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2007年12月29日 (土)

『卒業設計で考えたこと。そしていま』

建築史家で評論家でもある五十嵐太郎さん編による本。著名な建築家へのインタビュ-をまとめたもの。1929252_img

ことしの7月「都城市民会館厄払い」というイベントの一環として「DOCOMOMOフォ-ラム都城」というシンポジウムを開催したが、そのとき特別ゲストとして登壇してくれたのが五十嵐さんである。東北大学准教授でもあり、忙しいはずの氏がわざわざ都城まで、しかも自腹で来てくれたのは、ひとえに都城市民会館の存在のおかげである。

氏はシンポジウムで、会館の価値と保存をユニ-クな視点で訴えてくれたが、帰京後、毎日新聞及び朝日新聞(どちらも全国版)に近代建築と都城市民会館の保存を訴える記事を書き、会館の存在と価値を全国に知らしめてくれた。氏はこれを空中戦と呼んでいて、フォ-ラムの席上でも、東京にいても保存のためにできることとして、その実行を予約してくれていたのだが、きちんとその約束を十二分に果たしてくれた。

五十嵐さんのもっとすごいところは、ほんとうは難しいことを、一般の人に平易な言葉でわかりやすく説明してくれるところで、これはただの専門家にはできないことだ。専門家はどうしても専門用語を駆使しがちであり、そこには専門たるゆえんはもちろんあるのだが、専門家としてのプライドやミエ、優越感があったりして、平易な言葉で専門を語ることは、とことん優秀な人で、しかもぶっちゃけた性格の人にしかできないことだ。

シンポジウムは7月末の開催であり、この時期は飛行機のチケットがいちばん高いハイシ-ズンである。おかげて、東京からの飛行機代だけで7万円、五十嵐さんはプラス仙台までの交通費もいる。このときは五十嵐さん以外に建築ジャ-ナリストの磯さんや建築史家の倉方さんなど、総勢10人のグル-プで来てくれた。宿泊費や飲食費なども含めると、かるくひとり10万円を越す出費っだろう。他に、講師として、東京から来てくれたDOCOMOMOの兼松さんや福岡の田島さんもいるし、九州各地からたくさんの人が参加してくれたので、その経済効果はざっとみて200万円はあったと考えていいだろう。この不景気のさなかに、たいした都城市民会館である。

ケチでビンボくさいわたしは、ふだんは、文庫本以外はなるべく図書館で借りてすますことが多い。これまで、五十嵐さんの本もいくつか図書館で借りて読んだことはあったが、さすがに今回は恩義を感じていたので、せめてものお礼の意味もこめて、この本は本屋さんで見つけて買った。1905円である。倉方さんの「吉阪隆正とル・コルビュジェ」2000円も、こちらは取り寄せて買った。これで今回のシンポジウムのもたらした経済効果は200万と3905円になる。

さて、バカ話はやめて、本の話に入ろう。卒業設計という、ある意味気恥ずかしい作品を快く公開して話を聞かせてくれた建築家は総勢10名である。掲載順に青木淳、阿部仁史、乾久美子、佐藤光彦、塚本由晴、西沢立衛、藤本壮介、藤森照信、古谷誠章、山本理顕の各氏。きっちり五十音順に並んでいるところが、五十嵐さんらしい聡明なところだとおもうし、この人選もすごい。いずれも現在の建築シ-ンで活躍中のメジャ-中堅どころである。いわゆる、大御所的な長老建築家ではないので、年代も近い分、わたしとしては親近感がわくのもいい。

大学を出ていないわたしには、大学あるいは修士の卒業設計のなんたるかを知るよしもないが、学生生活の総決算として、数ヶ月がかりで卒業の命運を賭けて真摯に取り組むものだろうと推測できる。建築あるいは制作・芸術的なコ-スは卒業設計、あるいは卒業制作だが、文系なら卒業論文ということになるのだろう。理系は卒業研究、あるいは実験というのだろうか、いずれも創造的な仕事であり、苦しくとも楽しい仕事であろう。他の分野は知らないが、建築だと実務的な要素はある程度抜きにして、気宇壮大な大胆な計画だったり、そのときもっとも問題意識を抱えていたことがらに、ちまちまとこだわったりする。社会に出て十数年たってからふりかえると、どうしても稚拙なものであるのだろうが、エネルギ-だけは満ち満ちている。本書で藤森氏が、「処女作(卒業設計)にすべてが出ないような人はダメなんじゃない」と言っているように、その人の全性が投影されているのであり、才能ある10人の建築家の作品を見物できることは楽しい。

ここまで書いて、ふと疑問が沸いてきた。医学部には卒業論文あるいは卒業実習的なものがあるのだろうか。まさか卒業手術をするわけにはいかないだろうし、卒業実験というのもなんだか怖い。歯学部は卒業入れ歯だろうか、まさか。おそらく、このブログの数すくない読者のひとりに歯医者さんがいるので、さっそくコメントがかえってくるだろうから楽しみにしています。

それはさておき、2005年11月に初版が出て、すぐ2刷が出ている。建築系の単行本で2刷が出ることは少ない。「卒業設計を見たいという学生の声から生まれた」と本書のオビにあるように、たくさんの読者に支持されているのだろう。五十嵐さんのほか、やはり都城のシンポジウムに自腹で来てくれた磯さんや倉方さんがインタビュア-として登場し、アカデミックな会話をボンボンぶつけているのを見て、あらためて7月のシンポジウムの価値と有為性を感じるのであった。巻末に、五十嵐さん自身の卒業設計が載っている。建築の歴史を専攻していても、やはり卒業設計は必須なのだろうか、そのあたりはよくわからないが、五十嵐さんらしい、変化球的な視点をもつ作品であるのがファンとしては嬉しい。

ことしは市民会館にかまけてというわけでもないが、本をあまり読めなかった。昨日、都城と三股の図書館をハシゴして、正月用の本をたっぷり仕入れてきた。正月は、こたつにへばりついてみかんと焼酎をかわりばんこに本を読むこととしよう。わたしにはまだ知性が不足している。

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