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2007年6月13日 (水)

松下竜一と上野英信

ことしも「竜一忌」の時期がきました。中津の「ビンボ-」記録作家、松下竜一センセ(松下さんは自称センセ、他称もセンセと言っていましたので)が亡くなったのは3年前の6月17日でした。以来、毎年「草の根の会」主催で「竜一忌」が営まれています。

2週間ほどまえ、「第3回忌を、ことしは6月17日に中津オリエンタルホテルで開催します」という案内が、草の根の会の代表であり、センセとは30年以上の同志である梶原得三郎さんから来ました。残念ながら、わたしの手元不如意と消極的気質、子どもの行事、奥さんとの力関係など、総合的に勘案すると、ことしも欠席ということになりそうです。

案内によると、ことしの「竜一忌」のタイトルは「上野英信と松下竜一」となっています。そういえば、先日、都城市立図書館の新刊コ-ナ-で『天皇陛下万歳』というタイトルの新書版を見つけ、社会全体が右傾化しているように感じる昨今の風潮を、おもわす意識してしまいましたが、著者が上野英信氏だたので、迷わず借りてきたところでした。

上野氏は、すでに1987年に亡くなっていますが、九州の記録作家のドン的存在であり、筑豊のうらぶれた炭坑長屋に手を入れ「筑豊文庫」なる「非国民宿舎」兼図書館、近所の駆け込み寺、九州の作家のネット基地などなどの役割を担った、偉大な建物のあるじでもありました。松下氏も、作家を志した30才代のころ、氏と知り合うべくして知り合いました。師匠とまではいかないまでも、かなり影響を受け、かつ敬愛していたように見うけられます。

わたしが作家・上野英信を知ったのは、松下センセの作品を通してです。センセの文章で数度となく上野氏のエピソ-ドなどに触れ、以来、氏のことを、見過ごせない人物として意識にとどめていたのですが、その作品・本を読んだことはありませんでした。そのアンテナはまだ機能していたらしく、図書館でその本を見たとき「読もう」と瞬時に判断したのです。

その本『天皇陛下万歳』は、日支事変というのか日中戦争というのか、昭和のはじめに、中国を舞台にした戦争において、日本軍の戦闘行為に爆弾決死隊的なものがあり、その隊員であり爆発の犠牲となった「爆弾3勇士」などと呼ばれて、戦前は軍神的扱いされた国民的英雄である九州出身の3人の兵隊さんの記録でした。この作品を読んで、わたしは上野氏の本をもっと読みたくなったのですが、そんな矢先に、「竜一忌」の案内と英信氏に関わるプログラムが届いたのでした。

図書館のパソコンで「うえのえいしん」と検索をかけたところ、「見当たりません」の反応。そんなバカな、ということで今度は「うえの」で検索にかけます。すると、あるはあるは、上野千鶴子さんなど総計400件以上の作品がヒットします。上野氏は、現在では「うえのえいしん」で通っていますが、かつては「うえのひでのぶ」という表記もあったようで、図書館の係員は「ひでのぶ」で入力したのでしょう。なにやら、国民年金みたいなことになってきましたが、もともと、日本の書肆界は未成熟であり、著者の読み仮名、著作の正式なタイトルでさえ確定できないことも珍しくありません。例えば、多くの本はサブタイトルっぽいものを有していますが、それがサブタイトルなのか、正式名称に含まれるものなのか、奥付を見ても判断できない場合が多いようです。したがって、行き違いが起こることは、やむを得ませんが、できましたら、「えいしん」でも「ひでのぶ」でも検索にかかるようにできないものでしょうか。

さて、すっかり話が長くなりました。もう終わりにします。結局、図書館には5、6冊の上野英信氏の本があり、そのなかで4冊を借りてきました。いずれも閉架書庫にあった20年以上前のものです。『日本陥没期』、『火を掘る日日』、『出ニッポン記』、『地の底の笑い話』これらがそのタイトルです。「炭坑」は上野氏のライフワ-クですが、貧困、人権、差別、反権力、これらも氏を語るに欠かせない重要なキ-ワ-ドです。

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