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2017年6月22日 (木)

山頭火の句碑 都城市庄内町

「あかつきの高千穂は雲かげもなくて」

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山頭火の昭和5年の句である。
このとし、南九州に行乞の旅に出た山頭火は都城市の高崎からおなじく庄内に立ち寄った。
そのとき、手押しポンプで手ずから汲み、飲んだ水がたいへんおいしかったことを日記に書いている。
都城は水道水もうまいところだ。地下水を使用しているからである。
霧島レッカ水という火山灰や礫でできた地層を長時間かけて出てくる水だからうまいはずである。
おまけに、庄内はその雄大な霧島の山懐に抱かれているような地理にあるのであるから、そのうまさは想像に難くない。
山頭火は酒も好きだが、水も好きでよく飲む。がぶがぶ飲む。たぶん、酔い覚ましの水がうまいこととリンクしているのであろう。
そのポンプがあった場所であろうか、現在は消防団の車庫の敷地になっている一角に句碑が近ごろ建立された。
発起人は「都城に山頭火の句碑を建立する会」であり、この会としてはふたつめの句碑である。
ひとつめは市内前田町のお寺の境内入口に立つ。その碑には「投げ与えられた一銭のひかりだ」が刻まれている。わたしも好きな句であり、都城での一句はこれだろうと同意する。
庄内に寄る前の晩に宿泊した高崎新田の「陣屋」という宿屋の近くにも句碑があり、こちらは先述の会とは関係なく、かなり年代も先のものであり、「霧島は霧にかくれて赤とんぼ」が刻まれている。
そういえば、庄内でのエピソードとして山頭火が日誌に特に記している学令前の小さな女の子は健在であろうか、昭和5年当時で4、5歳ということは、90歳ちかい。
もし存命ならぜひお目にかかり、当時や山頭火の話を聞いてみたいものだ。

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コメント

朝倉様
投稿と情報ありがとうございます。

山頭火のことを調べておしえてくださりうれしいです。
小さな女の子は医学の光明及ばず早世されてしまったとのこと、残念です。
また句碑を訪れてみたいとおもいます。

投稿: ヒラカワ | 2017年11月24日 (金) 00時23分

ヒラカワ様

来て頂いたんですね。今日(11月15日)は庄内地区のライフセミナーで末吉、志布志、日南の山頭火句碑めぐりをしてきました。
「日誌に特に記している学令前の小さな女の子」は梶原孝美氏の調査の結果、句碑の東側のお宅の方だと判明しました。当時5歳。残念ながら昭和56年に他界されております。この方は小学校の先生をされ、短歌も詠まれる方でした。ガンとの闘病生活の中で次の句を残されております。「おなかのマグマ なぜさわぐ 医学の力に 光明あれ」
手押しポンプの場所は西側交差点付近だと思われます。句碑を建立するに当たり、場所はやはり市の所有地が良いだろうということで現在地に決定しました。

投稿: 朝倉@庄内地区まちづくり協議会 | 2017年11月15日 (水) 22時23分

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