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2007年2月10日 (土)

高嶺さん(美術家)が南日本新聞に書いた市民会館に間する記事

先月、美術家・高嶺格氏が、南日本新聞に都城市民会館に関するエッセイを書いています。読んでみると、すばらしい文章でした。会館と建築の価値、現在の社会をこれほど分析し、わかりやすく訴える文章はありません。ぜひご一読ください。

粗末な観察眼

 都城市民会館の存続が議論されている。存続の方法を検討するチ-ムをつくろうという市民の請願が昨年末、都城市議会で不採択になった。この建物を再利用するための可能性、その具体的方法は、検討する以前に芽を摘み取られてしまった。解体に向けた一歩を踏み出した気がしてならない。

 保存の動きは、新しい総合文化ホ-ルが建設され、それに伴い老朽化した市民会館を解体するという、市の意向が発表された直後に起こった。有志の市民により発足した保存会の動きは特筆に価する。だが、彼らの熱心な活動にもかかわらず、一般の市民にとって、この珍奇で使いにくい形をした建物の将来は、大した関心事ではなかったようだ。都城市内15ヶ所で行われた意見交換会には、意外なほど出席者が集まらなかった。

 たしかにこの建物がなくなったとしても、途端に生活に支障を来すわけではない。その点で、保存運動は永遠に解体派を論破することができない。解体派の論理は短期的な経済論理で、これは現代の日本で最も説得力を持つものだからだ。新しい文化財は「今の」経済論理に打ち負かされ、その価値を議論されることなくどんどんつぶされていく。そして人々の感性は、「この会館は有名建築家の設計なので大事な建物らしい」というレベルにまで落ちていく。文化的価値はおろか、個人的愛着すら自分で判断できず、多数派の意見に従う感性しか持てなくなる。

 解体派は新ホ-ルなどを指し、「同じような施設はいくつもいらない」と言うが、使いやすく明快に造られた平々凡々なホ-ルと、高度に抽象的な市民会館の、どこが「同じ」だというのか。一見して異なる両社の社会機能の差異が見えないとしたら、あまりに粗末な観察眼ではないか。

 開館して40年。都城市民会館にまつわる議論は、日本で起こっている現実を象徴的に示す事例である。(南日本新聞2007.01.10「南点」)

無知による排除

 存続が議論されている都城市民会館。この建物を「優れた建築物だ」とも、「芸術品だから残せ」とも、言うつもりはない。ただ、市民会館に遭遇したとき、人は「考える」のだ。これはなんなのか、なんでこんな変な形をしているのか、どうして立っていられるのか、と。

 人間の知性は「なぜ?」を問うことに始まる。時の為政者が(もし)人々に知性を求めるならば、できるだけ多く「なぜ?」と出会う契機を与えることだ。街の中に、なるべく質の高い抽象物を置くことだ。そして建築は、身体をもとに設計されている分、駅前のオブジェなんかよりもはるかに、思考を促す作用があるのだ。

 解体論者は「これは市民のためのホ-ルだから、難解は困る」と言うだろう。「わからない」ことを恥じることも、自分のレベルを疑うこともせず。しかし彼らは忘れているのだ。幼少のころ、最初にこの建物を見たときの、日常から頑と離れた感覚、その感覚がもたらす劇的な教育効果を。

 子供たちがこの建物を透かして見るのは、自分たちの世代が乗り越えなければいけない、先達の「知」の存在だ。遠くに見える人智への畏怖。その感覚なくして、情操教育などあろうはずもない。そして、新しく建てられた機能的な総合文化ホ-ルは、市民会館の持つこの知的機能を、残念ながら持っていない。

 開館してたった40年。世界から熱い視線を浴びた傑作がまたひとつ、日本から九州から、都城から消えるかもしれない。「わからない」「わかりにくい」ものを排除した結果現れるのは、つまらない物があふれる、つまらない者だらけの町である。このスパイラルを生むのは、言うまでもなく「無知による排除の思考」だ。

 世界と競っていくこれからの世代が、本気でいい仕事をしようと思う、そんな自治体にしか未来はあるまい。(南日本新聞2007.01.24「南点」)

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コメント

Abbyさん、コメントありがとうございました。
「Thank you!」とありますので、「いいえ、どういたしまして」とお返ししておきます。
My homepage | Please visitへ行けないのが残念でした。

投稿: ブロ長 | 2007年7月14日 (土) 16時26分

Thank you!
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投稿: Abby | 2007年7月13日 (金) 19時22分

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