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2007年6月 3日 (日)

PAV(パブリック・ア-キテクトニック・バイオレンス たいせつな公共建築を、つい、稚拙に壊してしまう暴力)について。

Public  Architectonic  Violnce

PAV(パブリック・ア-キテクトニック・バイオレンス たいせつな公共建築を、つい、稚拙に壊してしまう暴力)について。

一国の力は、けして経済力や軍事力によって測られるものではなく、(経済力がバックにあるとはいえ)文化の力がそのおおきな要因となります。ロンドン、パリ、ニュ-ヨ-クなど、多大な文化的重力を保持しているすべての都市には、偉大なる文化が存在します。そこにはいろいろな時代の、魅力的な建築物が当然のように存在します。

かつて、焼け跡のバラックからスタ-トし、徐々に経済力を蓄えたこの国で、一時期、世界に衝撃を与えた建築文化の華が咲いた時期がありました。1960年代から70年代にかけてです。東京オリンピックや大阪万博というビッグな新しいイベントの開催に合わせ、若若しい才能がいっせいに開花した時期でした。こんにちの経済大国、文化国家としての自信をとりもどすきっかけになった建築物がこの時期に多数うまれ、いまやわが国の建築は、世界の文化を牽引するひとつの大きな力となっています。

ところが、残念なことに近年、それらの更新期にあたり、そのすぐれた建築物の多くが、新しいものができたからというだけの理由で解体されるという危機にひんしています。この現象がPAVとして、社会的な問題となっているものです。残念なことに、現在の日本ではこの問題を処理する法律はありません。その地域社会のモラルにゆだねられています。ただ、この国では、戦後しばらくのあいだ、一貫して発展・成長の掛け声とともに、「大きくて新しければいいことだ」とする安易な成長神話が通用してきましたので、近代のすぐれた建築物が無用の長物のように扱われている風潮があります。

また、おだやかな国民性を反映し、公共建築がだれのものかという根本的な議論もおきざりにされています。言うまでもなく、公共建築物は市民・住民のものであり、必要上、行政に管理運営を委託しているだけのことですが、ときに、公共の建築物は行政のものだと錯覚しがちなところがあります。

ようやく、「失われた10年」を体験し、わが国にもこれまでの発展と成長を冷静に検証する機運がもりあがってきました。建築後40年、50年を経過して歴史的文化遺産としての側面をもつ近代建築に光をあてよう・その功績を検証しよう、という人たちも少なくありません。また、この国がこんにちの建築文化大国となった背景に、京都・奈良に代表される歴史的な建築遺産が多数あったことは指摘するまでもありませんし、あたらしい文化の熟成には歴史が必要です。

わたしたち郷土の誇りとなりうる・歴史をともにしてきた近代建築物を、古いから・新しいものができたからというだけの理由で、簡単に壊してもいいのでしょうか。もっと考えた方がいいのじゃないか、これでいいのか、困ったことだ、とおもったら、ひとりで悩まずに、もよりの生活文化課に相談してください。市民の文化的活動を支援し、これからの社会にふさわしい、より人間らしい洗練された文化的な都市生活を模索・追求するための機関です。

※下の項目にふたつ以上あてはまる方はPAVに陥る危険性があります。チェックしてみてください。

 1 「畳と女房は新しい方がいいに決まっている」と公言できる。

 2 効率優先という言葉にときめく。

 3 お金儲けが生きがいだ。

 4 建築家は詐欺師のようなものだとおもっている。

 5 芸術は人生に無用である。

 6 古女房・古ダンナには、あまりお金をかけたくない。

 7 「文化で飯が食えるか」と本気で思う。

 8 市民活動やボランティアなどお金にならないことにはまったく無関心である。

PAV問題全国対策連絡協議会都城第三支部

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コメント

財源確保の為公共施設の『命名権売却(5年契約)』、名古屋市では二例目となる「名古屋市民会館」が『中京大学文化市民会館』へとなります。市民は慣れ親んだ名前から民間団体名へと繰り返し代わる事に違和感があると思います。しかし、名古屋市としては契約金という財源で他の運用が出来る訳です。この『命名権募集』の手法は全国で行われています。都城市民会館もこの手法は出来ないのでしょうか?大学誘致の話はありましたよね?

投稿: 真 | 2007年6月 5日 (火) 09時41分

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