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2008年8月10日 (日)

安井息軒旧宅

都城から東へ40キロメ-トルほど行ったところに清武町がある。このまちは江戸時代は飫肥・伊東藩の領土の北限であり、これより南は飫肥藩であると書かれた石碑が小高い丘の上に建つ「きよたけ歴史館」の前庭に立っていた。

安井息軒はこの清武で生まれた。江戸時代後期の著名な学者らしいが、あまり知られてはいないとおもう。森鴎外の「安井夫人」という作品の主人公のモデルは、この人の佐代夫人であり、容姿端麗で夫おもいのうらやましい女性だったとのことで、もしかしたらこちらの方が有名なのかもしれない。息軒は飫肥の藩校で学問を教えたあと、江戸へ出て勉学に励み、私塾を開く。ちょうと、NHKでやっている「篤姫」のころと時代的には重なりあっていて、水戸の徳川斉昭や江戸の勝海舟とも交流があったようなので、もしかしたらドラマ「篤姫」に登場するのかと館の職員に聞いてみたら、「知りません。たぶん、出ないでしょう」とのこと。

息軒の生まれた家が「きよたけ歴史館」のすぐ隣にあり、正確に言うと、息軒の生家の近くに、数年前、この歴史館が建てられた。この旧宅は以前にも一度訪れたことがあるが、近年、復元改修してあらためて公開されている。20余坪ほどの小さな家だが、シンプルで好感のもてるいい住宅だった。1799年に息軒は生まれているので、200年以上も前の建築ということになる。

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道路から階段を上がると正面に大きな玄関が見える。内部は8帖に床の付いた上座と、10帖の下座からなる座敷がメインである。

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左は玄関西に位置する台所(かまや)、中の写真は上座の西に位置する納戸(昔の寝室だろう)の木組。左の写真は座敷上部の萱葺き屋根の小屋組だが、となりの納戸からの西日の照り返しで照明があるように明るく照らされている。

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左から裏側(南側)の外観、道路からのようす。

10帖と8帖の座敷、6帖の納戸、3帖の書斎、4帖の勝手(食堂だろう)、かまど、これがこの旧宅の内部空間のすべてである。座敷には東側に面して縁が取り付いている。スケ-ルを持参していなかったのでモジュ-ルは不明だが、畳は京間より小さいように感じた。全体の配置が東向きなのは理解に苦しむところだが、息軒の父親も学者であったので、早朝の勉学のための配置なのかもしれない。本来は90度振れた南向きだったのかとも考えたが、そうすると玄関が台所(かまや)前を通ってからのアプロ-チになり、堂々とした玄関の魅力が失われてしまうようだ。

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