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2012年1月29日 (日)

吉松邸/串間

  串間市にある吉松邸。大正時代に建てられた豪勢な住宅であり、平成20年に国の重要文化財に指定された。吉松家は串間市の政治経済に重要な役割を果たしてきたという。その権勢を誇るべく、市内の中心地に豪壮な館を建てた。

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白いしっくい壁の蔵と対面して主屋が建つ。その間を奥に通路が伸び、付属棟が数棟並ぶという構成。右端の写真は表門からみた主玄関であり、ここが使用されるのは年に数回あるかないか、だったらしい。看板の右手の建具が店の入り口であり、館内の見学を希望する人はここから入場する。その奥に住宅としての普段の玄関もある。

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吉松邸は串間市役所に隣接してあり、市役所側からもアプローチできる。左の写真は市役所側に建つ蔵であり、廻りこんで上術の写真でみた通路にいたる。中の写真は斜めに主屋と通路で結ばれた付属棟であり、かつてはビリヤード場だったか舞踏会場として使用されてそうだ。右端の写真は屋敷内に隣接してある愛宕社。

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案内看板と重要文化財の指定書。指定の理由は豪邸の精緻な意匠性であるという。建物は外部の通路に面して二階建ての店と住宅部が建ち、それに直行して仏間棟と玄関棟が南側に伸びる。そして玄関棟のさらに先に主座敷と風呂、離れ的な小部屋が付けたされたように奥に配置される。

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仏間棟の中心にある仏間。中央に仏壇、両脇に神檀が鎮座する。仏壇には精緻な彫刻が施されている。左右の神檀は右が妻入り、左が平入りという型式。仏間の左側には二間つづきの座敷になっていて、現在は串間市の歴史資料が展示してある。

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玄関に続く座敷と応接室、洋間。青竹の緑が鮮やかなのは玄関の障壁画。保存状態はよく、この邸の目玉のひとつになっている。

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この建物のもっともハレの室である主座敷。15帖と10帖の二間続きになっていて、天井高さも3.5mほどあり、縁側がぐるりと取り囲む。

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主座敷のさらに南側に離れ的な小部屋があり、左の写真の廊下を渡って左手に入口があり、右側は浴室になっている。中の写真はこの廊下の入口にある雨戸の戸袋を開閉するための小開口の意匠。櫛形に壁がくりぬかれている。右写真は離れを外部から写したもの。吉松家はこの地域有数の材木商でもあり、この部屋は都井岬を領有していた秋月家の家臣の詰所として使用されていたこともあるという。

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各室に使用されている襖の意匠のなかから3種。紙ではなく、布地のようだ。

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写真では見づらいかもしれないが、特筆しておきたいのが建具金物。機能はクレセントと一緒であるが、建具の縦桟に埋め込んであるので見た目がとてもすっきりしている。昔の引き違いのカギというと、ねじ込みくらいしか知らなかったが、大正時代にこんな金物があったのだろうか。各室をぐるりと囲む縁側の建具は、全てこの金物であり、ちゃんと動く。

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縁側部の庇と、上部の主屋根とでは瓦の寸法が違う。庇部は小さい瓦が使用されているのがこころ憎い。

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急ではあるが登りやすい階段を上がる。中間に踊り場的なつくりがあり、両側に動線が振り分けられているおもしろい階段だ。右の二枚は2階の座敷。

時代の移り変わりにより、この主家は没落し豪壮を誇る屋敷も荒廃し売りに出されることとなる。それを串間市が買い取り、市民のための施設として再生したのが5,6年前のこと。そして3年前に重要文化財となった。串間市の宝としてたいせつに使われるだろう。

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