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2008年5月15日 (木)

もうひとつの耐震偽装

滋賀県に豊郷町という、芳醇な精神と土壌を感じさせる名前のまちがあります。

そこに、日本の建築史に名を残す、建築家・ヴォ-リズの設計で1937年(昭和12年)に建設された瀟洒な小学校があり、ここ10年ほど、それを壊す壊さないで、住民と行政とで混乱したようすを見せていました。

先日、その素敵な校舎の保存に向けて立ちあがった住民グル-プ「滋賀:豊郷小学校の歴史と未来を考える会」事務局のTさんからメ-ルがありました。それによると、解体派の論拠とされた「耐震性に問題があり、取り壊すしかない」という町の実施した耐震診断をくつがえす新たな診断結果が出たというものでした。その内容は、

本校舎・・・軽微な補強が必要
講 堂・・・建物部分の補強は不要、床下部分の若干の補強が必要
図書館・・・耐震補強は必要なし

というものです。

アネハ氏のおこなった耐震構造偽装は、実際の強度をごまかして、はるかに弱い強度しかない建物を設計したものです。この事件により、昨年6月の建築基準法改正が実施され、建築界はその影響で混乱と業務遅延の渦中にあり、たったひとりの建築士のおかげで、とんでもない事態になっていて、イタズラ的な稚拙な偽装を、高い手数料と長い期間をとりながら、ろくに見抜けなかった特定行政庁の係員達は、猛省するかとおもいきや、そんなそぶりはまったくなく、ただ自分達の責任を追求されないためだけとしかおもえない、建築基準法に書いてある文言と一言一句齟齬をきたさない表現を申請図書に要求するばかりで煩雑なこときわまります。

もちろんアネハ氏のやったことは、設計者としておぞましいかぎりであり、モラルを金に売った断罪されるしかない行為でありますが、それに対する今回の対応は、構造判定機関をあらたに設置し、そこで特定の高度及び大規模な建築物は数十万円という料金と数ヶ月という期間をあらたに要求するというものでした。それなりに合理的な解決策にもみえますが、拙速にことをすすめたことで、建築界はこんにちの混乱と不況に見まわれています。また、市民のための第三者機関を新設することを名目に、あらたに自分たちの天下り先を確保するという、官僚の常とう手法がみえみえでもあります。なにか問題が起こると、その対策として法律が改正されますが、多くは新たな天下り先が必ずセットになっていて、焼け太りを繰り返してきた体質を今回も疑わざる得ません。

それはともかく、今回あきらかにされた豊郷小学校の耐震偽装は、アネハの事件とは逆の内容です。実際はとても丈夫な建物なのに、危険であり、解体するしかないという逆の診断を下したわけです。そして、そのウラには、解体を推進していた行政側の意向があったことが推測されます。さらにそのウラには土建業者と長年持ちつ持たれつの関係でよろしくやってきた日本の政治風土があり、それを支持してきた住民がいるわけです。もっというと、このことは建築にかぎらず、すべての業種と行政・政治との関係でいえることですが、土建業が金額とモノが大きく目につきやすい事情があるようです。

Tさんのメ-ルによると、さる4月15日に開催された「まちづくりプロジェクト委員会」の席上でこのあらたな耐震診断の結果が報告されたようです。これが事実とするなら、その捏造された耐震診断をくだした㈱森野設計事務所(平成7年度に実施)の行為は、アネハに匹敵する悪行でしょう。耐震診断でおそらく数百万という報酬を得ていながら、さらに行政側に取り入ることであらたな設計受注を得ようというものだからです。

はなしは飛びますが、現在、構造設計家は多忙を極めています。先に述べた法律改正による確認申請の構造判定の厳格化で対応に追われていることに加えて、ここ数年学校はじめ築数十年を経過した公共施設の耐震診断が多数発注されているからです。この耐震診断は莫大な経費がかかります。新規の構造物を設計することに比べて、おそらく面積比で言うなら数倍の費用が発生します。たとえば、1000㎡の建物を新築するとして、その構造設計と計算を構造事務所に依頼すると、㎡あたり1000円ほどの経費を請求されるとして、約100万円ということになりますが、既存建築物の耐震診断となると、数百万円ということになります。わたしも以前ふしぎにおもって、構造屋さんに聞いたことがあるのですが、新規につくるものは自由に設定できるが、既存のものの診断は、既存の構造体をベ-スにシュミレ-ションを繰り返す必要があり、おそろしく手間がかかるという答えでした。

ちなみに、世間では設計屋さん、あるいは設計士、設計事務所とひとくくりにされますが、大きく分けて構造、設備、意匠に大別されます。わたしは意匠の分類に入ります。構造屋さんは構造設計と計算を専門とし(意匠と兼業するひともいる)、
アネハ氏はそのカテゴリ-の人物です。設備は設備設計を専門とし、電気、空調、給排水などに細分化されますが、その人数はひじょうにすくなく、多くは通常の電気、給排水設備業者が代行していますが、その場合は建築士である設備設計者とはいえませんので、建築士の資格をもつ設備設計者は、かなり特殊で稀少です。構造物の安全をつかさどる構造屋さんも、建築物全般を担当する意匠屋さんよりは少なく、人数比で1:10から1:5というところでしょうか。一定の要件を超える建築物は構造計算が要求されますので、一般的には、そこからが構造屋さんの仕事になりますので、そういう比率であるわけです。また、建築物の設計には、機能、コスト、工期、美的要素など多種多様な条件がからんできますので、そのすべてに対応する意匠屋さんはひとつの物件に数年を要することもあり、かたや構造屋さんは構造設計だけを担当しますので、その対応力も違い、こういう数字になっているわけです。

さて、はなしをもとにもどします。豊郷小学校の耐震偽装事件です。このことにより、貴重な文化財ともいえる校舎を解体するという愚行に設計者は手を貸しました。アネハ氏はなけなしの金をはたいて手に入れた夢のマイホ-ムを悪夢にひっくりかえしました。どちらもとりかえしのつかない罪深い行為であることにはかわりありません。しかし、豊郷の場合は、まだ解体が「考える会」の尽力により、最小限にとどめられただけ、ましだったのでしょうが、そのやろうとした行為のひどさは変わりないものです。貴重な文化財の消失は、金額に換算できない広範囲な影響を将来にわたってもたらします。

わたしは、豊郷のTさんのことを、都城市民会館の保存活動の途上で知りました。豊郷のことはニュ-スなどでも取り上げられていましたので、知っていましたし、建築家として関心もあり、市民会館の参考になるかもというおもいもあって、ネットで調べてたどりついた人物です。勇気ある闘士のひとりであるその人は、都城出身の女性だったのです。こうして、現在まで、たまに近況を報告しあうという関係が続いてきました。前大野町長の強硬な手法に負けずに、ついに小学校を守り抜き、今回の耐震偽装を見抜くところまで活動を進展させてきた「考える会」の人たちにはおおいに感化されましたし、その活動も参考になりました。また、市民会館に対してもいろいろなアドバイスをいただいたものです。その誠実な精神と活動には敬意を表するのみです。やはり、いい建築があることで、それだけの活動を人にさせるわけであり、いいものをたいせつにするという、まっとうでたいせつな姿勢をもった人物を育てます。いい建築はたいせつに残すべきなのです。

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