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2010年7月 5日 (月)

角屋/京都島原

先日、井上章一氏の「性欲の文化史」を紹介したところ、思いのほか反響があった。気を良くして、今回は、氏がその論考で取り上げていた京都の角屋を取り上げます。井上氏はその文章で、桂離宮と角屋(すみや)との関連・類似性を指摘しているのですが、難しい話は抜きにして、一流の建築を見てほしいとおもいます。

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遊郭建築と言えば語弊があるのかもしれないが、揚屋建築。あるいは置屋建築と言っても通じないと思うので、遊郭の中で最高格式の店という言い方をしておきます。京都の島原(通称)という街は、かつて京都屈指の遊里であり、たくさんの遊郭や置屋、揚屋が並び、たくさんの遊女や客で賑わっていました。といっても、いまでは輪違屋という店が一軒だけ芸妓・大夫のいる店として営業しているだけで、当時のにぎわいはまったくありません。

上の写真は角屋の内外観です。左の写真は道路から門をくぐったところの中庭に相当する場所で、正面の入口が美術館の受付となっています。1階は美術館(正式には「角屋もてなしの文化美術館」という)として一般公開(有料)されていて、贅をこらした座敷や美術品、広い台所など揚屋建築の遺構を見ることができます。2階は予約制・別途料金で特別公開としているようです。

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さすがに一流の格式だけあって、そのディテ-ルも贅をつくしながらも洗練されています。当時の、できればこんな店で遊んでみたいとおもわせる設えになっているわけです。遊郭というのは、単なる性愛の空間だけではなく、歌詞音曲、文学、絵画などの文化的なサロンでもありました。最高の格式を誇る角屋は、最高の趣味人や文化人を顧客としていたわけです。そして、もてなす女性側の最高位である太夫ともなると、それらに関する高い教養も必須だったそうです。右の写真は座敷から見る名物の松の姿。

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左の写真は遊里・島原を区画する大門。京都市の文化財にも指定されています。その右は門の周囲の竹の柵。遊郭だけに使用される意匠だったとおもいます。角屋の周囲にはこの写真のような街並みがいくつか残ってはいますが、人通りも少なく、寂しい印象であることはぬぐえません。右端の写真は島原で現在唯一営業している「輪違屋」。玄関先の街灯に輪がふたつ並んだ紋章が入っています。輪違屋は角屋から歩いてすぐのところにありますが、こちらは見学はできません。営業していますので、利用することはできますが、京都の一流どころの店は一見さんお断りであり、この店もそのならいですが、ツアーなどで行く方法はあるようです。詳しくはネットで検索してみてください。

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