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2014年5月 3日 (土)

「異議あり!新国立競技場」

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森まゆみ 編 、2014年4月刊、岩波ブックレットN0・895 520円+税

先日、建築家の槇さんが新国立競技場に異議申し立てをするシンポジウムを開催し、それをまとめた本を読んだ。こんどはそれを市民運動に広げようと、森まゆみさんを中心とする人たちの手による本。

この競技場の敷地である神宮外苑は、日本初の風致地区として景観が厳しく制限されていた歴史をもつ東京・日本でも希有な場所である。

かつて、1940年の東京オリンピックが開催決定(戦時につき返上した)した際、この場所が主競技場として仮定されていたのに、当時の東京大学教授・建築家であった岸田日出刀は猛烈に反対し、ついに駒沢に会場を変更せしめたという。理由は、ここは敷地が狭すぎ、神聖な風致を害するということだったそうだ。

やがて、1964年のオリンピックはこの会場で開催されることになるのだが、1940年の時点ですでに敷地に対する懸念や反対があったことは記憶しておいていい。

また、この地域は風致地区であり、高さ制限は20メートルと厳しく制限されている。ところが、新競技場のデザインを募集した建築コンペの要綱では、高さの規定は70メートル以下とされていたそうだ。

コンペ後、東京都の都市計画審議会が開催され、高さの規定と容積率の緩和を追認することになるのだが、その審議会は一回だけの開催であり、その審議会のメンバー33名に建築家・都市プランナーなどの専門家はひとりも含まれていなかったそうだ。

コンペと審議会の順序、審議会のメンバー構成におおいに疑問が残る結果であるが、オリンピック東京招致が決定する直前の時期であるので、既定路線に反対する雰囲気はまったくなかった状況だったと推測される。

審議会に建築家がよばれなかったことは、日本には信頼される建築家がいないことを意味しているのだとおもう。法で資格を付与された建築士というエンジニアはいても、都市空間や社会生活に関して有用だと認められる建築家はこの国にはいないのである。建築大国のこれが現実なのだった。

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