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2008年2月 1日 (金)

雑誌「Numero」のこと

女性ファッション誌「Numero」3月号が送付されてきた。扶桑社という出版社からである。なんだろうと訝しがりながらペラペラとペ-ジをめくってみる。キュ-トあるいはポップ、はてはエレガントな小物やファッションがビジュアルよろしくあふれていて、わたしとはまったく縁のなさそうなオシャレな雑誌である。

黄色い付箋の付いたペ-ジがあるので、そこに目をやると、なんと、宮崎県のモダニズム建築特集というのをやっている。ブランド品を身にまとった妖艶なペ-ジにはさまれて、いかにも場違いな感じのコ-ナ-になっているが、そこには「モダニズム建築の宝庫、太陽の国、宮崎県へ」と題され、青島の青少年自然の家、日南文化センタ-が大写しで載っている。もちろん、都城市民会館も。

東国原知事のPRの効果が効いているのだろう、女性誌に宮崎県のモダニズム建築である。宮崎県が太陽の国であるのはいいが、モダニズム建築の宝庫であるとは知らなかった。でも、本文を読んでみると、阪倉(青島の設計者)、丹下(日南の設計者)、そして菊竹(市民会館)の大御所建築家が、ここでは強烈な太陽に狂わされて、異様ともいえる作品を残しているとある。そう言われるとそうかもしれない。この3点とも、名建築家それぞれ3人の他の作品とはあきらかに違う、異形をなしている。その意味ではモダニズム建築の宝庫といっていいのかも。

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艶やかな表紙            青島青少年の家(1974/阪倉準三)

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左端に市民会館の写真が    日南文化センタ-(1962/丹下健三)

本文を書いたのはイズミ・トシチカさんとある。(ロ-マ字表記をカナに変えた)知らない人である。もしかしたら磯さんが書いたものを送ってくれたのかとおもったが、違うようである。写真家をみたらシンイチ・イトウとあり、ようやくおもいだした。先日、「カ-サ・ブル-タス」誌の取材でわが事務所に磯さんたちと来てくれた人である。気をきかして律儀におくってくれたのだろう。

「Numero」という雑誌があることさえ知らなかったが、扶桑社というのはフジテレビ系列の出版社だろうか。そうういえば、昨年「めざましテレビ」の早朝の時間帯に、失われつつある近代建築特集で、都城市民会館などが紹介されたこともあった。などと想像をふくらませる。

なにはともあれ、またまた市民会館がメディアにのった。せっかく残ったのだからどんどんのって欲しい。今回は日南と青島も一緒であり、宮崎県人の建築家としては、たいへんいい気分だ。もともと、「Numero」はフランスのファッション誌のようだ。その日本版を「ヌメロ・トウキョウ」という。通算12号とあるので、ちょうど1年にならんとするところだ。創刊1周年を期して市民会館が載った。そして「ステゴザウルス」と称して、解体から一転しての保存までのいきさつを詳しく紹介してある。このところ、「新建築」にはじまり、「週間ポスト」「Numero」とたてつづけに全国的なメディアに登場の市民会館である。その経済効果を計算して欲しいものだ。これからも市民会館の登場は続く。「カ-サ」の3月号が2/10に発売されるし、建築学会の機関誌「建築雑誌」2月号にも掲載の予定だ。

せっかくなので、ファッション誌を読む人は「Numero」を手にとってみてください。特別定価500円とある。ずいぶん安い値段だとおもうが、特別だからふだんはもっと高いのだろうか、それとも安いのだろうか。はじめてみる雑誌なのでよくわからないが、定期的にこういった建築も紹介してくれるとありがたいとおもう。建築の魅力を若い読者にどんどん伝えて欲しい。

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