旅行・地域

2017年12月27日 (水)

山頭火 句碑/末吉町

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曽於市末吉町にある山頭火の句碑。平成7年の建立。
先日、庄内町の新たに建てられた句碑のことを記したら、ある人からこの句碑のことを教えてもらったので、さっそく見に行ってみる。
山頭火の記録によると、昭和5年の行乞の旅の際、10月に志布志から岩川経由で汽車で末吉に降りたち、その足で周囲を行乞したと日記にある。
「年とれば 故郷こいしい つくつくぼうし」と刻まれている。この地で詠んだ句である。
現在は廃線となった旧志布志線の末吉駅舎前にこの句碑はあり、場所的にもふさわしい。
刻まれている石も自然石そのままであり、山頭火によりふさわしいように感じる。

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2017年12月17日 (日)

銀鏡(しろみ)神楽

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宮崎県西都市の山深い地区 銀鏡(しろみ) ここに代々伝わる神楽があり、高千穂、椎葉にならぶ宮崎県の三大神楽とも言われ、昭和52年に国の重要無形民俗文化財に指定されてもいる。
民俗的な特徴をよく伝えている神楽とも言われるし、その祭壇に並ぶ猪の生首が取りあげられたりもする。
毎年、12月12日~16日が当銀鏡神社の大祭であり、その一部として14日の夜から神楽が夜を徹して奉納される。
夜8時に第一番がはじまり、計33番まで順次奉納されるのだが、朝の9時頃に8人の子どもも参加する第30番が終わり、第31番は鎮守(くりおろし)といい、祭壇の上から吊るされたロープをしまう所作を演技にしている。
これが終了すると祭壇を撤去し、いったん氏子たちは食事に入り、神楽は昼まで休憩となる。
食事のあと、場所を神楽殿からちょっと離れた小高い場所にある本殿へ移し、本殿祭という儀式を行う。
そして、それが終了してから神楽殿に戻り、いよいよクライマックスともいうべき第32番「シシトギリ」を舞う。これは、舞うというよりも狂言であり、漁師のかっこうをした老夫婦役のふたりと、行司役の白装束の氏子との三人で演じられ、エロチックな内容を含んだ掛け合い芝居だ。神楽殿には祭壇し使用したシバを積み、山と見立てて猪狩りの所作をする内容である。
老夫婦がめでたく狩りをおえ退場すると、こんどは三人の白装束の男たちがさい銭箱をかついで境内を一周する。これが第33番「神送り」であり、三人が社務所に入ると同時に、正装し神屋にいた氏子全員が膳をもち一列に並んで社務所に消えて行く。
これで一晩中そして翌日の昼過ぎまで続いた神楽はすべて終了となる。
すばらしい神楽だ。

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2017年12月 7日 (木)

末吉 住吉神社と流鏑馬

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曽於市末吉町にある由緒ある神社 住吉神社と流鏑馬神事
毎年11月の末に流鏑馬が行われ、大勢の観客を集めているようだ。
ことしは、男女ふたりの射手が各3回づつの流鏑馬を奉納した。
参道の鳥居下からスタートし、約300mほどの直線の馬場を走りながら3つの的を射抜いていく。木製の四角い的の中央にはビニール袋に紙吹雪が仕込んであり、中央を射抜くと紙吹雪が舞う仕掛け。
最後の写真は流鏑馬の矢であり、先端はかぶら型の木製となっているので、人体に刺さることはなさそうだ。
疾走する姿をまじかで見ることができるので、かなりの迫力だ。

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2017年11月 9日 (木)

唐津くんち

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ユネスコ文化遺産に選らばれた九州の五つの祭のひとつ、唐津くんち。
3日間の祭り期間の最終日、町内巡行に行ってみた。
合わせて14の曳き山が唐津神社を出発し市街を巡航する。
けっこう狭い道を巡航するので、道路いっぱいに曳き手が広がっていく。
カーブを勢いよく曳きまわす山もあり、沿道の観衆から拍手喝さいを浴びる。
最後の写真は、祭り期間以外に曳山を収納・展示してある展示館。唐津神社の隣にあります。

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2017年8月20日 (日)

キャベツ畑のひまわり祭

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宮崎県の中部にある高鍋町の広大なキャベツ畑。
数年前の口蹄疫では、この町の畜産業も大きなダメージを受けた。
そんなこんなで傷ついた町の人たちを元気づける意味合いもあり、キャベツ畑のひまわり祭が誕生したようだ。
敷地はとにかく広い、東京ドーム26個分あるそうだ。そして植えられたひまわりの数がなんと千百万本。驚愕の数字である。
見ごろは8月の中旬から下旬にかけて。
ただし、見ごろを過ぎるとただちにキャベツの植え付けにかからないといけないので、このヒマワリは肥料として畑に鋤き込まれてしまうそうだ。
晴天のなか、ヒマワリ畑をうろつきまわり、圧倒的なボリュームに大いに感激させてもらった。
ヒマワリは当事務所にとっては梅にならぶ所花でもあり、感激もひとしおである。

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2017年7月18日 (火)

博多山笠 追山

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7月15日は博多山笠のクライマックス 追山が行われた。
九州を代表する祭のひとつであり、かねてより是非見てみたいと願っていた。
前日の夜に都城を出発し、15日午前2時ごろに博多駅からひとつめの地下鉄駅近くの駐車場に車を停め、徒歩で博多駅に向かう。歩きながら周囲をみると、予想より駐車場は空いていて、もっと駅近くまで来て留めてもよかったようである。
追山当日は午前4時半から博多駅周囲は交通規制がかかる。当日は駐車場もいっぱいなので博多駅周辺は避けた方がよいというネットで拾ったアドバイスに従った。
博多駅前には飾り山も設置してあり、周囲の飾り山と併せて早めに会場に来て、それらを見物しながら時間を待てばよいと思っていたのだが、ところが、博多駅では深夜の2時にすでにほとんど飾り山は解体が済んでいる状態。警備の人に聞いてみたところ、日付が変わる12時・零時から解体をはじめるという。ハヤ。
駅前から続く博多駅前の大通り・大博通りに出る。まだほとんど人はいない。時おり通行人が行き過ぎる程度。
地下鉄の祇園駅のあるところからが追山の走行ルートとなり、時間になると見物人でごったがえすらしい。大博通りは広いので、ビギナーの見物にはちょうどいいというネットのアドバイスである。追山は櫛田神社を出発し、延長5キロの行程でこの周囲を駆け抜ける。途中、細い道や曲がり角もいくつかあり、そうしたところは道が狭いため危険であるそうで、毎年、見物人と接触したりして怪我する人もいるという。
この周囲には飾り山もいくつかあるはずだが、たぶん、博多駅と同じく解体中であろう、飾り山見物はあきらめることにする。
祇園駅入り口の交差点には数人の見物客が待機していた。追山のルートは、この交差点から大博通りにちょっとだけ入って清道と書かれた赤い旗を廻ってUターンし、大博通りから一本北側の筋をめがけて行く。
清道旗の前には東長寺という大きなお寺の門があり、この門を開けて管主が山を見送るらしい。各曳山を担ぐ流れの衆もこのお寺に向かって挨拶をしていくそうだ。
この交差点のすぐ近くに「西流れ」の集会場が設けてあった。マンションの一階の駐車場らしきところにたくさんの人がいて時おり気勢を上げている。周囲の植え込みにかくれているのでよく見えなかったが、そろいのハッピを着た大勢の男たちがいるようだ。
その道沿いにはこの流れへの寄付を記した木製の木札と朱で水引らしき線を入れた白い紙がびっしりと貼られている。
午前3時ごろになるとぼちぼちと人が集まりだしてくる。
簡易のイスやシートを持ってきているのは地元の人たちのようだ。
4時ごろになるとタクシーやバスでさらにたくさんの人たちが集まりだし、周囲はぎっしりと見物人でいっぱいになる。
4時半、警察がロープで規制線を張り、いよいよ通行止めとなる。この時間になると夜明け前で周囲はやや明るくなってきた。見物人はびっしりで立錐の余地もないとはこのこと。
4時59分が追山の開始時刻である。一番最初の流れにだけ櫛田神社で奉納の唄が許されるので、その時間を1分加味しての開始時刻だという。
ここからは櫛田神社まですぐの距離であり、3分から5分というところだろう。まず、そろいの締め込みをした男衆がたくさん小走りでやってくる。ちびっ子も多い。引率する親だかおじいちゃんも目につく。追山が来る前に、まずは東長寺の門前でご挨拶をするならわしのようだ。小さな子どもの声で「これより、○○流れ、・・・・・・」と口上を述べるのが聞こえてきた。
ほどなく、掛け声とともに追山がやってきた。山を担いでいるのが数十人、その周囲を埋め尽くすように百人以上の男たちが取り巻いている。1トンもある山を担いで5キロの行程を走るので、たくさんの人が交代で担ぐことになる。その交代要員であろう。
清道旗をぐるりと回って行くので、この場所はよい見せ場である。テレビカメラも数台来ているようだ。
全部で7つの追山がゴールまでの時間を競うのであるが、1トンもの山を担ぐのであるからとても危険である。足がもつれてひとりが倒れたら山が転倒したくさんのけが人が出るだろう。そこで、担ぎ手は1メートルほどの縄をみな持っている。ふだんは締め込みのお尻側にはさんでいるので、それが追山衆のトレードマークのようでもあるが、その縄を担ぎ棒に巻いて担ぐそうである。そうして、転びそうになったら縄を持って棒にぶら下がる。こうすれば他の人たちの負担にはなるが、転んで山全体が大きなダメージを負うことはない。
担がれる山の中央部は道路にすれすれくらいのところまで丸太でフレームが組んである。おそらく、ところどころでは道にこの先端を擦りながら行くのだろう。これも山が転倒しないための知恵だろう。
わたしの前を駆け抜けて行った7つの山のうち、ひとつだけ山を担いでいたひとりの若い衆が転倒し、あやうく山の下敷きになりそうで危なかった。転倒すると他のたくさんの担ぎ手に足蹴にされてしまう。しかたがない。みな担いで走るのに必死であり、落後者にかまっているどころではない。
どうなるのか見ていたら、山は無事に旗を廻って行き、倒れた若い衆はうめき声を上げながらしばらくうずくまっていたが、やがて立ち上がって走り去って行った。お尻や足に赤いあざや擦り傷らしきものがいくつか見受けられたが、さいわい大けがにはいたらなかったようだった。
最初の山から5分おきに7つの山が迫力あるタイムレ―スを競って去った後、8番目に飾り山がやってくる。他の追山はすべて曳山といい、担いで走るために適度な大きさを保っているが、この山は飾り山であり、背が高く、ギンギラに飾られ、巨大である。追山のクライマックスかもしれない。
この山はタイムレースには参加しない。櫛田神社を出て、この東長寺前の清道旗を廻って、自分の街に帰って行くそうだ。
したがって、ところどころで立ち止まって山に仕掛けられた演出を見せながら、観客の喝さいを浴びている。
5時に始まった追山は、6時くらいに8番目の飾り山が去って行き、この場所での祭は終了した。見物人もぞろぞろと歩きだしていく。
ここから1キロほど先のゴール地点まで急いで行けば、迫力あるゴールシーンに間に合うのかもしれないが、なにせ人が多い、櫛田神社に参拝して帰ることにする。
他の人たちも同じような考えなのであろう、神社はたくさんの参拝者でにぎわっている。
他の飾り山はすべて祭終了とともに解体されるが、ここは観光用に飾り山が一年通して飾られてもいる。参拝の後、ことしの飾り山を裏表じっくりと見物してきた。
神社の広場には曳山が廻って行く参道を囲んで臨時の桟敷席が設えてある。この観覧席は人気があり、チケットを手に入れるのはとても難しいそうだ。
予約等はなく、発売日に数時間並んで手に入れるしかないという。

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2017年6月26日 (月)

知林ヶ島 指宿

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指宿の運動公園やキャンプ場などのある岬の突端から干潮時だけ地続きになる小さな島があり、知林ヶ島(ちりんがしま)という。
年間のうち、3月から10月くらいまでしか陸続きにならないそうだ。
観光協会のホームページでは潮の干満による島が地続きなる時間を公表しているので、その時間に合わせて行ってみる。
島から伸びる砂州は約900メートル、押し寄せる波の影響により、砂州の形状は毎日変化するそうで、だいたい年間に70メートルくらいの幅で砂州は移動するらしい。
砂州には白い貝殻がたくさん打ち寄せられているが、その多くは八目葵貝(はちもくあおい)という遠い昔に絶滅した貝であるそうだ。最後の写真2枚。
なぜ絶滅した貝があらわれるかというと、海底に埋まっているものが海流や波の関係でえぐりだされ、波によって運ばれてくるのだろうとのこと。
適当に貝を拾って合わせてみると、ハート型のふっくらした形が葵の紋章のごとくであるのでこの名が付けられたのだろう。

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2017年2月14日 (火)

宮崎の梅 3題

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高岡の名園 月知梅
まだチラホラ咲き。つぼみがびっしりだったので近いうちに満開となるだろう。
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清武の安井息軒旧宅。文化財に指定されている木造の旧宅が有名だろうが、邸内には梅が多数あり、この時期は梅見の客も多いようだ。こちらは満開だった。梅の香りが室内にまで漂ってきそうだ。
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青島自然休養村にある好燐梅。梅まつり開催中ということで人出は多い。駐車場もびっしりであり、梅園にいたる細い山道は一方通行に規制している。
人出は多いが花はチラホラ。こちらもこれからのようだ。このところの寒さで例年より開花が遅れているとのこと。

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2017年1月 2日 (月)

双石(ぼろいし)山 

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ヒラカワヤスミ設計所登山部の新年第一弾として、宮崎市民に親しまれている山・双石(ぼろいし)山に登ってきた。
標高は509mと低く、いつでも気軽に登山できるような予見だったが、いざ登ってみると奇岩・野趣あふれるけっこうハードな山であった。
もっともポピュラーな小谷登山口に車を停める。そこには山から降りて来たばかりの先客があり、お世話になっている知人だった。なんでも、ほぼ毎週のように双石に登っているという。
その人からガイドマップをいただき、軽くレクチャーを受ける。
そのガイドマップが山中ではとても役に立った。
まずは沢づたいに杉林の道を進む。人工林から天然林に切り替わったあたりに分岐があり、双石の名所である「天狗岩」のあるルートを進む。レクチャーのとおりである。
なるほど、奇岩といっていいい。回りこむと巨大な岩が四角い空地をつくる空池となる。
そこからのルートがよくわからず、いったん下に降りて第二展望台を目指す。
途中からハシゴやロープを頼りに岩肌をよじ登ることになる。
しばらくいくと大岩という展望台があり、ロープをよじ登って小休止。日向灘を背景に宮崎市方面の眺望が楽しめる。
さらに急な斜面をよじ登り、目的の第二展望台にいたる。
山頂は尾根伝いにまだ40分程度かかるそうであり、遅い時間に来たので無理をせず、しばらく休憩してから下山とする。
急斜面が続くせいか、予想以上に足に負担がきているようだ。日ごろの運動不足のせいもあるだろう。
ガクガクする足をいたわるように慎重に歩をすすめ、「象の墓場」に寄って登山口へ。
帰宅したあとネットで見てみたら、この山は登山ルートが多いこともあり、迷うこともあるようである。
今回は無理をせずに正解だったようだ。

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2016年10月 5日 (水)

田上八幡の大楠/日南

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日南市の城下町・飫肥城の近くにある田上八幡宮の大楠。
宮崎の巨樹百選に選定されている。幹廻り9.2m、樹齢400年以上という。
巨樹は好きなので紹介しておきます。自然の偉大な構築物であろう。

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