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2008年8月 7日 (木)

チベット解放は成るか

Scan10005  文藝春秋 2008年7月刊 定価 本体1429円+税

いよいよオリンピックだ。東京、ソウル、そして今回はペキン。やはりオリンピックは世界のストリ-ムを投影しているのだろう。そして、わたしのようなスポ-ツ好きには最高のイベントである。世界の一流アスリートのプレ-を堪能し、日本選手に声援をおくる、4年に1度のぜいたくな楽しみだ。

ところで、オリンピックの聖火リレ-に合わせてチベットが話題になっていた。そんなわけでオリンピックに合わせて本書を読んでみた。そこにはチベットの過酷な現実があった。本書を読んでから、あるいは読みながら、中国でのオリンピックを見れば、また違った感興も沸くだろうし、テレビで見る中国各地の風物も興味深く見えてくるだろう。

テレビで見るかぎりでは、中国人ものびのびと自由に好きなようにオリンピックを楽しんでいるようだ。ずいぶん自由な国になったものだと隔世の感がする。しかし、これは、主流である漢民族で、しかも体制に沿った行動の場合に限られるのだろう。チベット、ウイグルに代表される少数民族社会においては、漢民族の移民政策とともに同化政策がすすめられ、固有の文化は破壊され、まして独立や体制批判なんて口に出すと、おぞましい拷問付きで弾圧される社会が本書に描かれている。

チベットは1950年、中国の武力侵攻にて支配下におかれるまで、れっきとした独立国だった。ダライ・ラマも中国のいうような非道な搾取者ではないようだ。わたしが、世界でもっとも見に行きたい建築のひとつであるポタラ宮はチベットにまだある。これは世界遺産だからもう壊せまい。しかし、チベットに数千あったといわれる寺院はことごとく破壊された。オリンピックを楽しむおおらかな中国が表の顔であるなら、ギョ-ザ事件をはさんで、チベットとウイグルに裏の顔があるようだ。国家は怖い。日本もかすかながら、だんだん怖い社会になりつつあるのではないか。

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