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2015年1月10日 (土)

池田晶子の本 2冊

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著者:池田晶子、編者:NPO法人 わたくし、つまりNobody、発行:毎日新聞社、2014年11月刊、1500円+税

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著者:池田晶子、編者:NPO法人 わたくし、つまりNobody、発行:毎日新聞社、2014年11月刊、2700円+税

著者は若くして亡くなった哲学系作家だ。小さなころから「わたしはどうして私なのか」「なぜわたしはここに生まれてここにいるのか」などの疑問をずっと考えていたそうだ。

そんなにメジャーな作家ではないとおもうが、一定の固定読者の支持は根強く、NPO法人 わたくし、つまりNobody を有志で組織し、顕彰事業やこの本のように単行本の再編纂をおこなっているようである。

「悩むな!考えろ!」が著者の口癖だ。この場合の「考える」は存在や死・無・宇宙についての純粋な思考であり、わたしたちがふだん「考えている」というときの状態は「悩んでいる」又は「思っている」状態でしかない。
ほとんどの人は「考え」ていないと氏は言う。だから行動や言葉がフラフラしているのであり、義理・人情あれこれを統御できない。

たぶんそうだろう。わたしもそうだ。「考えている」といったって身近な資金繰りだったり、スケジュールの調整だったり、どうしようと「悩んでいる」がほとんどだ。義理・人情にも流されやすい。
でも、建築の設計に関しては若干は「考える」要素があるのかもしれない。いくつかの諸条件はあるにせよ、なにをつくろうがまったくの自由であり、白紙の状態からはじまるのであり、「機能・美しさ・構造・自然」がピタッとはまるまで延々と考え続ける。しんどくも楽しい時間だ。ただしこれは無限のバリエーションの中から最適解を導き出す作業であり、氏のいうところの「悩み」にすぎないのかもしれない。たぶん、それ以前に「いいもの・善きこと」を求めてひたすら考えることが「考える」であろうか。

まだまだ、ひたすら「考える」しかない。そう気付かされただけでも、新年早々いい本にめぐりあえたことに感謝する。

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