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2008年11月21日 (金)

都城市立美術館と山内多門展

東京でフェルメ-ル展が開催されている。見のがしてはならじと、今年の夏ごろからカレンダ-にチェックを入れているのだが、いまだに行けていない。やっぱりわたしはイケテナイ。なんてダジャレを飛ばしているうちに会期末の12月14日が迫ってきた。

麻生総理が給付金を支給するという。わが家は親子4人で6万4千円になる。こうなったら、(これでは足りないが)これで東京に行こうと家人にそれとなく聞いてみたが、あえなく却下。「絶対にそんなことには使いません」ときた。日ごろの態度が悪いので自業自得だ。

高速道路1000円で乗り放題になると聞き、東京まで行くことを考えてもみたが、ガソリン代が往復で2~3万はかかるだろうし、ETCという条件があるらしくガックリくる。そもそも、給付金も高速乗り放題も12月14日どころか、クリスマス前もあやしくなってきて、いつのことになるのやら、いっそのこと立ち消えかもしれない。

遠ざかりつつあるフェルメ-ルはさておき、現在、都城市立美術館では「山内多門生誕130年展」を開催している。11月30日まで。一般800円。

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山内多門は都城出身の日本画家であり、全国的には無名のようだが、川合玉堂、橋本雅邦を師として明治大正期にそれなりの名声を得る活躍をしたようだ。都城市立美術館には100点、宮崎県立美術館には34点が収蔵されていて、郷土ではなじみの深い画家である。

今回は昭和11年に東京で開催された遺作展以来の、大規模な回顧展ということで、県内はもちろん、東京、宮城、静岡などの美術館からも作品をかき集めて、生誕130年にちなんで130の作品を展示している。当地では初公開という作品も多く、これだけの展覧会は、おそらく最初で最後になるだろう。

担当した学芸員の富迫さんのイチオシは「雨後筑波」(S2)年のようだ。「長江大観」(S4年)にも高い評価を与えている。それに出世作ともいえる「驟雨」(M40年)が今回のベスト3となるのだろうが、130点という膨大な作品のなかには、他にも「オッ」という作品が多門ファンならずとも散見できるはずで、いくぶん欲張りぎみの展覧会となっている。

都城市立美術館は、このような力の入った独自の企画展を年に1回程度開催していて、芸術にかける気概を感じる美術館だ。昨年は10年ごしの大型企画「メッセ-ジ2007」展が好評だった。地方にあって、地道ながらコツコツと、地方らしい役割と存在感、企画を打ち出す優秀な学芸員を擁している。1995年に宮崎県立美術館ができるまで、県内唯一の公立の美術館として(県立博物館が代替機能を持ってはいたが)先駆的活動を果たしていたので、その伝統が受け継がれているのだろう。

初代(?)館長を長くつとめた野口徳次氏は画家としても指導者としても卓越した人物であり、その基礎を築かれた。わたしも高校時代に美術の教師として、ちょっとだけ指導を受けたことがあるが、その熱くユニ-クな思想は記憶にのこっているし、はじめて強靭な思想や文化の存在に覚醒させられたひとりだった気がする。その徳次氏はすでに亡くなって久しいが、ご子息は市役所の建築の部署に長く在籍しており、奇しくも都城市民会館のことをよく知る担当者でもあった。4、5年ほど前のことだろうか、まだ市民会館の保存運動がはじまる前のことだが、ある宴席でそのご子息(当時は市役所を定年退職して新文化ホ-ルに嘱託?で在籍していた)とご一緒する機会があり、「お父さんが存命なら、絶対に解体に反対したはずだ」とつい、暴言をもって口論を挑んだことがある。そういえば、そのご子息も先年、若くして亡くなられた。

酒を飲んで暴言を吐く自分も、飲まずにおとなしく愛想笑いをする自分も、どちらも本当の自分なのだろうが、せめて家族とつつましく暮らせるだけの分別と甲斐性は持ち合わせたいので、酒は自戒しなくてはいけないとおもいつつも、「酒飲まずして人生か」という、弱い人間特有の稚気も消えない。たぶん、これからも自己嫌悪とともに恥をさらしながら生きていくのだろう。

財政難のおり、文化的な予算は削られがちなことであり、美術館や図書館などは厳しい運営が続くのだろうが、今後も南九州の芸術文化の灯を気分だけでも明々と点しつづけて欲しいものだ。

会期が迫ってきました。都城に来訪の際は「山内多門展」にぜひお立ち寄りください。

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