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2008年5月28日 (水)

宮崎県の照葉樹林・徳蘇山系

先日、竹の会の例会が青島であった。今回のゲストは地元青島に在住する植物社会学者の河野耕三さん。河野さんはことしの3月まで県内の農業高校の教師だった。そして現在は綾町にて照葉樹林の担当をしているそうだ。その河野さんから青島周囲の植生などについて、幅広い話を聞くことができた。

照葉樹林といえば綾であり、綾といえば照葉樹林だ。日本を含むアジアの広い地域に分布する常緑の広葉樹林帯のことであり、日本はその北限であるという。タブとかカシなどの肉厚の濃い緑色の葉をもつ樹種が多いことからそう呼ばれる。かつては西日本の多くがその樹林帯であったのだろうが、数千年という時を経て、開発や伐採、勤勉な国民性により人工林に置きかえられていることは周知のとおり。いまや日本の山は杉と桧で覆い尽くされ、多くの人が花粉症に悩まされている。そのなかで、綾には日本最大の面積をもつ照葉樹林が残されている。そんなわけで、綾の照葉樹は脚光を浴び、いまや世界遺産に指定しようという人もいるほどの盛り上がりである。

面積では綾に軍配を譲るものの、質では綾を凌駕するのが今回の徳蘇山である。宮崎市の南部にひろがる双石山や椿山、そして北郷の猪八重渓谷にかけてひろがるのが徳蘇山系であり、青島から堀切峠、ウド神宮にかけての風光明媚な海岸線の内陸側ということになる。

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上部中央の水色部分が木花の水田地帯。その海岸側に運動公園がある。右上のポツンと飛び出た島が青島である。地図の左側に緑の部分が南北に伸びているのが自然林の照葉樹林帯であり、この周囲が徳蘇山系ということになる。地図の茶色の部分が杉や桧などの人工林であり、かなりの部分が茶色に覆われている。この徳蘇山には、多種多様な樹種があるという。青島が亜熱帯性の植物であるビロウに覆われていることでもわかるとおり、ここには亜熱帯系の樹種が豊富なのだという。植生が亜熱帯的で豊富であるということは、多様な生き物がいることでもある。ここには多様な昆虫あるいは鳥、大型の生き物まで見ることができる。そんな大自然の森が空港からわずか10分というというところにあることが驚きなのだそうだ。なんでも、県庁所在地で大規模な自然林をもつ都市は、札幌と宮崎だけであるそうだ。札幌は北海道大学の演習林が開発から自然を守った。宮崎ではこの徳蘇山が金と人がいないことをさいわいに、開発の及ばない辺鄙な地ということで残された。

このことは青島と宮崎の将来にとって宝の山を持つことに等しい。現在、都市近郊における自然のニ-ズは高い。安心して豊かな自然にふれあえる場所は、東京の高尾山を筆頭に、都会人の癒しの場所として高いニ-ズがあるのである。河野さんのもとにも、東京や大阪など都市部からの宮崎での自然探訪のちょいとしたミニツア-の照会があるという。木花の運動公園を拠点に、南に海あり山あり川あり-しかも本物の自然が残る-、ちょいとした岩のぼりもできる。また神話や神楽などの文化的要素もここにはある。このコンパクトでアクセス容易な青島周囲の地域は、とても魅力的であり可能性のある地域なのであった。

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これが徳蘇山系の手付かずの照葉樹林。

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森の内部はこんなふうになっている。

本物の豊かで魅力的な自然が、金がないことをさいわいにこの地に残されている。これをたいせつにしたい。県庁だってそうだ。建て替え計画はあったが、金がないことで立ち消えになったのである。宮崎県のこれからの観光のヒントがここにはあるのではないだろうか。何もしないことでせっかく残された本物の自然を、なにもせずにそのまま残すのである。なにもしないといっても、必要最低限のことは必要であるが、ハッタリやコケオドシ的な要素は排除し、訪れる人の便宜を考えた一定の質と品のある環境整備をおこなうのである。ハコモノは極力抑えることはいうまでもない。

ついでに言うと、現在シ-ガイア近くの海岸に計画されている砂浜を守るための巨大なコンクリ-トの突堤は、はたして必要なのだろうか、もっと宮崎らしい解決策はないものだろうか。もともと、余計な?人口ビ-チとマリ-ナをつくったことで海流が変わり、砂浜が侵食されたことがその発端だという。マリ-ナはともかく、人口ビ-チは海水がよどんでいて泳げたものではない。あきらかに失敗策だとおもう。その失敗をさらに巨額な金額を費やす人工物で補おうとする。失敗作を取り除くための出費は批判されるが、巨額の補助金をともなう新たな人工物をつくることで、地元の土建業が潤うことで批判もやわらげられるのだろうが、そんな姑息な思想のおかげで、自然破壊と資源のムダ遣いが行なわれていいのだろうか。せめて、重機を廃して人間の手でできる範囲での改変にとどめることを考えたらどうだろう。それなら失敗しても傷も浅いし、手の痕跡がのこる構築物は歴史の観賞にもたえる。

さいごに、河野氏が講師として登場する、次の日曜日・6月1日に綾町で開催される照葉樹林に関するシンポジウムの案内を。梅雨の前のひとときを、初夏の陽射しを浴びて輝く照葉樹の探索と勉強に出かけてはいかがでしょう。子どもの部活等の日程が空けば、わたしも行く予定です。※なお、このペ-ジに使用した映像等は、全て河野氏の提供によるものですので、転載はご遠慮ください。

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このイベントのことは、下のHPにも詳しいので、リンクをつけておきます。クリックして現れるトップペ-ジの右下に降りたところに案内があります。もっと詳しい情報は、それをクリックしてくだされば得られます。

「照葉樹林文化シンポジウム2008in綾」を案内するHP・「環」のサイトへ

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