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2013年10月20日 (日)

モバイルハウス 三万円で家をつくる

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集英社新書/坂口恭平 著/2013年8月 刊/700円+税

坂口さんは熊本生まれの人で、建築家・歌い手・作家など多彩な活躍をしている異色の人のようだ。早稲田大学の石山教授が恩師であると書いてあるので、「なるほどな」とすませてしまってはいけないのだろうが、なんとなくそんな納得をしてしまった。

建築を考えた人なら、だれでも一度は、なぜ住宅地が数千万の金額でやりとりされるのか、なぜ一般的な賃貸住宅に数万円から十数万もの賃料を払わないといけないのか、なぜ大家はただ土地や建物を貸すだけで大金を得られるのか、なぜ人は住むところに窮するのか、なぜ政府は全ての国民に低廉な価格で住まいを保証しないのか、という疑問をもったことがあるだろう。わたしもそうであり、いまでも根本的な疑問としてかかえているが、日々の雑用や仕事で流され、考えることを放棄しているだけである。

土地なんでしょせん持ち歩けるものではなく、所有とはいえ、その利用権を得ているだけでしかない。しかも税金やなんやらで毎年かなりの金額を負担しないといけないし、相続となると切り売りするしかなかったりで、じっさいは所有しているというよりも高い金を払って一時的に借りているという方が実態に近い。

それでも、ほとんどの人が大枚をはたいて、数十年のローンを組んでマイホームを持とうとするのは、政治の無策・貧困に尽きるのだが、住宅ローンという強大な資金の還流を経済という名目で利用し、住宅を商品・産業としてしか考えない愚直な思想にみな毒されてしまっているからだろう。

土地と住宅は買える金額に設定されるので、都城などの地方都市だと土地が60~70坪・建物25~30坪で2000万というところが相場だろう。都市部だと土地は半分ほどになるが、逆に金額は3000万超ということになる。住宅の値段は、いくら払えるのか、いくらで売れるのかという設定で決まっていて、それが原価の根拠として決定される。それが相場として通用しているので、みなそれに従っているというか、そんなものだとあきらめているのである。

しかし、実際は本書のように、ただ人がひとり住むだけなら、三畳程度の部屋を自分で作れば三万円でもできるのである。なぜ商業地ではない住宅地がバカ高い設定になっているのか、賃貸住宅になぜ家賃を毎月数万円払わなければいけないのかという初期の疑問をずっと継続して考え続ければこういう解答もあるのである。

モバイルハウスとなっているのは、この小屋には車輪がついているからである。イザとなれば移動することも容易であり、これなら、なにより現在の建築物の定義にのらないので税金も建築基準法も関係なくなる。

かつて、坂口さんの師匠である石山教授は、「ドラムカンの家」というものをいくつかつくっていた。カワイさんという技術者がそのさきがけであり、巨大なドラムカンが転がっているだけだから土地に定着していないという理由で建築物の定義にはずれるという思想がその根底にあった。さすがに師であり、坂口氏の生まれる前からそんなことを実践し、デザイン的にも完成度のたかいものをつくっていた。ただ、デザイン的にすぐれていたからこそ、広がらなかったのかもしれない。誰もがマネできない特殊な領域になっていたからだ。

坂口氏のモバイルハウスはホームレスの住居をスタート地点としているので、見てくれは問題としていない。とりあえず、雨露さえしのげればいいのであり、実利とコストに徹する。ホームセンターと自力だけで完結する住宅だ。ひとつで三万円、10個なら三十万円であり、これなら家族でも住めるし、だれでも無借金でつくることは可能であり、10年ごとにつくりかえてもいい。あとは土地をどうするかであるが、坂口氏によると、土地はいくらでも余っているのであり、無償で利用していいという篤志家からの申し出が多数あるという。

住宅はもっと自由であっていい。坂口さんのそんな希望はしごくまっとうな考えであるとおもう。ありきたりの家と動かない土地に縛られる必要などまったくない。

「人間は思いつくけれども、なかなか試さない。なぜなら、試すということにはいつも危険がひそんでいるから。でも人は試さないと次へは進めないのだ。」本書の言葉から。

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