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2010年12月 2日 (木)

都城まちづくり学習会

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南九州大学の北川さんという人から案内をいただいた。氏とは3年ほど前に市民会館の件で面会したことがある。また、竹の会の岩切さんとも懇意であり、竹の会のゲストスピーカーとして来訪してくれた際に講話を聞いたこともある。

12月の4日に都城市内の大学キャンパスで表記の催しがあるそうだ。よかったら来てくださいというメールをもらった。今回は10名のゲストがそれぞれの分野での活動状況などをスピーチしてくれるらしい。おもしろそうなので行ってみたいとおもっている。

ただ、わたしは、「まちづくり」にはあまり直接的な関心がないし、まちづくり的な運動に関わったこともない。市民会館の保存運動には関わったが、直接的なまちづくり運動ではない。ただ、広義で解釈するとまちづくり的な要素を含んでいるとは言えるかもしれないし、自分のまちに関心がないわけではない。

「まちづくり」という言葉もわたしはナナメ的に考えている。まちは誰かによって特定の方針でつくられるものではない。かってにできるものだ。ただ、中には強烈な個性を持った人がいて、「○○をしたい、こんなものが欲しい」という強い自己主張と実行力が周囲を巻き込んで、結果的にまちづくり的なことになってしまうことがある。そんな個人の活動の総体が重層的に積み重なって、あるいは歴史となって結果的に魅力的なまちや「まちおこし」的なことになることはあるだろう。それを他に適切な言葉がないので「まちづくり」というのかもしれないが、「まちづくり」や「まちおこし」を目的としての「まちづくり」はうまくいってないような気がする。

たいせつなのは個人の強い思いこみであり自己主張だ。その無知と情熱が知ったかぶりの小利口な人たちを看破し、周囲や行政を動かすことがあるからおもしろい。だからまちづくりにたいせつなことは、強い思いこみを持つ人たちを育てることに尽きる。こういう人を「○○バカ」と呼んだりもする。なまじ、年を重ねたり知識を積んだ人だと、「そんなこと無理だよ」と動く前から否定的になってしまうので、やはり若い人の方がいいのだろうか(例外はたくさんあるが。)そんな人たちが常識を疑い、好き勝手にいろんなやりたいこと(反社会的なことは論外)を追求してくれればいいし、楽しそうならそれに便乗することもあるが、ただの「バカ」だと周囲の共感や理解が得られないので、やはり一定の人格や見識は必要だろう。そういう人を魅力的な人という。

そういう人たち10人の話が聞けるのならおもしろいイベントだ。興味のある人は直接チラシの連絡先にあたってください。いちおう、予約が好ましいと案内にありますので。

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