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2010年3月 9日 (火)

1/2成人式・将来の夢

201003043896 2010.3.4 五十市小学校体育館

1/2成人式?

わたしには10歳になる子がいます。先日、その子の小学校の参観日があり、そのタイトルは「1/2成人式」でした。つまり10歳ということは、一般の成人式・二十歳の半分、だから1/2なのでした。

写真は会場の五十市小学校体育館です。わたしの母校でもありますが、いまから40年ほど前にここに通ったわたしたち世代では、ひとクラス40人×5クラス×6学年で1200人ほどの生徒がいました。きょう見てきたところでは、ひと学年3クラスで120人弱であり、わたしのころとは三分の二以下ということになります。わたしよりひとまわり上の団塊の世代のころは、1500人くらいいたという話ですので、少子化が身にしみて感じられます。子どもが半分になっているのに、人口は微減ですので、医学と薬学の進歩に感謝しますし、高齢化社会が到来しているということです。

1/2成人式のメインは、生徒それぞれの将来の夢の発表でした。大きくなったら何になるというやつです。わたしの場合は「歌って踊れる建築家」を大人になってから夢に描いて今日に至りますが、子どもの頃の夢はオリンピック選手だったりパイロットだったり、それなりに当時のトレンド的なものだったと記憶します。

さて、結果はというと、女の子では、ケーキ屋さん(さいきんではパティシエという)と、幼稚園あるいは保育園の先生、医者(とくに小児科)、タレント(歌手)と続くようでした。これは新聞やテレビで見る通りの結果であり、なるほどとおもいます。あと、意外に薬剤師が多かったのですが、これはどうでしょうか。わたしは薬剤師のことをよく知りませんが、けっこうな数の子どもが薬剤師という職業をあげたということは、それだけ社会に認知されているわけです。

次に、男の子です。さすがにこちらでは、約10人くらいずつが野球選手とサッカー選手をあげ、第一位を分け合っていました。わたしのころは野球選手はあっても、サッカーはありませんでしたので、興味深いものがあります。次に多かったのは大工さんです。他には、薬剤師も数人いましたが、学校の先生がひとりもいなかったのは意外でした。自衛隊の駐屯地が校区内にあるせいか、自衛官をあげた生徒が数人いたのは地域性を示しています。

わたしが小学生のころ、約40年前と比べると、目立った変化は薬剤師とサッカー選手です。どちらも、40年前は皆無でした。ただ、これをスポーツ選手と医療従事者というカテゴリーに分けなおしますと、どちらも順当な結果となりますので、現代の業務細分化が子どもの世界にも波及したということになり、取り立てるほどの話ではなくなります。

次に、大工さんはどうでしょうか。40年前、大工さんはポピュラーな職業でしたが、高度経済成長とともに、だんだん人気がなくなっていったと記憶します。それが、ここ10年くらいでしょうか、子どもたちの人気の職業に返り咲いています。一時期、職人よりホワイトカラーをよしとする風潮が高まり、大工さんも人気を落としていました。しかし、子どもは元来、ものづくりが大好きであり、プラモデルやブロックが人気のおもちゃです。そのなかでもっとも大きいのは建築であり、大きさではチャンピオンと言える家をつくる大工さんにあこがれるは、子どもの普遍的な性質なのかもしれません。

わたしは、十人ちかくの子が、いい家あるいはかっこいい家をつくる大工さんになりたい、という決意表明を聞きましたが、ついぞ、「建築家になりたい」という声は聞きませんでした。このことは、建築家が薬剤師よりはるかに認知度で落ちることを意味します。

一時期、「失楽園」の主人公が売れっ子の建築家だったり、田村正和やキムタクがやはり建築家を演じたりで、高校生や中学生の人気の職業に建築家が上位に位置するようになりました。そのことを、わたしは肯定的に見ていたのですが、まだ小学生にはその理解は及んでいないようです。

もうひとつ、ついでに言及しておくと、子どもの夢を壊す気はないのですが、現代では家をつくるのは大工さんではありません。もちろん例外はありますが、ほとんどは工務店です。あるいはハウスメーカーです。大工さんが主体的にかかわる例は5%を切っているでしょう。さらに、建築家が主体的にそれにかかわる例も似たような状況です。

かつては、まさしく大工さんが住宅をはじめあらゆる建築の建設について主導権を握っており、正しい意味での棟梁でした。ところが、現代ではほとんどの大工さんは建築工事にかかわる多くの職方の一部門にすぎなくなっています。つまり、木材およびそれに類する材料を扱う職人さんとしてです。もちろん、木造住宅の場合は、それでもその職方のしめるウエイトはかなり高いものがありますので、最重要な職方であることには変わりありませんが、墨つけもできず、プレカットにまかせ、単なる下請け仕事に従事する人たちを大工とは呼んでも棟梁とは呼べません。

かわりに、家をつくる主導権をにぎりつつあるのは建築家です。まだまだ数は少ないですが、建築家に設計を依頼し、わたし(たち)に相応する個性的・個別的な家を指向する人と実際にオーダーする人は確実に増えています。営業センスと政治力に欠ける建築家ですが、真面目だけがとりえですので、少しづつですが、個性化と安心を追求する時代風潮にのって、住宅建築の現場に進出してきました。昔は、家は人並みに、よその家と同じようにが一般的でしたので(いまでもそうだが)、住宅のニ-ズも分極化してきているといえるようです。

さて、数年後、10歳の子供たちが将来の夢を語るとき、建築家が多数あり、大工さんが少数になっているでしょうか、もし、そうなっていたとしたら、わたしはそれを喜んでいいのでしょうか。それは日本にとっていい傾向なのでしょうか。わたしはそれを半分は肯定しますが半分は危惧します。

建築家も医者も弁護士も、専門技能を駆使する職人です。大工さんも同じです。その意味では自分の職能である建築家が上位に来ることをわたしは歓迎します。ただし、職人は仕事がつらく安月給であり、医者や建築家は高給取りで仕事が楽、(室内仕事という意)だからという理由ならノーサンキューです。

医者も弁護士も建築家も政治家も職人さんも、おしなべて、その職方のトップクラスの人間は、ほぼ等しい収入を得られる社会がわたしの理想です。そのとき、子どもの将来つきたい職業に建築家が多数あがってきたら、これをわたしは喜ぶでしょう。

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