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2012年2月26日 (日)

いのちの塔/岩切平建築展から

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建築家岩切平さんの建築展に行ってきた。恒例の青島の展覧会のあと、今回はとくに県内3か所を巡回することになり、その串間市での展覧会のようすである。

今回の展示は、昨年の東日本の大地震を受けての内容である。氏いわく「ことしは震災を考えないわけにいかない」「そうしないと建築家はなにをやってるのと言われちゃう」おっしゃるとおりである。

そこで、氏の提案は「いのちの塔」。モニュメントのようでもあるが、ちゃんとした用途のある建築であり、まずは「シェルター」として機能する。つまり、地震時の緊急避難所である。地震が発生したらまずここに逃げこむ。RC造の塔であるので津波にも流されない。小さい方のタワーには非常用エレベーターが付いていて、停電時でも機能する。大きい方は300人収容のスペースがあり、ここで1週間程度生活できるだけの水と食料、毛布などを備蓄しておく。

さいしょの写真の地図模型は宮崎市の青島地区であり、緊急時に逃げ込めるような高台は遠く、避難できそうな高いビルもない。めやすとされる5分以内に安全な高台やビルに避難できる人は少ないだろう。そこで、てきとうな場所にこの塔を建て、集落にいる人全員が避難できる場所をつくるのである。写真では見づらいが、模型上には3か所の塔が集落のなかに建っている。これで、ほとんどの住民がカバーできる。

危険な場所には住まないのが鉄則である。昔から住宅は大水や台風、崖崩れなどの自然の脅威から守られるように、あるいは、経験則として安全な場所を選んでつくられてきた。ただ、近代になってからの都市化による膨張と経済は、その鉄則をネジ曲げてきた面もある。海岸部では数百年ごとに津波に洗われ、壊滅的な被害を受けた記録もある。そこでは、安全な高台に人が住み、働ければよいのだが、漁や農業をなりわいとする人はそうもいかない。そこで、リスクを承知で海岸ちかくに住む人たちは、とりあえず避難できる場所を確保すればよい。建物は流されてもまたつくればよい、とりあえずいのちさえ助かればなんとかなる。これが数百年スパンで必ず遭遇するしかない津波に対する身の処し方として日本人がとりうる適切な対応であろう。

塔のもうひとつの機能は、文化財や記録の保護塔でもある。建物なり人工物はまた復元できる。ただ、それを復元するには記録が必要である。貴重な文物の文献なり模型なりのデータ・記録をこの塔に保存しておく。住民の基礎的なデータもバックアップをここに保存しておけばいいかもしれない。万が一、役所が壊滅状態になってもデータが残ることの有用性は今回の地震でも証明されている。

氏はこの「いのちの塔」一か所あたりの建設コストを1億円と試算する。3か所、3億円でとりあえずこの地区の住民のいのちと記録は保護できる。これを県内の沿岸部に100本つくれば100億円であるが、この100億を高いとみるか安いとみるか。

氏は3月の地震後、島原や東北、北海道まで足をのばし、震災や噴火の傷跡を見てきた。そこに残る巨大な土木構造物や見せ物と化した感のある震災の爪跡、復興後の非人間的な寂しい風景を写真におさめて展示している。建築家はいまなにをするべきか考えさせられる展示であった。

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