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2006年6月28日 (水)

「新総合文化ホ-ル」と「都城市民会館」

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 都城総合文化ホ-ル見学記

都城市民待望の新しい文化ホ-ルの建築工事がひとおとり終了し、見学会を開催しているとのことなので、南九州の建築探偵を自認する当方としては、「行かねばなるまい」ということで行ってきました。

新ホ-ルは都城駅前の元都城ニュ-グランドホテルと宮崎交通の駐車場跡の敷地にまたがって建設されたものだ。この場所について、不特定の市民から、「もっと郊外で駐車場の心配のない場所に建設するべきだった」という声も聞くが、わたしはこの判断はまちがいではないと思っている。こういう文化拠点施設は、市街地にあるべきです。高齢者及び年少者は車の運転が出来ません。公共交通機関の許せる範囲内で建設するべきです。昨今の強者の論理を声だかに主張する風潮、ガソリン垂れ流しのアンチエコ思考は長続きしません。

それはさておき、新ホ-ルの率直な感想から。まずは、「都城にも立派なホ-ルができたものだ」この一声に尽きます。県都である宮崎市に県立芸術劇場がありますが、それに匹敵するすばらしいホ-ルです。とはいえ、さすがに県より立派なものをつくるのは遠慮しようという無意識の自制が働いているのかな、という印象は与えるものでした。

こんな立派なホ-ルが都城市と市民にとって分相応なのか不相応なのかは、わたしには判断する能力がありませんので、これは後世の評価にまかせておくとして、現状の市民会館と新ホ-ルとの比較だけならわたしにもできるような気がしますので、それを記しておきます。

新ホ-ルは立派です。けっこうゴ-ジャスでもあります。おそらく、機能的には申し分ないホ-ルでしょう。しかし、これは「偉大なる普通」とも言えます。先述のように、宮崎県には県立劇場があります。この劇場はこの新ホ-ルよりひとまわり広さも機能も充実した南九州有数の劇場です。ここ10年ほど、九州にもたくさんの新しい立派な劇場ができました。おしなべてゴ-ジャスな施設です。この新ホ-ルは、その流を踏襲したゴ-ジャスな施設ですが、そのどれ以上でもありません。(以下でもないかもしれませんが。)

行政の仕事は気を使います。可もなく不可もなくが最高の仕事と言われるゆえんです。その意味では、この新ホ-ルは自治体のホ-ルとして、最大公約数である「中の上」を意図したホ-ルでしょう。立派すぎてもいけない、貧相と思われてもいけない。日本国民のもっとも偏差指数の高いところに位置します。第一に、その意味で「偉大なる普通」です。

次に、建築物としてのデザインを検証してみたいとおもいますが、この意味でも「偉大なる普通」と言えます。デザインボキャブラリ-(各デザインのひとつひとつの機能・形状)はなにも新規なものはありません。このことは、このホ-ルを批判する言葉ではありません。いつの時代でも「オ-ソドックスであること」は最上の選択肢のひとつです。ここでわたしが言っているのは、このホ-ルで特筆すべき新しい建築デザインへの挑戦はしていないという意味です。全体の外観は三股町の文化ホ-ルや、都城市のリサイクルセンタ-によく似ています。必要な機能だけを形にすると、どうしてもこうなります。その意味でも「偉大なる普通」ですが。他にも、丸い形、ア-トモ-ル、大中ふたつのホ-ルのデザインなど、容易に似たような形状の施設をさがしてこれます。その意味で新しい建築デザインによる可能性の追求はありません。繰り返しいいますが、そのこととこの建物の絶対的は価値とは何の関係もありません。

では、現在ある都城市民会館はどうでしょう。市民会館のユニ-クネス(他にない唯一性)さは抜きん出ています。たぶん、コンサ-トホ-ルの外観としては、シドニ-のオペラハウスに匹敵する評価を与えてもいいとおもいます。そのことは、パリのポンピドゥセンタ-で行われた、近代構造物のなかでもっとも優れた革新的な建造物を陳列する展覧会に、数ある日本の建造物から代表のひとつとして選ばれたことが証拠付けています。

「都城市民会館」は、戦後を代表する建築家である“鬼才”菊竹清訓氏の数ある作品のなかでも代表作とされているもので、菊竹氏の建築と文化に対する思想が「これでもか」と言うほど込められた作品です。言い方をかえると「大いなる異端」といっていいかもしれません。新総合文化ホ-ルが「偉大なる普通」であることと両極端でしょう。都城市民は、ふたつの両極端な施設を所有できて、いい意味で幸せだとおもいます。どちらも、最上の選択肢であるからです。

では、なぜ「都城市民会館」は「異端」なのでしょう。それは、当時の時代の風潮もあったのでしょうが、設計者の菊竹氏が「これまでにない、いいものをつくってやるぞ」という、いい意味での野心の持ち主だったからです。方や新総合文化ホ-ルを設計したNTTファシリティ-ズとその作品である「新文化ホ-ル」はどう位置付けられるでしょうか、わたしなりの結論は、この設計事務所とクラアント(依頼人のこと・この場合は都城市)は、なにより「失敗をしたくなかった」と言えると考えます。

一億総評論家時代といわれています。市民は多種多様な情報をたくさんもっています。たいていの体験も摘んでいます。そんな世の中で、行政がヘタなことをすると、批判の嵐が来ることは目に見えています。過不足感を与えても同じです。「なんで俺の街の施設が隣町の(それも規模の小さい)施設より貧相なのだ」。ようするに、今の時代、冒険はしにくいのです。市民会館のできた昭和41年(1966年)は、現代よりはるかに冒険のできた時代でした。1964年に東京にオリンピックプ-ル(設計:丹下健三)ができ、シドニ-のオペラハウスの設計コンペ結果が1959年に発表されました(当選案:Y・ウッツォン)。1960年前後は、建築物の構造美を追求した時代であり、現代より冒険を許す風潮がありましたが、なにより設計者の菊竹氏がその最先端を行く「アバンギャルド」(前衛)の権化のような人物だったことを見逃せません。

ここで、建築物を設計する、設計事務所の体質についても述べておきます。設計事務所といっても多種多様です。菊竹氏のような「革新的ないいものつくろうという野心」をもつ事務所を「アトリエ派」といいます。作家=建築家のオリジナルな思想を大切にし、それに基づく新しい時代をリ-ドする建築物を創造することを自らの使命と考える建築家の設計事務所です。それに対して、「組織事務所」と言われる事務所があります。NTTファシリティ-ズは、その代表といっていいでしょう。この事務所は一級建築士だけでも千人を擁する(数年前のデ-タ・現在は不承知)日本最大の設計事務所のひとつです。大規模な組織事務所の特徴は、優秀なスタッフを多数そろえ、設計に対するあらゆるニ-ズに、つねに一定の品質レベルを維持した設計ができることです。そのかわり、設計上の個性は制限される傾向にあります。一般企業における大企業と、新興ベンチャ-とを対比することに似ているかもしれません。ベンチャ-はつねにチャレンジャ-です。かたや大企業は失敗は許されません。また、ベンチャ-は新しい時代を築く革新的な提案をもたらしますが、大企業は保守的な対応を志向しがちであることと対比することもできます。どちらが優れているということはできません。成功したときと同じく、失敗したときの損失もけっこう大きいものがあるからです。

ただし、人類の歴史はひとにぎりのベンチャ-と、それを支持した大多数が造り出したものです。批判、中傷に耐え、信じるところを追求したひたむきさ、若さと情熱が人類の輝かしい足跡と可能性を打ち立て、わたしたちの活動できる領土をつねに押し広げてきたのです。

わたしは建築家のひとりであり、その分類的には「アトリエ派」を自認しています。したがって、心情的にも思想的にも「都城市民会館」の価値を高く評価します。また、建築家である以上、新しい文化ホ-ルの「偉大なる普通」としての価値も認めます。その現在的な優劣は決められません。

ただし、もっと思考レベルを一段切り上げ、人類社会の「普遍性」について論じるならば、社会の可能性を追求し、こんにちの文明社会を築いてきた「アバンギャルド」たちによる、「新しくていいもの」を追求する思想に、より高い「普遍性」を認めます。

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