのであった。

岡村さんのようなすてきな建築家がいて、わたしたちの住宅の設計をしてくれるこの国は、たぶんいい国になったとおもっていいのだろう。

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2008年12月23日 (火)

磯崎新の「都庁」戦後日本最大のコンペ/平松剛

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著者:平松剛 文芸春秋 2008.6刊 ¥2190+税

「コンペはたったひとつの極端に突出したアイデアを捜しているのだ」とは本書にある磯崎氏の弁。1985年、もう20年以上も前に実施された日本最大の建築コンペである「都庁」は、残念ながらそのような基準で選ばれなかったようだ。

本書はすごいボリュームがある。都庁のコンペを詳細に追っているのであるが、タイトルのとおり、主題は磯崎の落選案である。ご承知のように、都庁は丹下健三氏の設計であり、当コンペは丹下事務所の勝利に終わった。丹下氏は磯崎氏にとって師匠にあたる人物でもある。ということで、本書ではコンペに参加した他の7案にはほとんど触れずに、磯崎氏の都庁と、丹下氏の都庁、このふたつを詳細に検証する。そのためには、ふたりの生い立ちにまでさかのぼる必要があり、このようなボリュ-ムになっているのだった。当時の両事務所のスタッフにまで周到なインタビューを試みてあり、磯崎、丹下というふたりの偉大な建築家及び事務所の評伝、解説書としても楽しめる。文体は堅苦しくなく、建築以外の一般読者でも理解できる内容に噛み砕いて記述してあるのもいい。

磯崎氏は建築家としては格段に著作が多く、数十冊の著作がある。わたしも数冊は読んだことがあるが、建築界のみならず、ピカイチの理論派であり、その高尚な理論には凡人のわたしには歯が立たずにいた。本書によって、はじめて磯崎理論の一端をかじったような気がする。その点でも著者の平松氏に感謝しなければいけない。

丹下氏はこのコンペに際し、事務所の他の仕事をすべてストップしたそうだ。「ぶっちぎりで勝とう!」これが事務所でのスタッフの合言葉であり、事実、それに近い勝ち方をした。こうして、新宿にそびえる二つのタワーが、バブルの塔ともいうが、実現している。超高層ビルという点でのみ比較するなら、このビルもそれなりに評価できるのだろうが、都庁としては?である。戦後最大のコンペというふれこみに対して、実現した建物は戦後を代表する建築思潮が革新性が見出せるのだろうか。

わたしは磯崎氏の超中層案に惹かれる。氏の案がストライクゾーンぎりぎりのくせ球だったということもあるが、審査員は丹下案を選んだ。コンペは審査員がすべてである。どんなに優れた提案であろうと、審査員に見る目がなければただの紙切れである。戦後最大のコンペなら、審査員もそれにふさわしい人選をする必要があった。

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2008年11月30日 (日)

建築の出自

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長谷川尭 建築家論考集 鹿島出版会 2008年4月刊 2500円+税

ちょうど1年前、長谷川氏を都城市民会館に案内した。氏は宮崎県立美術館で開催中のフラクタス展の特別企画「都城市民会館をみて」の特別講師として来訪したのだった。

その席で、かつて「神殿か獄舎か」の巻頭に都城市民会館のことを書いたと聞いた。そして、近ごろ復刻されたSD選書版には、ペ-ジ数のつごうで収録できなかったことも聞いた。「神殿か獄舎か」は長谷川氏の初期の代表作であり、1972年に出版され、当時の建築界に大きな衝撃を与えたようだ。残念なことに、「神殿か獄舎か」のオリジナル版は都城市立図書館にも宮崎県立図書館にも蔵書されていない。唯一、竹の会の運営する「建築図書館」にあったはずだが、昨年図書館が青島に移転した際、探してみたのだが見つからなかった。ネットでも探してみたが見当たらず、この本の都城市民会館の記述を見ることは、気長に探すしかないかとおもっていたら、本書が出版され都城の図書館に入荷したのだった。

長谷川氏はながく武蔵野美術大学の教員であったが、このたび定年退職となったそうで、それを機に出版助成金を活用して、氏のこれまでの論考の中から、日本の近代建築家に関する16編の論考を選び出し、2冊の単行本として出版することになったそうだ。この「建築の出自」ともう1冊が「建築の多感」である。

本書には6人の建築家が登場する。前川国男、白井晟一、山口文蔵、佐藤秀三、浦辺鎮太郎、菊竹清訓の順である。

本書で、ようやく「神殿か獄舎か」の都城市民会館への言及した部分を見ることができた。「降臨」という言葉で菊竹作品と都城市民会館のことを説明している。「降臨」とは、言い得て妙のいい言葉だとおもう。

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2008年11月 8日 (土)

「都市の記憶を失う前に」建築保存まったなし!

1949411_img 後藤 治 著、白楊社新書、2008年4月刊、900円+税

図書館で借りたあと、本屋さんに注文したもの。ここまでする例は珍しい。

タイトルをみて、建築文化財の保存に関する本だろうとおもっていたのだが、その範疇を超え、建築や都市に対する行政のあり方、専門家との関係を問う内容であり、現代の都市・建築の諸問題をはばひろくカバ-する。専門家必読の良書である。

日本人は世界遺産や国宝などのお墨付きが大好きであり、ありがたがる。その指定にあずかった著名な建築物が有力な観光地になっているのだが、一方で、指定はされていないものの、将来の有力な候補であるはずの近現代の建築物には目もくれない状態がある。とくに、都市部では戦前戦後のすぐれた建築と景観が、効率や経済の名のもとに記憶から簡単に消されてしまっている。都市部ばかりではなく、都城市民会館のように、資力・文化力の劣る地方でさえ、貴重な文化観光資源になる可能性を秘めた建物でも一顧だにされない現実がある。

かたや、欧米では歴史的な建築物が一体として残り、そのすぐれた都市景観が有力な観光資源にもなっているし、基本的に建物は手を入れて使いつづけるものであり、むやみに壊すべきではないという思想が確立しているようだ。

その欧米と日本との違いは行政の違いでもある。行政の違いは市民の精神の違いとうことでもあろう。欧米では法律や行政に過大な期待をしていない。かといって、建築物の安全性や景観はおろそかにできないことは日本以上であるから、どこが違うかというと、専門家の役割である。専門家は尊重され、その高い能力に基づく専門性を期待され発揮する。しかし、専門家に過失があると判断されれば責任を厳しく追求される。そのため、設計を信頼できる専門家に依頼する一方で、そのチェックを別の専門家に依頼することもあるという。仕事に厳しいのである。保険制度も充実してて、被害にあった建築主・入居者はただちに保険で補償される。そして、その責任は専門家に追認され、過失があると判断されれば莫大な費用を請求される。このような制度のもとでは、アネハのような事件は起こりにくい。

一方、日本ではアネハ事件を受け、ますます行政が監督権限を強めることになった。ここには行政を責めたてる市民の存在がある。これでは、専門家はその複雑かつきびしい法令制度のなかで、本来の高い専門性を活かした独創性のある有用な活動より、行政手続きや煩雑な法令をクリアするだけの「一定の能力のある専門家なら、だれがやってもいっしょ」的なル-ティン仕事になってしまっているという。 

実感である。

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2008年11月 5日 (水)

「建築史的モンダイ」藤森照信 著

1949414_img ちくま新書 2008年9月刊 740円+税

建築探偵・藤森教授の本。

野蛮人あるいは縄文人とも称される藤森教授は豪快な性格らしい。したがって、この人の書く本はおもしろい。前作の「天下無双の建築入門」が痛快だったので、ためらわずに読むことにした。

ところが、期待したほどおもしろくはなかった。野蛮ギャルドなおもしろさを期待していたのだから、藤森教授には迷惑なはなしだろうし、けして内容がつまらないわけではなく、藤森氏らしい、目からウロコ的な記述もたくさんある。以前ほど、文章からパワ-が感じられなくなったというだけのことで、内容のよしあしとは関係ない。

このことは、氏が建築史家から「史」がとれ、建築家へ転向したあかしなのかもしれない。建築史家が設計もやっている。しかも、古今東西の建築を実際に見て知っている人にしかできないムチャでイカシタ作品をつくる。これが氏の持ち味だった。文章を武器とする歴史家だったからこそ文章もおもしろかった。しかし、氏はすでに建築家になったのではないか。現在は、実作をとおして建築の可能性や表現の追求に思考が向いているのではないだろうか。こんなことを考えたのは、建築家の文章は、おうおうにしてつまらないからである。建築家は作品(実作でなくアンビルドでもよい)を通じて自己の思想を語るのであるからそれでいい。

柿(こけら)葺きという屋根がある。薄い木の板で葺いた屋根であり、わたしも知識としては知っていたが、なぜ柿(かき)の字があてられているのか疑問には感じていたが知らなかった。しかし、このパソコンでも見るがごとく、柿(こけら)も柿(かき)もまったく同じ字のようだが、じっさいは柿(こけら)の方は右側のつくりが市ではなく、たて線が突き抜けていることを本書でおしえてもらった。したがって、画数は柿(こけら)は8で柿(かき)は9画となる。ためしに辞書をひいてみると、はたしてそのとおりだったが、見た目はまったく同じである。せめて、活字で書く柿(かき)のつくりの市のさいしよの点は、区別できるようにちょっと斜めにして欲しいものだ。

柿(こけら)とは木クズの意があり、竣工に際し、柿を落として引き渡したことから「柿落とし」なる言葉があるのであった。これは広辞苑からの引用。

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2008年10月31日 (金)

「建築の新しさ、都市の未来」Y-GSA編

1949413_img_2 彰国社 2008年9月刊 2095円+税

Y-GSAとは横浜国立大学大学院/建築都市スク-ルのことであり、日本を代表する建築家のひとりである山本理顕が校長をつとめ、教授陣にはやはり建築家の西沢立衛、北山恒、飯田喜彦が名を連ねている。

Y-GSAでは、多彩な分野から専門家を招いた市民公開講座「横浜建築都市学」を開催しており、本書はその記録をまとめたもの。

前記の教授陣のほか本書に登場する講師は、伊東豊雄(建築家)、梅本洋一(映画批評家)、吉元光宏(ニッセイ基礎研究所 芸術文化プロジェクト室長)、上野千鶴子(社会学者)、内藤廣(建築家)、岡部明子(建築家)、妹島和世(建築家)、松山巖(作家・評論家)の8人。

印象にのこった言葉は、巻末の4人のY-GSA教授の座談会にて、北山氏が発言した・・・「官」「民」「協」「私」に包囲されたダイアグラムを見て、21世紀初頭の社会状況はこれで説明できる・・・というくだりだ。講師の上野氏の示したダイアグラムを指しているわけであるが、パブリックは「公共」ではなく「官」と規定する上野氏の手練も含めて、脳裏に焼きついた。

いま、日本でもっとも元気があり輝いている建築スク-ルは横浜国立大学だろう。そんな確信が得られる本だが、冒頭の山本理顕氏の「はじめに」には、スク-ルのいまどきの学生の気質を知る笑い話も載っていた。さもありなん。

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2008年10月 2日 (木)

食糧がなくなる!本当に危ない環境問題

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武田邦彦 著、朝日新聞出版 刊 2008年8月、1200円+税

世を挙げてのエコロジーである。わたしも、新聞紙、ちらし類をストックししペットボトルを踏み潰して公民館の集積場に持っていく。このままでは、地球の将来はとんでもないことになる、そんな危機感をひとなみに持ち合わせているつもりである。しかし、この本を読んで、ずいぶん気が軽くなったし、ものごとを多面的にみることの重要性も感じた。

二酸化炭素は、かつて地球上にもっと豊富に存在していた。それがだんだん減少し、現在では大気中の0.04%にすぎない。むしろ、生物の存在に欠かせない二酸化炭素を、もっと大気中に解放する必要がある。リサイクルはエネルギーの浪費であり、環境に貢献せず悪影響である。レジ袋を廃して専用ゴミ袋とエコバックを買うほうが浪費であり、即刻やめたほうがよい。ゴミは分別せずにすべて焼却すれば問題は解決する。ここまで言い切ってくれている。たしかに、レジ袋にゴミを入れて出したほうが手間も金もかからずによい。分別する必要もないとなれば、いいことこのうえない。

そもそも、地球の温暖化は、人類にとってメリットの方が高いと著者はいう。ひとは誰だって温暖な地域にあこがれるし、食糧も増産できるからだ。平安時代はいまよりもっと気温が高かったのであれば、その程度の温暖化を恐れる必要はなかろう。

わたしは、環境の専門家でもオタクでもないので、それらの著者の主張に判断をくだすことはできないし、全面的に賛同もしない。しかし、その主張が詭弁であるともおもえなかった。むしろ、科学者としての明晰な頭脳と誠実なひとがらを感じた。

そして、ほんとうの環境問題は食糧である。アメリカはとうもろこしからバイオエタノール燃料をつくると発表した。世界的なエネルギー戦略ということなのだろうが、穀物は人類の貴重な食糧であり、食物として人類の口に入れるべきものを燃料にしていいはずがない。まして、飢餓はまだ克服されていないのである。これは、きわめて非人道的な行為であるという主張には賛同する。

さいごに、都市と建築のことを付け加えておこう。たしかに、東京はじめ日本の都市部はかなり気温が高くなっている。しかし、これは二酸化炭素や地球温暖化の問題というよりも都市化の影響である。東京は湾岸部に高層ビルが林立し、海からの涼風がさえぎられ、さらに暑苦しくなったと報道されていた。日本の気候風土に適した建築や都市のありようがあまり検討されていないのではないか。エアコンは室内の空気を冷やしたぶんだけ室外に廃熱を出す。空気を浄化し涼化する緑地ははがされ、コンクリ-トで覆われる。人々はますますエアコンにたよりエネルギーを消費する。

万有引力の法則は人と都市にもあてはまるので、強力な都市はますます膨張をつづけ、人とものを吸引しつづけるだろう。計画や設計、制度がそれらに規律を与えコントロ-ルできるのであるから、設計の力は大きいはずだが。

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2008年9月13日 (土)

ネットいじめの真実

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渡辺 真由子 著、ミネルヴァ書房刊 2008年

正直、読まなければよかった、とおもう。それほど、いまの子どもたちをとりまくケイタイとネット社会のおぞましさがここにある。

プロフ、裏サイトでの悪意ある捏造と書きこみ、出会い系サイト、ケイタイでの呼び出し、押し寄せるメ-ル。メ-ルには5分ル-ルがあり、返信に忙殺される。かつては電話は一家に一台しかなかったので、深夜の呼び出しなどありえなかった。こうして、いまの子どもたちはケイタイとネットに神経をすりへらす。そのすり減らした神経を癒すために自殺サイトへたどり着くのだとしたらやりきれない。おぞましい犯罪やイジメでの自殺、それらの被害者の多くがケイタイやパソコンを保有していたという現実。親はわが子の安全のためにケイタイを与える。しかし、いつのまにかそれが犯罪やイジメの媒介となっている。

本書をよむと、つくづく、わが子にはケイタイは与えないでおこうとおもう。しかし、高校に入学し、ほとんどの子がケイタイを持つようになれば、いつかは持つようになるだろう。いまでも子育ての心配事が絶えぬのに、本書にあるような気苦労をしたくはない。いつから子育てはこんなに気苦労の多いものになったのだろうとおもう。わたしなどはほったらかしで育ったようにおもうが。しかし、これは、ほったらかしに育てられたわたしたち世代への意趣がえしなのかもしれない。モンスタ-ペアレントも給食費の不払いもそんな子育てからうまれたのだろう。そうおもって、適度に子どもと関わりながら、次の世代に期待するしかない。でも、子育ては1度きりだから、適度というものがよくわからないし、上達しないから困る。

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2008年9月11日 (木)

「大日本字」大日本タイポ組合の文字全集

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著者:大日本タイポ組合、発行所:誠文堂新光社 2008年8月、2800円+税

タイトルをみて、いろんな活字の書体集だろうと勘違いして図書館から借りてきた。建築家は書体にもうるさい人が多く、図面に書く文字に気を使い、図面のタイトル用にレタリングの訓練も過去には必要だった。現在では製図はCADなので、それほどのことはなくなったが、やはり印刷物の書体には気をつかう。

さて、本書は書体集には違いないが、「大日本タイポ組合」というデザイナ-あるいはア-チストの文字作品集であった。内容はたいへんおもしろく、勘違いして読んでみて大正解であった。

「大日本タイポ組合」というのは、男性2人組のユニット名であり、漢字をカタカナで構成・表現したり、文字に関する再デザイン作業をとおして、新たな価値をつくりだしている。たとえば、本書表紙(上の写真)の「大日本字」と明朝で大書きされたかにみえる書体は、よく見ると、ダイニッポンタイポと読めるカタカナで構成された「文字」であるが、この写真では判読不能であるので、手にとってじっくり見てもらうしかない。タイトルの下に赤い印影のようなものがあり、ぱっと見たところギョウニンベンをつけた「条」のような字に見えるが、よく見るとタイポというカタカナを漢字らしくデザインしたものである。これなら写真でもわかるとおもう。

つまり、このような字体遊びというと失礼だが、そのような作品を集めた本である。しかし、ただの遊びを超え、洗練されたその作品はウイットとウンチク、ときには深い精神性を感じさせるものもあり、その手法・能力も、結成15年であり、すばらしいとうならせる領域に到達している。

そのなかで、やはりインパクトがあるのは、ナイキのマ-クだろう。おなじみのスウッシュと呼ばれるひらがなの「し」を横に倒したようなマ-クに、通常は「NIKE」のロゴが入るところだが、「在」という漢字がスウッシュの上に載る。「ナイキ」ではなく「アリキ」である。これだけでもおもしろいのだが、さらによく見ると、「在」ではなくカタカナでナイキと書かれていることがわかる。 このという字は、カタカナのナイキに容易に分解できる。上の横棒と斜めの線で「ナ」さらに斜め線と下へ伸びる線で「イ」その構えのなかにある「土」の縦線をちょっと下に突き抜けさせると「キ」である。写真を見てもらうと一目瞭然なのだが、勝手に載せることははばかられるので、ぜひ本書を図書館又は書店で見ていただきたい。秀逸かつ示唆に富む忘れられないデザインだ。

カタカナ、漢字、ひらがな、そしてアルファベットまで彼らは自在に変換し意味と価値を再創出する。おもしろい本に出会えてよかった。図書館とはありがたいものだと実感する。

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2008年8月 7日 (木)

チベット解放は成るか

Scan10005  文藝春秋 2008年7月刊 定価 本体1429円+税

いよいよオリンピックだ。東京、ソウル、そして今回はペキン。やはりオリンピックは世界のストリ-ムを投影しているのだろう。そして、わたしのようなスポ-ツ好きには最高のイベントである。世界の一流アスリートのプレ-を堪能し、日本選手に声援をおくる、4年に1度のぜいたくな楽しみだ。

ところで、オリンピックの聖火リレ-に合わせてチベットが話題になっていた。そんなわけでオリンピックに合わせて本書を読んでみた。そこにはチベットの過酷な現実があった。本書を読んでから、あるいは読みながら、中国でのオリンピックを見れば、また違った感興も沸くだろうし、テレビで見る中国各地の風物も興味深く見えてくるだろう。

テレビで見るかぎりでは、中国人ものびのびと自由に好きなようにオリンピックを楽しんでいるようだ。ずいぶん自由な国になったものだと隔世の感がする。しかし、これは、主流である漢民族で、しかも体制に沿った行動の場合に限られるのだろう。チベット、ウイグルに代表される少数民族社会においては、漢民族の移民政策とともに同化政策がすすめられ、固有の文化は破壊され、まして独立や体制批判なんて口に出すと、おぞましい拷問付きで弾圧される社会が本書に描かれている。

チベットは1950年、中国の武力侵攻にて支配下におかれるまで、れっきとした独立国だった。ダライ・ラマも中国のいうような非道な搾取者ではないようだ。わたしが、世界でもっとも見に行きたい建築のひとつであるポタラ宮はチベットにまだある。これは世界遺産だからもう壊せまい。しかし、チベットに数千あったといわれる寺院はことごとく破壊された。オリンピックを楽しむおおらかな中国が表の顔であるなら、ギョ-ザ事件をはさんで、チベットとウイグルに裏の顔があるようだ。国家は怖い。日本もかすかながら、だんだん怖い社会になりつつあるのではないか。

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2008年8月 6日 (水)

日本に古代はあったのか

Scan10004   角川選書426 2008年7月刊 本体1600円

著者は井上章一氏。氏はもともと建築界の人物だったが、いつのまにか風俗研究へ行ってしまい、現在は京都にある国際日本文化研究センタ-でパンツやラブホテルなどの研究にいそしんでいる。(というとヘンな人みたいなので補足しておくと、いずれも建築史や文化史にからんだ内容だ)この人の著作はおもしろいので、目にとまったものは読むようにしている。「千夜千冊」の松岡正剛氏も「この人の本はかならず読むようにしている。だれも書かないことを書くからである」と言っていて、そのユニ-クな視点は高い評価を受けている。

今回は古代・中世・近世(近代)という時代区分が論点であり、風俗はナシ。日本の中世は鎌倉からはじまる。わたしたちは学校でそう教わる。現在では院政の開始、あるいは平家の権勢が確立したころから学会では中世としているらしいので、100年ほどさかのぼっているが、井上氏の主張は、日本史に古代はなく中世からはじまる、というものであるからショックは大きい。さすが、こんなことを言い出す学者は井上氏だけだろう。

「なにをバカな」と荒唐無稽な論として無視されるのは承知のうえとのこと。権威があって風通しの悪い学会は、このような場合は反論せずに無視する。相手がその世界では名もないシロウトの場合はなおさらである。反論すると学術論争になることがあり、へたをすると足元をすくわれることがあるので、徹底的に無視することが学会の秩序のためである。ただし、学問は遅れいびつになる。井上氏の主張に社会がどのような反応をみせるかわからないが、世界的な歴史研究のスタンダ-ドではけして無理な論理でないことは本書を読めばわかるし、浅はかな海外からの受け売りの主張でないこともわかる。

学閥や保身、功利主義といった小児病的サ-クルから離れたところからの主張の方が、えてして正鵠だったりすることもある。氏は外国の学者に法隆寺を案内したとき「7世紀がなぜ古代なのか、中世ではないのか?」と言われたことがことの発端だという。そういう素朴な疑問をたいせつにするところが氏の美点だろう。関西には万博公園の民族学博物館と、京都洛西に国際日本文化研究センタ-がある。どちらも関西に置かれていることのメリットを実感する。学問だって東京一極集中は弊害があるようだ。

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2008年7月14日 (月)

「モダン建築巡礼」東日本編

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「日経ア-キテクチュア」誌の好評連載企画「昭和モダン建築巡礼」が単行本になりました。すでに「西日本編」は2006年に発刊(上写真右)されており、今回は「東日本編」がめでたく竣工(写真左)。

西日本編の巻頭を飾ったのは都城市民会館(菊竹清訓/1966)だった。その次は日南文化センタ-(丹下健三/1961)。巡礼隊の宮沢隊員(本誌でイラストを担当している)が、宮崎県にあるこのふたつをどうしても見たいと言う希望からこの企画はスタ-トしているのである。

東日本編は岐阜県から東が対象となる。羽島市庁舎(1959/坂倉準三)から東上し、北海道の登別温泉科学館(1957/太田実)まで20の建築を巡礼する。他にも8つの建築に寄り道しているのでつごう28の建築が巡礼先になるが、巻末に東京の国際文化会館(1955/前川国男・坂倉準三・吉村順三)を五十嵐太郎氏とKIKIさんとで訪ねる特別企画があるので、合計は29となる。その五十嵐氏はこの連載企画を「うらやましい、の一言」と評し、その言葉がそのまま本書のオビに採用されている。建築界に身をおくものとしては、まさしくこの巡礼隊は「うらやましい」かぎりであり、わたしだってそう思う。

西日本編に登場する28の建築のうち、半数はわたしも巡礼したことのある建物だったが、東日本編となると、ほとんど行ったことのない建築ばかりであり、唯一、栃木県立美術館(1972/川崎清)だけが見学済みの建築であった。見たことはないものの、これまで雑誌や文献などで知識としては持っていた建築が大半だが、なかには、いままでその存在すら知らなかったものも数点あり、それがまたすばらしい建築だったりする。巡礼隊長の磯氏の琴線に触れた建築が取り上げられているのだろうが、その選定眼・建築に対する審美眼の性能の高さにおそれいる。宮沢氏のイラストも磨きがかかり、精緻な上に建物の特徴をペ-ジ構成に応用する凝りようである。

じつは、この東日本編の冒頭にも都城市民会館が掲載されている。本文のまえの序文的なイラストコ-ナ-で、巡礼のトップバッタ-であり、掲載以後、めでたく保存につながるドラマのような展開をたどったこの会館を1ペ-ジにわたってイラストで紹介していて、先日の「日経ア-キテクチュア」本誌(5/26号)では「保存への期待度」なる指標を挿入していたが、今回は「命のろうそく」なるメルヘンチックな指標で会館の命運の変遷を表現してくれていて、宮沢氏と磯氏に快哉の声を届けたい。

ただ、このモダン建築をめぐる社会情勢は厳しく、本書に登場する建築のいくつかはすでに解体されて存在しない。建築見学のガイドブックとして本書が活用されることが本意なのだろうが、いまはなき建築の記録書的な性格を帯びつつあることは悲しい。しかし、悲観ばかりもしていられない。ならば、「戦後建築の魅力を我々がわかりやすく伝えたい。」これが本書のコンセプトである。

これで東西の巡礼集がそろった。これから巡礼の旅はどうなるのだろうとおもっていたら、この秋からは「ポストモダン編」を予定しているようだ。2008年7月14日刊。発行:日経PB社、定価2200円+税、縦21センチ×横20センチ、216ペ-ジ。イラスト、写真多数。購入をお勧めします。あるいは図書館にリクエストしてください。

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2007年12月29日 (土)

『卒業設計で考えたこと。そしていま』

建築史家で評論家でもある五十嵐太郎さん編による本。著名な建築家へのインタビュ-をまとめたもの。1929252_img

ことしの7月「都城市民会館厄払い」というイベントの一環として「DOCOMOMOフォ-ラム都城」というシンポジウムを開催したが、そのとき特別ゲストとして登壇してくれたのが五十嵐さんである。東北大学准教授でもあり、忙しいはずの氏がわざわざ都城まで、しかも自腹で来てくれたのは、ひとえに都城市民会館の存在のおかげである。

氏はシンポジウムで、会館の価値と保存をユニ-クな視点で訴えてくれたが、帰京後、毎日新聞及び朝日新聞(どちらも全国版)に近代建築と都城市民会館の保存を訴える記事を書き、会館の存在と価値を全国に知らしめてくれた。氏はこれを空中戦と呼んでいて、フォ-ラムの席上でも、東京にいても保存のためにできることとして、その実行を予約してくれていたのだが、きちんとその約束を十二分に果たしてくれた。

五十嵐さんのもっとすごいところは、ほんとうは難しいことを、一般の人に平易な言葉でわかりやすく説明してくれるところで、これはただの専門家にはできないことだ。専門家はどうしても専門用語を駆使しがちであり、そこには専門たるゆえんはもちろんあるのだが、専門家としてのプライドやミエ、優越感があったりして、平易な言葉で専門を語ることは、とことん優秀な人で、しかもぶっちゃけた性格の人にしかできないことだ。

シンポジウムは7月末の開催であり、この時期は飛行機のチケットがいちばん高いハイシ-ズンである。おかげて、東京からの飛行機代だけで7万円、五十嵐さんはプラス仙台までの交通費もいる。このときは五十嵐さん以外に建築ジャ-ナリストの磯さんや建築史家の倉方さんなど、総勢10人のグル-プで来てくれた。宿泊費や飲食費なども含めると、かるくひとり10万円を越す出費っだろう。他に、講師として、東京から来てくれたDOCOMOMOの兼松さんや福岡の田島さんもいるし、九州各地からたくさんの人が参加してくれたので、その経済効果はざっとみて200万円はあったと考えていいだろう。この不景気のさなかに、たいした都城市民会館である。

ケチでビンボくさいわたしは、ふだんは、文庫本以外はなるべく図書館で借りてすますことが多い。これまで、五十嵐さんの本もいくつか図書館で借りて読んだことはあったが、さすがに今回は恩義を感じていたので、せめてものお礼の意味もこめて、この本は本屋さんで見つけて買った。1905円である。倉方さんの「吉阪隆正とル・コルビュジェ」2000円も、こちらは取り寄せて買った。これで今回のシンポジウムのもたらした経済効果は200万と3905円になる。

さて、バカ話はやめて、本の話に入ろう。卒業設計という、ある意味気恥ずかしい作品を快く公開して話を聞かせてくれた建築家は総勢10名である。掲載順に青木淳、阿部仁史、乾久美子、佐藤光彦、塚本由晴、西沢立衛、藤本壮介、藤森照信、古谷誠章、山本理顕の各氏。きっちり五十音順に並んでいるところが、五十嵐さんらしい聡明なところだとおもうし、この人選もすごい。いずれも現在の建築シ-ンで活躍中のメジャ-中堅どころである。いわゆる、大御所的な長老建築家ではないので、年代も近い分、わたしとしては親近感がわくのもいい。

大学を出ていないわたしには、大学あるいは修士の卒業設計のなんたるかを知るよしもないが、学生生活の総決算として、数ヶ月がかりで卒業の命運を賭けて真摯に取り組むものだろうと推測できる。建築あるいは制作・芸術的なコ-スは卒業設計、あるいは卒業制作だが、文系なら卒業論文ということになるのだろう。理系は卒業研究、あるいは実験というのだろうか、いずれも創造的な仕事であり、苦しくとも楽しい仕事であろう。他の分野は知らないが、建築だと実務的な要素はある程度抜きにして、気宇壮大な大胆な計画だったり、そのときもっとも問題意識を抱えていたことがらに、ちまちまとこだわったりする。社会に出て十数年たってからふりかえると、どうしても稚拙なものであるのだろうが、エネルギ-だけは満ち満ちている。本書で藤森氏が、「処女作(卒業設計)にすべてが出ないような人はダメなんじゃない」と言っているように、その人の全性が投影されているのであり、才能ある10人の建築家の作品を見物できることは楽しい。

ここまで書いて、ふと疑問が沸いてきた。医学部には卒業論文あるいは卒業実習的なものがあるのだろうか。まさか卒業手術をするわけにはいかないだろうし、卒業実験というのもなんだか怖い。歯学部は卒業入れ歯だろうか、まさか。おそらく、このブログの数すくない読者のひとりに歯医者さんがいるので、さっそくコメントがかえってくるだろうから楽しみにしています。

それはさておき、2005年11月に初版が出て、すぐ2刷が出ている。建築系の単行本で2刷が出ることは少ない。「卒業設計を見たいという学生の声から生まれた」と本書のオビにあるように、たくさんの読者に支持されているのだろう。五十嵐さんのほか、やはり都城のシンポジウムに自腹で来てくれた磯さんや倉方さんがインタビュア-として登場し、アカデミックな会話をボンボンぶつけているのを見て、あらためて7月のシンポジウムの価値と有為性を感じるのであった。巻末に、五十嵐さん自身の卒業設計が載っている。建築の歴史を専攻していても、やはり卒業設計は必須なのだろうか、そのあたりはよくわからないが、五十嵐さんらしい、変化球的な視点をもつ作品であるのがファンとしては嬉しい。

ことしは市民会館にかまけてというわけでもないが、本をあまり読めなかった。昨日、都城と三股の図書館をハシゴして、正月用の本をたっぷり仕入れてきた。正月は、こたつにへばりついてみかんと焼酎をかわりばんこに本を読むこととしよう。わたしにはまだ知性が不足している。

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2007年6月13日 (水)

松下竜一と上野英信

ことしも「竜一忌」の時期がきました。中津の「ビンボ-」記録作家、松下竜一センセ(松下さんは自称センセ、他称もセンセと言っていましたので)が亡くなったのは3年前の6月17日でした。以来、毎年「草の根の会」主催で「竜一忌」が営まれています。

2週間ほどまえ、「第3回忌を、ことしは6月17日に中津オリエンタルホテルで開催します」という案内が、草の根の会の代表であり、センセとは30年以上の同志である梶原得三郎さんから来ました。残念ながら、わたしの手元不如意と消極的気質、子どもの行事、奥さんとの力関係など、総合的に勘案すると、ことしも欠席ということになりそうです。

案内によると、ことしの「竜一忌」のタイトルは「上野英信と松下竜一」となっています。そういえば、先日、都城市立図書館の新刊コ-ナ-で『天皇陛下万歳』というタイトルの新書版を見つけ、社会全体が右傾化しているように感じる昨今の風潮を、おもわす意識してしまいましたが、著者が上野英信氏だたので、迷わず借りてきたところでした。

上野氏は、すでに1987年に亡くなっていますが、九州の記録作家のドン的存在であり、筑豊のうらぶれた炭坑長屋に手を入れ「筑豊文庫」なる「非国民宿舎」兼図書館、近所の駆け込み寺、九州の作家のネット基地などなどの役割を担った、偉大な建物のあるじでもありました。松下氏も、作家を志した30才代のころ、氏と知り合うべくして知り合いました。師匠とまではいかないまでも、かなり影響を受け、かつ敬愛していたように見うけられます。

わたしが作家・上野英信を知ったのは、松下センセの作品を通してです。センセの文章で数度となく上野氏のエピソ-ドなどに触れ、以来、氏のことを、見過ごせない人物として意識にとどめていたのですが、その作品・本を読んだことはありませんでした。そのアンテナはまだ機能していたらしく、図書館でその本を見たとき「読もう」と瞬時に判断したのです。

その本『天皇陛下万歳』は、日支事変というのか日中戦争というのか、昭和のはじめに、中国を舞台にした戦争において、日本軍の戦闘行為に爆弾決死隊的なものがあり、その隊員であり爆発の犠牲となった「爆弾3勇士」などと呼ばれて、戦前は軍神的扱いされた国民的英雄である九州出身の3人の兵隊さんの記録でした。この作品を読んで、わたしは上野氏の本をもっと読みたくなったのですが、そんな矢先に、「竜一忌」の案内と英信氏に関わるプログラムが届いたのでした。

図書館のパソコンで「うえのえいしん」と検索をかけたところ、「見当たりません」の反応。そんなバカな、ということで今度は「うえの」で検索にかけます。すると、あるはあるは、上野千鶴子さんなど総計400件以上の作品がヒットします。上野氏は、現在では「うえのえいしん」で通っていますが、かつては「うえのひでのぶ」という表記もあったようで、図書館の係員は「ひでのぶ」で入力したのでしょう。なにやら、国民年金みたいなことになってきましたが、もともと、日本の書肆界は未成熟であり、著者の読み仮名、著作の正式なタイトルでさえ確定できないことも珍しくありません。例えば、多くの本はサブタイトルっぽいものを有していますが、それがサブタイトルなのか、正式名称に含まれるものなのか、奥付を見ても判断できない場合が多いようです。したがって、行き違いが起こることは、やむを得ませんが、できましたら、「えいしん」でも「ひでのぶ」でも検索にかかるようにできないものでしょうか。

さて、すっかり話が長くなりました。もう終わりにします。結局、図書館には5、6冊の上野英信氏の本があり、そのなかで4冊を借りてきました。いずれも閉架書庫にあった20年以上前のものです。『日本陥没期』、『火を掘る日日』、『出ニッポン記』、『地の底の笑い話』これらがそのタイトルです。「炭坑」は上野氏のライフワ-クですが、貧困、人権、差別、反権力、これらも氏を語るに欠かせない重要なキ-ワ-ドです。

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2006年6月24日 (土)

月桃と『真振』まぶい

「歌って踊れる建築家になりたい」なんて、まだまだ修行中のころは、そんなことを冗談っぽく言っていた。わたしは踊りはともかく(?)歌はさっぱりであり、典型的な音痴というやつだろう。自分ではそう思わないのだが、まわりはみな、そう言う。でも、音感がないことは自覚している。わたしは、歌のメロディ-を記憶して歌っているだけで、この音はドなのかレなのかソなのかまったくわからずにいる。

さすがに、自分の子どもがそれではかわいそうだとおもい、それに、わが家にもひとりくらい音楽のできるやつがいてもいいなという気分で、下の子をピアノ教室にやっている。先日、その教室の発表会があり、なんと、わたしを含めて家族みんなでアンサンブルと称して、一曲披露してしまった。ふたりの子どもはキ-ボ-ドとリコ-ダ-、わたしはギタ-、奥さんはボ-カルという構成。

曲目は「月桃」。知る人ぞ知る、とても美しい歌だ。あまりに美しいので、毎朝、わが家の前をぞろぞろ通る集団登校の小中学生にもぜひ聞かせてやろうとおもい、道路に面した2階の窓辺にラジカセを外向きに置いて、毎朝30分くらいづつ、1週間ほどこの曲だけ繰り返し流していたことがある。ちょうど、自衛隊のイラク派遣が決まろうとしているころだったか。

この曲は、海勢頭(うみせど)さんという沖縄の音楽家がつくったもので、たしか沖縄戦を描いた映画のための曲だとおもう。先日、飲み屋のカラオケでこの曲を探してみたら、あるにはあったが、沖縄民謡として紹介されていた。民謡ではないとおもうが。

それはさておき、わたしがこの曲を知ったのは、藤原書店という硬派な出版社から出ている『真振』(まぶい・と読む)という本を買ったら付録でCDが付いていたからだ。この本は海勢頭さんの生い立ちと哲学が、沖縄の美しいモノクロの写真に織り込まれるように語られている。

沖縄は悲惨な侵略の歴史を含めて、地理的な条件もあり、文化的な厚みがおおきく深い。だからだろうか、ときにすばらしい思想家が出てくる。文化や芸能だってその人の思想の表現であるから、音楽家にもすばらしい人が多々出てくるのだろう。

さて、発表会はなんとか終わった。小さな会場で観衆は560人くらいのものだ。全体の「月桃」の評判はけっこうよかったようだが、ギタ-のできはイマイチだった。この曲はギタ-のコ-ドじたいはとてもシンプル・簡単なものだが、なにせ、高校生のときに半年ほどで見切りをつけて以来、約30年ぶりのギタ-であるので、ここ1ヶ月くらい毎日練習はしたものの、やっぱりFの音は半分もでてなかった。

623日またず、月桃の花・・・」というフレ-ズが『月桃』の曲にある。623日は沖縄における戦闘終結の日である。昨日、小泉さんも出席しての慰霊祭のようすをテレビで流していた。月桃の花はまだ咲いているのだろうか、久しぶりに沖縄に行ってその姿を見てみたい。沖縄はいい。ハブがいなければなおいいが。

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2005年7月25日 (月)

テルボの本と建築

『天下無双の建築学入門』 藤森 照信 著

 著者はおなじみの建築探偵・藤森さん。建築史が専門だが、実作もいくつかものにし、それが衝撃的な作品ばかりであるものだから、いっぱんの建築家よりも前衛的な実作建築家でもある。前衛といっても、この人の場合は縄文という超時代的な前衛であるが。先日も新聞に氏の近作が紹介されていた。木の上にゆらゆらと載っかている、まさしくツリ―ハウスである。広さは3畳ほどの書斎らしいが、写真で見ると、まさにおったまげの衝撃的なものだった。「また、うちのテルノブがへんなものをつくって」とは氏のお父さんの言葉。でも、この作品は氏の今までのどの作品より評判が高いようで、見学者が引きも切らない状態とか。正直、わたしも身に行ってみたいとおもう。
 なにしろ、空中に高だかと持ち上げられたその高さは6メ―トルあり、一本の古いくりの木をもってきて埋め込んだその上にこの小屋が乗っかっているのである。「高過庵」というのがこの小屋の名称。文字どおり高すぎるからである。途中のクリの枝に掛けられたハシゴを利用して小屋に出入りするのであるが、風がふくたびゆらりゆらりするらしい。
 こんな氏の建築学だけに「天下無双の」というタイトルがついて当然であり、それくらいの豪快な性格が氏の持ち味であることは、友人の赤瀬川氏の自宅、ニラハウス建設の顛末を記した「我輩は施主である」で知っていた。施主に言わせると、藤森教授は超一流の野蛮人である。野蛮人ではあるが、この人は古今東西の名建築をすべて見てきた人である。実際的な体験と、それに裏打ちされた理論も一流であり、独自の豪快な性格で藤森氏の建築学を構築している。そんな人物の本がつまらないわけがない。

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「持続可能な都市」

『持続可能な都市』福川 裕一、矢作 弘、岡部 明子 著  岩波書店 刊

 さいきん、サスティナブルという言葉をよく耳にする。もともとは英語のようだ。これに日本語では「持続可能な」という訳があたえられている。わたしの知る限り、この言葉はおもに建築や都市に対して使われることが多い。
 建築の場合、スクラップアンドビルドという、安普請の建築を「作っては壊し」という状況に対する批判としてある。建築材料はじめ、限りある資源を、一気に大量に産業廃棄物として処理するような更新のあり方ではなく、昔の木造建築のように、木材は再使用あるいは燃料などとして再利用する。土壁だって再使用できるし土に還してもいい。また、やたらとエネルギーばかり消費する建物ではなく、太陽や風力エネルギーを効率的に利用できるように設計し、刹那的な消費を抑制し、建物の構造・空間的な特性による省エネに配慮し、それにより環境に負荷なるべく負荷をかけないようにしようとするものである。
 都市にあっても、基本的には同じである。省エネ、環境負荷の低減につとめ、かつて、歴史上のいくつかの都市が滅亡したような過度な開発を戒めるものとしてあるのだ。

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2005年7月22日 (金)

建築と都市を考える

『住み家殺人事件』松山 巌 著 みすず書房

 タイトルだけだとミステリ-かとおもうだろう。あるいは、住宅の稚拙な間取りに起因する殺人事件の研究書かもと。ところが、本書はきわめて根源的な建築と都市への考察や問いかけを与えるカタイ本だ。副題に「建築論ノ-ト」とあるが、そんじょそこらの建築論ではないということを、この特異なタイトルに込めているのだろう。
 建築家なら、だれでも大規模な計画を喜ぶだろう。大きいものへの憧れというか願望はかくも強い。とくに、超高層ビルなど一生に一度手がけられる建築家が何人いるだろう。わたしだって、もし超高層ビルの設計を依頼されたら、二つ返事で引き受けるだろう。
 しかし、あまりに高度、巨大化した建築や開発が、人間にとって幸福なことなのだろうか。本文から。「建築を新たにつくることは、近代に入ってテロリズムの色彩を強めている。なぜなら、それ以前の時代と比べれは、驚くほどの短時間に周辺環境を変え、人間関係を変えてしまうからだ」衝撃の一文である。そうなのだ。テロリズムはイラクやロンドンだけの話ではなかったのである。ひとつの建物をつくるということは、それだけの行為であるのだ。このことをわたしたちはすっかり忘れてはいないか。「建築は大地に寄生し、環境に寄生しているのである。それが大きければ大きいほど、その影響力は増す。」
 なんでもかんでも依頼人の意に沿ってつくればいいというものではない。

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2005年7月 8日 (金)

町に住まう知恵

『町に住まう知恵』谷 直樹 著 平凡社 刊

 サブタイトルが「上方三都のライフスタイル」とある。上方は関西方面であるので、現在なら大阪・京都・神戸となるところだろうが、この時代(江戸時代)は大阪・京都まではいいが、もうひとつは神戸が抜けて堺が入る。
 江戸時代の日本の都市が、完全なるリサイクル社会であったことはよく知られている。捨てるものはほとんどなかったのだ。社会全体の消費するエネルギ-の総量も現在とは比較にならないほど小さいので、理想的な自給自足のエコ環境にあり、当時、世界有数の人工を擁した大都市でありながら、清潔に秩序よく都市の運営がなされていたことは特記してよいとおもう。同時期のヨ-ロッパの諸都市が糞尿にまみれていたことをおもうと、なおさら優れたシステムができていたものだとおもう。
 さて、本書は上方三都の町屋のシステムを詳細に検討したもの。町屋とは、都市内にある民間の建物のことで、長屋を含む住居や商家のことである。大通りにはミセと呼ばれる店舗が軒を並べ、ミセの奥は細長い敷地割に沿って、住居部、蔵と続く。通りの両側がひとつの町を形成するので、防火造りの蔵が町の境界に立ち並ぶことになり、町の防火上もつごうがいいのある。また、横丁や路地裏を利用して長屋造りの小さな住居がその隙間を埋めている。こうして低層高密度な都市が形成されるシステムは、三都共通のものだが、街並にはそれぞれ三都らしい建築的な特徴があるのを本書は詳細に記述する。
 著者は「大阪市立住まいのミュ-ジアム」の館長であった。巻末にその内容が記されている。江戸時代の町屋を忠実に復元したおもしろそうな博物館である。機会をみつけてぜひ行ってみよう。本棚に置いておきたい本。

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2005年6月23日 (木)

う-ん残念

 サッカ-のコンフェデ杯を朝4時に起きて見るつもりだったが、目が覚めたのは6時。残念。結果をニュ-スで見ると、2ー2の引き分け。俊介の豪快なミドルがあった。ナマで見逃してますます残念。結果、特失点差で決勝ト-ナメントへ出れなかった。ジ-コジャパンのコンフェデが終わった。う-ん残念。

 先日、このブログのペ-ジを見てみたら、あまりのダサさに愕然とする。かりにも建築家を名乗っている者のデザインではない。あわててデザインンの変更をする。といっても、サンプルを選択するだけだけど。とりあえず、変更したつもりなのだが直ってなかった。再度、変更作業に。でも、以前のHPのときよりははるかに簡単かも。
 
 「永遠なる序章」椎名麟三 著 新潮文庫

 数年前に古書店で買っておいた文庫本。わたしは小説はめったに読まないのだが、たまには読みたくなるときがある。でも、こんなカタイものを選ぶとは、自分の中の悪しき教養主義が原因だろう。
 現在しあわせな人、あるいは不幸だとおもっている人にはいい作品だとおもう気がする。なにか感じるところがあるのではないか。どちつかずのわたしとしては、中途半端な印象。でも、ゴミ箱には入れない。とりあえず書棚にしまっておこう。

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