2012年5月14日 (月)

天草建築ツアー

GWを利用して天草方面に行き、建築をいくつか見てきた。

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不知火町の図書館。設計・北川原温、1999年。もともとは不知火町だったが、現在は宇城市となっている。できた当時に見学したことがあったが、現在でもアルミのルーバーがピカピカしていた。写真では見づらいが、ルーバーの一部はパンチングメタルとなっていて、通風と採光、視線に配慮してある。

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おなじみの三角町のピラミッド。ここも現在は宇城市の一部になっている。葉さんの出世作のようなものであり、数回目の訪問であったが、悲しいかな、現在は閉鎖され、使用されていないようだ。フェリーじたいはまだ運航しているようだったが、どうなっているのだろう。合理化だろうか。設計・葉祥栄、1990年。

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海のピラミッドのすぐ近くにある漁業権取締事務所。密猟などを摘発する県の組織であるようだ。設計・小林健治、1998年。熊本はアートポリスの県であり、公共建築はアートポリスを通じて著名又は才能ある若手の建築家に設計が委ねられることが多く、それを見学に建築家や学生がツアーにやってくる。この建物もアートポリスでつくられたものだ。中庭を介して複雑なカタチで構成された平屋の事務所である。主体構造は木造であり(エントランスの門はRC)、事務所のうしろに取り調べ室と畳敷きの広間、駐車場・倉庫が延びている。

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天草工業高校実習棟と体育館。設計・室伏次郎、1997年。天草上島と下島をつなぐループ橋の下島側に降りた正面にある。内部は拝見してないのでよくわからないが、パンチングされた工業製品の庇が通路側のファサードを覆いスタイルをつくっている。

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苓北町民ホール。座席数200程の小規模なホールと集会が納まったコンパクトな建築だが、そのカタチはダイナミックである。設計・阿部仁史、2002年。サッシ部は鉄骨かと想像していたのだが、木造のようだった。コールタールで黒く着色してあるのでよくわからないが、たたいてみた感じではたぶんそうだろうとおもう。2003年度の建築学会賞を受賞している。いい建築だとおもう。

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ループ橋を渡るしばらく前から、瀬戸の対岸に大きくてツートンカラーのモダンぽい建築が見えていて、何だろうと気になっていたら、本渡中学校の体育館だった。まだまあたらしい学校であり、できたばかりのようである。この中学校に限らず、天草地方の学校は充実しているような気がした。校舎はもちろん、グラウンドも広く充実しているところがまま見受けられた。さいしょの2枚は体育館。広くて天井の高いグレードの高い体育館である。

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番外編。道の駅有明「リップルランド」とタコのモニュメント。うねうね屋根の上に見えるのは温泉棟。壺に入ったタコのモニュメントはFRP製であった。残念ながら名物らしいタコ焼きは売り切れで食せなかった。

道の駅は夜になるとキャンピングカーやワゴン車が続々とやってきて車中泊の場所となる。なかでも、この道の駅は温泉もあるし虫もいないとかで、車中泊、テント泊の名所らしい。連休ということもあり、夕方になるとライダーが店じまいした店舗の軒先にテントを早速設営している。道の駅はトイレもあるし車中泊の同好の志が集うので安心でもある。

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2012年5月11日 (金)

「南九州からの~SINDOU~」展

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都城市立美術館で開催中の展覧会。会期は13日(日曜)まで。

現代アートの美術家による展覧会であり、作者は近藤えみ・南たえ子・本武史・光野浩一・萩原貞行の5氏。

なにげなく会場を訪れてびっくりした。そのクオリティの高さに。ものすごい得をした気分になったし、いい脳のリフレッシュにもなった。

会期は短いですが、ぜひ足を運んでください。

※チラシの写真と展示作品はほとんど関係ありません。

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2012年5月 9日 (水)

docomomo Japan150

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docomomo Japan会員のSさんからdocomomo Japan150のポスターをもらった。

写真ではその大きさが伝わらないだろうが、A4版の紙がタテヨコ4列づつ、計16枚分の大きさである。畳よりひとまわり小さいサイズ。

日本地図に全国の近代建築からリストアップされた150の建築が番号で表示されている。150のうち半分以上が東京とその近辺であり、その残りの半分が近畿圏と名古屋圏にある。その残りが他の各地に散らばっているわけで、九州には10個余りがあるにすぎない。南九州には種子島のロケット基地と都城市民会館のふたつがあるだけである。

都城市民会館が、いかに貴重なものかがわかる。地図の九州の上に写真がある。都城市民会館は上から5番目の列の右端にあるのだが、小さくてよくわからないだろう。

現在、このポスターをわが家の掲示板に展示している。もともと、小学校、中学校、工業高校の通学路に位置しているので、通りかかるたくさんの子どもたちに情報の提供と建築の可能性を伝えるための掲示板として設置したものだ。

たいして効果はないだろうとモチベーションも下がり気味だったが、先日、ある会合で隣に座っていた人から、「わたしは、この掲示板をみて建築に興味をもち、その進路を選択した」という話を聞いて驚いた。20代の若い女性であり、現在は別の職業についているのだが、なにがしかの影響力を、このちっぽけな掲示板が持っていたことに驚いたのである。それ以来、また掲示板に力を入れるようになり、こまめに貼り替えるようにしている。

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2012年4月30日 (月)

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雨のGWになりそうです。東北ではいまが花見の時期だとニュースで聞いた。南九州では花見はとっくに終わり、初夏の気分をあじわっているが、南北に長い日本では季節感もうつろうのがいい。東北にほんとうの春が来ることを願わずにはいられない。

さて、写真は陸軍墓地と呼んでいる近くの公園。1か月ほど前のもの。市内にいくつかある花見の名所としては穴場であるとおもうが、近年は知る人も増え、花見客が多くなってきた。広い芝生の広場があるので、子どもと遊びがてらに花見ができるのがいい。

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こちらは、ぼたん桜あるいは八重桜と呼ばれる桜。すぐ近くの公園にあり、例年他の桜が散ったあとに咲く。ソメイヨシノは華麗だが、八重桜の豊饒かつ重厚感もいい。ソメイヨシノの季節はまだ肌寒いが、ぼたん桜のころは空気がより温くなっているので夜の花見ににはとくに適している。

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こちらは高鍋にあるルピナスパークと農業大学。広大な敷地をもつ公園だが、花は期待したほどではなかった。

現在、建築プランを計画中の温泉の敷地は、JRの線路沿いにあり、線路に面して菜の花が一面に咲いている。たぶん、誰かが植えているのではなく、かってに咲いているのだとおもうが、毎年きちんと菜の花で全面埋め尽くされる自然のメカニズムはすばらしい。

艱難辛苦?・紆余曲折を経て、浴室棟を線路に向けて計画することにした。この線路敷きの菜の花を入浴客に見せてあげたいのだが、線路を通る列車からの視線をさえぎるためには菜の花も隠さざるを得ない。入浴客に対する視線の保護と眺望の良さを両立させることは難しい。

約2mの高さの塀があれば、列車からの視線は遮断できる。先日、敷地に温泉のオーナーと予定建物の位置を示す木杭を打ちながら、そのことを確認した。線路の向こうは某企業の工場用地であり、青竹や高木が線路越しにいい借景を用意してくれている。

そういえば、「花」といえば美人のことでもある。両手に花という言い方もある。この温泉は「美人湯」として評価の高い温泉でもあった。

花・はな、のある建築がつくりたい。

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2012年4月22日 (日)

Mビル リニューアル 竣工

都城市中心部で工事中だったリニューアル案件が竣工し、ぶじに引っ越しを終えた。

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約30年ほど経過したビルをリニューアルしたもの。

外観はこれまでの茶色から、社のイメージに適したグレーへと塗り替えた。

内部は必要最低限の設備改修と若干の間仕切りの追加である。

これまで数年間眠っていたたビルが息を吹き返したのはいい。都城市の中心街にあり、行きかう車が多いわりにはぶらっとする人は少ない。ビジネス街といってもいいが、車社会の地方都市では歩いているビジネスマンもほとんど見られない。

それでも、中心街のビルがシャッターで覆われているのは悲しいので、こうしてリニューアルされて使われることはいいことだ。人がいることでマチの活気にも多少は貢献できるだろう。

全国的に地方都市の中心街はさびれ、地価や人口もマイナスに振れている。中心街で栄えているのは病院だけである。でも、やがて中心街に人が戻るようになるだろう。栄枯盛衰は世の習いであり、いいことも続かないし、わるいことも続かない。中心街には中心街なりのメリットがある。

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2012年4月17日 (火)

場所原論

2012032864912 「場所原論」隈研吾 著、市ヶ谷出版、2012年1月刊、¥2200

建築界きっての論客、隈さんの新著。

「建築はいかにして場所と接続するか」がサブタイトル。東日本大地震が本書執筆の契機になったとある。大災害は歴史の転換点となる。

近代のスタートはリスボン大地震であるという。1755年である。1666年のロンドン大火はロンドンをレンガの不燃都市につくりかえた。しかし、リスボンの衝撃はそれよりはるかにすさまじかったという。氏の言葉を借りれば、「神への信頼がゆらいだ」のである。それまで、建築は神にささげるものだったのだが、それ以降、強くて合理的な建築が求められるようになったのだ。神に頼らない建築のはじまりである。

合理的であることは科学的であることなので、科学技術が発達する。こうして近代から現代へとつながってきた。このあたりの建築の歴史分析は秀逸だ。19世紀的な空間と構造の分裂をコルビュジェとミ―スは解決する。こうして20世紀建築が世界を席捲し、やがてポストモダンへとつながっていくと論考は続く。さすがは隈さん、ほれぼれするような切れ味のよさで解説してくれる。

本書の後半は隈さんの作品を介して場所と建築の関係を説いている。いくつかのプロジェクトは、小さなユニットを組み合わせて大きな空間を構成するものであり、とてもおもしろいものだった。なかでも「カサ・アンブレラ」はすばらしい。実用できる小さなカサ15個でフラードームばりのドームができあがる。

隈さんは東京大学で内田翔哉先生の研究室にいたそうだ。内田さんは建築生産の専門家であり、いわれてみれば隈さんの追求する設計手法に通じるものがある。

装丁もいい。この端正な表紙は、隈さんの自信と気概を示しているようにも感じる。優秀な人だと聞いてはいたが、あらためてその才能を確認させられた気分だ。

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2012年4月13日 (金)

ふるさとの家/高崎の古民家

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古民家を改修するプロジェクトが終了した。施設として使用可能にするための必要最低限かつローコストを追求した改修だったので、工務店や建築主と協議をくりかえしながらようやく竣工とあいなった。

大正時代、築90年の上等な古民家であり、そのしつらえを壊さないように気を配ったが、ローコストと必要最低限という条件が、それに適したようでもある。

施設名も「ふるさとの家」という名称に決まったとのこと。訪れる人にくつろいでもらいたいと願う。

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上の写真はこの施設の近くにある、田んぼを見降ろす墓地の一角にある石像。田んぼの耕地整理か水路工事の無事を願うためのものだろう。碑文がすり減り、見づらいのでよくわからないが、そんなことが書いてあったように推測す。

一面に広がるきれいに区画された田んぼを向いて、手を合わせた像が設置されている。なんともいい顔をしているので写真に撮っておいた。そういえば、この古民家とどちらが古いのだろうか。

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2012年4月 9日 (月)

高橋家コレクション展

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都城市美術館で現在開催中の展覧会。会期は15日まで。入場無料。

高橋家というのは日南の旧家で、数代前は貴族院議員もつとめている名家であるそうだ。

飫肥の商家街の中央に立派な邸宅があり、たくさんの美術工芸品がコレクションされているのだろうが、このたび、その中の秀逸な7点の屏風絵(6曲1双×6、2曲×1)と襖絵などが都城市美術館に寄託された。それを記念しての展覧会であるようだ。

山内多門という郷土出身の日本画家の作品を、当館は多数収蔵している。地元のすぐれた画家を顕彰し作品を保存することは当美術館の重要な役割のひとつでもあるので当然だが、今回、新たに秀逸な作品が一点加えられたことになる。

写真チラシの屏風がそうである。紅白梅の図柄であり、明治期に作成されたとは思えないほど新鮮な保存状態を保っている。

この他の屏風類もきれいな状態のものであり、作品としての価値も高いように見受けられる。今回は初のお披露目ということで、会期も短い。ぜひ見物に行かれることをお勧めします。

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こちらは同時開催中の収蔵品展。会期は5月半ばまでです。

約50年前のこと、ある展覧会で見た絵画作品を見た男性は、描かれていた女性モデルにしびれた。そして、その数年後に結婚した相手がその絵のモデルであったことを後日知って驚愕した。そんなわけで、その絵の行方を追い続け、昨年、ようやくその絵が都城市美術館に収蔵されていることを知る。めでたく、今年の一月に当館に絵を見学に来たという、嘘のようなホントの話が新聞に出ていた。その絵が展示されています。

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2012年4月 4日 (水)

都城市民会館と菊竹さんを偲ぶ会

先日、建築家の遠藤勝勧さんが九州大学の教授ふたりと市民会館の見学に来た。その案内をもらったので同行し、久しぶりに会館の内部を見学した。遠藤さんは会館の設計者である菊竹清訓事務所の重鎮であり(現在は独立している)、会館の設計を担当し、会館のことを知るにはこの人をおいていないという人物である。

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アスベスト撤去工事の際、内部の間仕切りと天井も撤去され、その後ジプトーンで天井が貼られてはいるが、ワンルームのガランとした内部になっている。

室内の特徴であったアクリルの空調ダクトも撤去され丸い穴の痕跡がかすかにそれを示してはいる。

ホールは照明がないので写真は撮らなかったが、このコンパクトでアットな雰囲気のホール空間が使用されないのはいかにも惜しい。その感を強くした。案内してくれた大学の担当者に、空調なしで照明だけ入れてこのままで使用することを進言しておいた。そうすればコストもあまりかからないからだ。同行の志もその意見には同意であった。

べつにきれいに改修して使用する必要もない。現況のままで使用すればいい。学生にゆだねれば、喜んで使いみちを見つけるだろう。すでに閉館して5年になろうとしている。このままでは朽ちるのを待つだけである。建物は使用しないとよくない。

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遠藤さんとの再会と見学は夕刻であったが、この日は、昼間に別くちで会館を背景にした広告の撮影があったそうだ。なんでも、高級車のジャガーが2台福岡からやってきて、上の写真の外観をバックにした撮影だったという。残念ながらテレビではなく、たぶん雑誌の広告だろうとのこと。ジャガーが会館に似合うとはおもえなかったが、クリエーターはこの会館の異様と強さが欲しかったのだろう。近いうちに雑誌で広告を目にすることがあるだろう。楽しみである。

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設計者の菊竹さんの「追悼の集い」と「偲ぶ会」が12日に東京で開催される。場所は追悼の集いが早稲田の大隈講堂、偲ぶ会がリーガロイヤルホテルと案内にある。この時期は東京の桜はまだ残っているだろうか。都城の桜はもう散っているかもしれない。会館の隣の裁判所には桜が数本あり、会館の春に彩りを添えてくれているのだが。

ねがわくば 花の下にて 春死なん なんて西行を引き合いにだしてみたりする。でも菊竹さんが亡くなったのは年末だった。やはり、あわただしい人だった。合掌。

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2012年3月29日 (木)

花木の住宅 2年点検

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市内にある住宅の築後2年点検に行ってきた。施工した工務店が実施・点検するものであり、担当した監督さんと大工さんが来ていた。わたしが到着したときには、すでに構造材のボルト締めが終了していて、ゆるみはちょっとしかなかったそうである。この住宅は天井がなく、柱梁がむき出しなのでボルト締めが容易である。構造材がすべて現わしになっているので目視で確認もできる。

とくに修理が必要なところはなく、施工上の不具合もなかった。庭に植えられた花木が大きくなっていたことと、室内のようすがとてもきれいに保たれていたことがうれしかった。内外にふんだんに使用されているスギ材もいい雰囲気に焼けてきたり褪せてきたりしていて、住宅に落ち着きを与えてくれているようだ。

設計時に幼稚園の年長だった施主の子どもが、来年から4年生になるのでサッカークラブに入るのだとはりきっていた。おおらかで自然素材に囲まれた住宅は、子どもの健康におおいに役立っているようで、それもうれしかった。

「おおらかにとんがる」。明快でオープンな空間構成。久しぶりにその良さを再確認できた。

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2012年3月17日 (土)

美しい本、2つ

2012031563972 「宇宙の本」 著:観山正見、小久保英一郎

2011.12月刊 朝日新聞出版、2000円

著者は国立天文台の台長と准教授である。美しい天体の写真が満載だ。太陽系の惑星、星雲、超新星爆発の残骸、銀河、なぜこんなに美しいのか?疑問が出るほど。

構成もおもしろい(美しい)。国立天文台の10メートル四方平面の写真からはじまる。天文台の敷地にある望遠鏡がすっぽり納まっている。これが宇宙の地図の1ページ目であり、数字だと10の1乗メートルと表示される。次にその写真を中心に100メートル四方に写真が拡大する。つまり、10の2乗である。10の3乗は1000メートル四方なので周囲の建築物までエリアに入ってくる。10の4乗になると三鷹市、調布市など一気にエリアが拡大して、10の7乗では日本列島から東南アジア、シベリアまで視野に入ってくる。乗数のおそろしさだ。ここまでで10000キロメートル四方をエリアとするところにきた。

この調子で乗数が上がっていく、太陽系を飛び越し銀河系も飛び越し、10の27乗まできて最終ページとなる。これで宇宙の果てに到達してしまう。宇宙が誕生して137億年、つまり137億光年が宇宙の果てということになり、これより先には人類の頭脳は到達できていない。

たしか、グーグルの社名の元になったグーゴルという数量の単位が10の100乗だったはずだ。中国にもムリョウタイスウとかなんとかという巨大な数の単位があり、これが0が99個くらいだったか?これらがとてつもない数であることがよくわかる。0が27個で宇宙を突き抜ける大きさになってしまうのであるから、それ以上の数字は理論的にはあるにしても、実態的にはほとんど理解不能の数字であるが、それでもこんな単位を用意している文明には敬意を表したい。

2012031563982 「オーロラ」國分勝也 著、東海大学出版会、2012.2月刊、2000円

これも宇宙に関する美しい本だ。死ぬ前に一度は見てみたいと考えているオーロラの美しい写真がたくさん収録してある。極北の神秘、オーロラは人気があり、常時カメラで追っているサイトもある。自然のいたずらというか太陽の恵みがこんな美しい現象を引き起こしてくれる。

本書は写真だけでなく、オーロラの解説書にもなっていて、なぜオーロラが発生するのかつまびらかにしてくれるので詳細は本書にて。ただし、一昔前の朝ドラで人気を博した「オーロラ テルコ」歌手は当然だが登場しない。

美しいものを見ることは重要だ。もう50歳になった。あと何年生きるかわからないが、たぶん折り返し点はとっくに過ぎているだろう。残り少なくなってきた人生、なるだけ美しいものにたくさん触れるように心がけよう。

ふたつの本はどちらも2000円だ。これで、とても美しい映像と気持ちが手に入る。

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2012年3月 9日 (金)

現場2件

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いよいよ現場がはじまった。まずは市内中心街の3階建てのビルのリニューアル。古いRC造の事務所ビルの改修。建築を3月末までにすませ、外構工事等が10日ほどあり、4月半ばに引っ越し予定。

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こちらは郊外の古い民家を改造するプロジェクト。土間に床を貼ったり浴室をユニットバスに改修する小規模な改修で、UBの納期待ちだがこちらも3月末までには終わりそうである。

建築はすでに余っている状況だ。少子高齢化と経済の沈滞は、新築需要を減少させる。成熟した社会は新陳代謝が緩くなっていく。そのなかで、良質なストックとして社会に残された建築物は、こうしてリニューアルされることになる。

ヨーロッパがすでにそういう時代を迎えていて、イギリスでは「建築家を探したければタクシーに乗れ」 と言われていた。仕事のない建築家はタクシーの運転手をしているからだという。そんな冗談話をわたしがこの世界に入った時だから2、30年前に聞いたことがある。

現在の状況は知らないが、そのころと比べてイギリスも経済が活発化した時期があったようなので、建築界も活況を呈していたのかもしれないが、古い伝統的な石造りの建物が並ぶ市街地では、新築は少なく、建築家の仕事もリニューアルが主になる。

日本も、そんな状況に近くなってきたのだろう。もっとも、残すべきりっぱな景観や建物があってのことかは疑わしく、不況で新築よりリニューアルをという選択が日本の実情に近いのかもしれない。それでも、改修される建物はそれなりの価値があるから改修して再利用されるのであるから、いいものをつくっておくにこしたことはない。結局はそれがエコでもある。

そういえば、昨年末から補助的に手がけた案件も、古い倉庫の用途変更物件だったし、この他にも既存のサービス施設をいかしながら改修と増築という案件があり、わが事務所は、ことしはリニューアルの年になりそうだ。新築より手間ひまがかかるのが難点だが、改修して新装なった建物をまえに、建築主とともに喜ぶことができるのは新築とかわらないし、やりがいもおなじである。

それにしても雨が多い。工期が心配になってくる。

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2012年3月 4日 (日)

坂元の棚田

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日南市から国道222号線で都城方面へ行くと、山間部にさしかかったっところで道の駅「酒谷」がある。ここから奥に入ったところが坂元の集落であり、棚田の里である。日本の棚田100選に選定されている。

ここの棚田は昭和のはじめにつくられたもので、比較的あたらしいものだ。事業として計画的につくらえたので、一枚当たりの面積も比較的大きい。その人工的かつ幾何学的な形状が選定の理由のひとつでもあるようだ。

これまでにも数回この棚田には訪れているのだが、数年前に棚田を一望にできる展望台が整備され車で行けるようになった。今回はじめてその展望台から棚田のようすを見てきたのが一枚目の写真。扇状に広がる棚田は、かつては共有の茅場であったらしい。全体面積は94ヘクタール、枚数で205枚と掲示板にある。水は棚田の奥に見える山の上方から引いているとのこと。

ひところの棚田ブームで、この地区もにぎわった感があり、ひと坪地主か田主などの募集や田植えや刈り取りがニュースで流され、観光的な整備もされた。ブームの盛衰は知らないが、収穫期も過ぎた現在は、もとの静かな村落にもどっていた。水の豊富な田植え期や黄金色に染まる収穫期が写真の時期としてはいいだろう。

現在、この棚田の耕作数が掲示板に110枚とあるので、約50%強でしかない。ただ、比較的面積も広く、作業の機械化にもある程度対応できるだろうから、耕作は当面続けられるだろう。ただし、農業が維持できる社会環境整備ができればの話であるが。これまでの水田は、農家の絶やすまいとする献身的な努力で維持されてきた面もあるが、これからは経済的にペイしない農業は維持できないだろうから、棚田としての見栄えはよいが、小さくうねうねとした美的な棚田群よりはまだ有利ではある。将来、もしかして、棚田付き住宅地・別荘地ということはなかろうが、それもいいかも。

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2012年2月29日 (水)

暗闇に耐える思想

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著者:松下竜一、編者:梶原得三郎、藤永伸、花乱社発行、2012年1月刊

作家・松下竜一が亡くなって7年、フクシマの事故は、氏の「暗闇の思想」に再度光を与えることになった感がある。松下センセが忌み嫌っていた原発のそれもリアルな事故が原因という皮肉な廻り合わせだ。

編者の藤永さんは都城市(住まいは三股町)で活躍する研究者である。ひょんなことから知り合い、氏が松下センセの講演録音を文書化したこの本をプレゼントしてもらった。奇遇なことだが、センセを介した縁である。たいせつにしたい。

氏は山頭火の研究者でもあり、志布志などにある山頭火の句碑についても教えてもらった。

山頭火は昭和の初めに都城に立ち寄っていて、その滞在日数は比較的多い方だ。日向(宮崎県)のなかでは主要な滞在先といってもいい。行乞記をみてみると、都城でいくつかの句を詠み、旅のエピソードやまちの印象を記している。

宮崎県では山頭火の理解者であり創作仲間であった杉田作郎のいる宮崎市や、えびの市などにいくつかの句碑が建立されている。近隣の志布志には、たくさんの句碑があるようだが、ここは昭和5年の旅のときに2泊しただけであるとおもう。そして、この地は巡査がうるさく行乞がやりにくいと苦情をこぼしているのであるが、そのわりには句碑が多いのがおもしろい。

ついでにいうと、都城には山頭火の句碑がいくつあるかというと、たったひとつであり、それも高崎町であり、平成合併前の旧市内にはゼロである。山頭火が宿泊した江夏旅館でさえ位置が特定できていないようだ。都城ではあまり山頭火は人気がないのだろうか。

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2012年2月26日 (日)

いのちの塔/岩切平建築展から

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建築家岩切平さんの建築展に行ってきた。恒例の青島の展覧会のあと、今回はとくに県内3か所を巡回することになり、その串間市での展覧会のようすである。

今回の展示は、昨年の東日本の大地震を受けての内容である。氏いわく「ことしは震災を考えないわけにいかない」「そうしないと建築家はなにをやってるのと言われちゃう」おっしゃるとおりである。

そこで、氏の提案は「いのちの塔」。モニュメントのようでもあるが、ちゃんとした用途のある建築であり、まずは「シェルター」として機能する。つまり、地震時の緊急避難所である。地震が発生したらまずここに逃げこむ。RC造の塔であるので津波にも流されない。小さい方のタワーには非常用エレベーターが付いていて、停電時でも機能する。大きい方は300人収容のスペースがあり、ここで1週間程度生活できるだけの水と食料、毛布などを備蓄しておく。

さいしょの写真の地図模型は宮崎市の青島地区であり、緊急時に逃げ込めるような高台は遠く、避難できそうな高いビルもない。めやすとされる5分以内に安全な高台やビルに避難できる人は少ないだろう。そこで、てきとうな場所にこの塔を建て、集落にいる人全員が避難できる場所をつくるのである。写真では見づらいが、模型上には3か所の塔が集落のなかに建っている。これで、ほとんどの住民がカバーできる。

危険な場所には住まないのが鉄則である。昔から住宅は大水や台風、崖崩れなどの自然の脅威から守られるように、あるいは、経験則として安全な場所を選んでつくられてきた。ただ、近代になってからの都市化による膨張と経済は、その鉄則をネジ曲げてきた面もある。海岸部では数百年ごとに津波に洗われ、壊滅的な被害を受けた記録もある。そこでは、安全な高台に人が住み、働ければよいのだが、漁や農業をなりわいとする人はそうもいかない。そこで、リスクを承知で海岸ちかくに住む人たちは、とりあえず避難できる場所を確保すればよい。建物は流されてもまたつくればよい、とりあえずいのちさえ助かればなんとかなる。これが数百年スパンで必ず遭遇するしかない津波に対する身の処し方として日本人がとりうる適切な対応であろう。

塔のもうひとつの機能は、文化財や記録の保護塔でもある。建物なり人工物はまた復元できる。ただ、それを復元するには記録が必要である。貴重な文物の文献なり模型なりのデータ・記録をこの塔に保存しておく。住民の基礎的なデータもバックアップをここに保存しておけばいいかもしれない。万が一、役所が壊滅状態になってもデータが残ることの有用性は今回の地震でも証明されている。

氏はこの「いのちの塔」一か所あたりの建設コストを1億円と試算する。3か所、3億円でとりあえずこの地区の住民のいのちと記録は保護できる。これを県内の沿岸部に100本つくれば100億円であるが、この100億を高いとみるか安いとみるか。

氏は3月の地震後、島原や東北、北海道まで足をのばし、震災や噴火の傷跡を見てきた。そこに残る巨大な土木構造物や見せ物と化した感のある震災の爪跡、復興後の非人間的な寂しい風景を写真におさめて展示している。建築家はいまなにをするべきか考えさせられる展示であった。

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2012年2月22日 (水)

吉阪隆正とル・コルビュジェ

2012012462672 倉方俊輔 著、王国社、2005年9月刊、2000円+税

倉方さんはいい人だ。その恩義にせめてこたえようとおもい、数年前に購入した本。

吉阪さんといえば大学セミナーハウスである。八王子の丘陵地にあり、逆三角形のピラミッドが大地に突き刺さる特徴ある建物だ。

吉阪さんは建築家でもあるけれど、都市計画家そして教育者あるいは設計事務所の主催者として優れた後進を育て、日本建築学会長はじめいくつかの役職にも付き、幅広い活躍をしている。そんな氏の生涯と生活を、生い立ちからコルビュジェとの出会いと子弟時代、帰国してからの活躍期と晩年までを、氏の書簡や日記などを丹念に収集し再現してくれている。

意外であったが、これまで、まとまった吉阪さんの評伝本がなかったそうで、今回、このように充実した内容の本をまとめあげた倉方さんの功績は大きい。倉方さんも早稲田建築の出身でもあるので、早稲田で建築を学び、教鞭をとった吉阪氏の本を書くには適任であった。

本書から・・『ル・コルビュジェの魅力は自ら物事を決定する「勇気」だ・・』。吉阪氏がコルに師事するに当たって、日本の家族にあてた手紙のなかの言葉であるそうだ。

たしかに、建築の設計では無数の決定をしなければならない。全てが自己の責任でなされるので、建築家とはその恐怖と闘う孤独な職業でもある。あたらしいことを考えるのはいいが、その実行は怖くてたまらない。だからいろんな人に相談もするし、文献や資料をあさり、模型もたくさん作るし図面も書く。前例がないことをするのはたいへんである。しかし、勇気をもって、それをなしえた人だけが建築のあらたな領地を手に入れ、その世界を拡大し、歴史に名を残す。勇気だけではだめだが、勇気がなくてはなにごともなしえない。

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2012年2月18日 (土)

ウメサオタダオと出あう

2012020663012 編著者:小長谷由紀、2011年12月刊、小学館、1300円+税

梅棹氏は知の巨人、あるいは知のデパートと呼ばれた傑物である。その幅広い卓越した知の世界に魅了された人は多いだろう。わたしもそのひとりである。

もうひとつの特筆される顔として、万博公園にある国立民族学博物館の創設にかかわり、初代館長として長く在籍し活躍した。日本に数ある博物館のなかで、この博物館はとくに秀逸であるとおもう。写真撮影どころか、展示品に触れるのも自由(たしか)である。来館者は自由に手に取り、その用途を実際に試してみることができる。こんなすばらしい発想の博物館はまずない。これも梅棹氏の哲学からきているのだろう。

通称「みんぱく」と呼ばれるこの博物館で、昨年3月から6月までの期間、「ウメサオタダオ展」が開催された。本書はそのときの記録の一部でもあり、著者の小長谷さんは展覧会の担当者である。

「知的生産の技術」の読者なら「京大型カード」のことは知っているだろうとおもうが、わたしも実際にそれらしきカードをつくり、記載して試してみたことがある。その偉大なるカードが「はっけんカード」として展示の一角に来館者へのアンケートとして大量に用意されたそうである。展覧会が終了し、残された多量のカードに書かれた内容をもとに本書は構成されている。

ウメサオタダオにはじめて出あった人、旧知だった人、熱烈なファンだった人、カードの主はそれぞれであり、この展覧会でのウメサオタダオとの出あいの感想や意見をおもいおもいに記している。編著者の小長谷さんはそれをいくつかのカテゴリーに分類し紹介してくれる。

ウメサオタダオの残した、圧倒的な知の蓄積に来館者は驚愕しているようだ。おびただしいカード類、フォルダー、フィールドワークの野帳、とてもひとりの人間が残したとはおもえないほどのボリュームがあったに違いない。ただ、氏の功績はその蓄積にあるのではなく、やはり発信したものの内容にある。

「文明の生態史観」「知的生産の技術」「情報産業論」などなど、大胆かつ先見性にすぐれ、わかりやすい言葉で書かれた数多くの文明論である。そういえば、本書の副題が<文明学者:梅棹忠夫入門>となっていて、氏のことを文明学者と表記している。正鵠を得た表記だとおもう。

インスパイヤーの巨人、ウメサオ氏の生涯にわたる知的な放電は、膨大な知の蓄積・充電からほとばしったものであることを、あらためて知らされる。現在、展覧会は場所を東京の日本科学未来館に場所を変えて開催中であるそうだ。(2月20日まで)

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2012年2月 5日 (日)

ルイスカーン

2012011162022 ルイスカーン建築論集、ルイスカーン著、前田忠直 編訳、鹿島出版会 SDライブラリー14、1995年刊、3600円

かなり昔に買った本。97年に京都の大龍堂書店で買ったと奥付に記している。かれこれ15年ちかくかかって、ようやくひとおとり読み終えたことになる。

本棚にはこんなふうに買ったままの本がたくさん眠っている。買った本も読んでないのに図書館から借りてきたりするものだから、ますます読む機会がなくなるし、歳のせいでもないのだろうが、髪の毛とともに読書に対する情熱も薄くなっている。

序文を建築家の磯崎新さんが「あらたに読解の光があてられる」というタイトルで執筆している。カーンは光の建築家だ。

<人は光からつくられています><光なしには建築は存在しません><すべての物質は使い尽くされた光です><光は物質の生命です><インスピレーションとは、沈黙と光が出会う閾における元初の感情です>

すべてのフレーズがハッとさせられる魅力的な詩のようなものだが、意味するところは深淵であり、凡人には理解が難しいのがページのすすまない理由でもある。

『投げ与えれられた一銭のひかりだ』こちらは漂泊の俳人・山頭火が都城でよんだ句から。これもステキな詩だ。ついさいきん、山頭火のファンと面談する機会があり、山頭火の行乞記『あの山越えて』を読み返している。飲んだくれの山頭火の方がわたしには向いているのだろうが、わたしには彼ほどの根性もないので詩はかけない。

カーンはたぶん飲んだくれではなかっただろうが、強靭な精神とインテリジェンスが研ぎ澄まされた言葉を残している。結局は精神なんだよな、とひとりごちて山頭火の嫌いだった焼酎を飲む。山頭火は焼酎は臭くて嫌いだが経済でがまんして飲むと書いている。正直だ。

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2012年1月29日 (日)

吉松邸/串間

  串間市にある吉松邸。大正時代に建てられた豪勢な住宅であり、平成20年に国の重要文化財に指定された。吉松家は串間市の政治経済に重要な役割を果たしてきたという。その権勢を誇るべく、市内の中心地に豪壮な館を建てた。

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白いしっくい壁の蔵と対面して主屋が建つ。その間を奥に通路が伸び、付属棟が数棟並ぶという構成。右端の写真は表門からみた主玄関であり、ここが使用されるのは年に数回あるかないか、だったらしい。看板の右手の建具が店の入り口であり、館内の見学を希望する人はここから入場する。その奥に住宅としての普段の玄関もある。

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吉松邸は串間市役所に隣接してあり、市役所側からもアプローチできる。左の写真は市役所側に建つ蔵であり、廻りこんで上術の写真でみた通路にいたる。中の写真は斜めに主屋と通路で結ばれた付属棟であり、かつてはビリヤード場だったか舞踏会場として使用されてそうだ。右端の写真は屋敷内に隣接してある愛宕社。

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案内看板と重要文化財の指定書。指定の理由は豪邸の精緻な意匠性であるという。建物は外部の通路に面して二階建ての店と住宅部が建ち、それに直行して仏間棟と玄関棟が南側に伸びる。そして玄関棟のさらに先に主座敷と風呂、離れ的な小部屋が付けたされたように奥に配置される。

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仏間棟の中心にある仏間。中央に仏壇、両脇に神檀が鎮座する。仏壇には精緻な彫刻が施されている。左右の神檀は右が妻入り、左が平入りという型式。仏間の左側には二間つづきの座敷になっていて、現在は串間市の歴史資料が展示してある。

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玄関に続く座敷と応接室、洋間。青竹の緑が鮮やかなのは玄関の障壁画。保存状態はよく、この邸の目玉のひとつになっている。

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この建物のもっともハレの室である主座敷。15帖と10帖の二間続きになっていて、天井高さも3.5mほどあり、縁側がぐるりと取り囲む。

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主座敷のさらに南側に離れ的な小部屋があり、左の写真の廊下を渡って左手に入口があり、右側は浴室になっている。中の写真はこの廊下の入口にある雨戸の戸袋を開閉するための小開口の意匠。櫛形に壁がくりぬかれている。右写真は離れを外部から写したもの。吉松家はこの地域有数の材木商でもあり、この部屋は都井岬を領有していた秋月家の家臣の詰所として使用されていたこともあるという。

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各室に使用されている襖の意匠のなかから3種。紙ではなく、布地のようだ。

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写真では見づらいかもしれないが、特筆しておきたいのが建具金物。機能はクレセントと一緒であるが、建具の縦桟に埋め込んであるので見た目がとてもすっきりしている。昔の引き違いのカギというと、ねじ込みくらいしか知らなかったが、大正時代にこんな金物があったのだろうか。各室をぐるりと囲む縁側の建具は、全てこの金物であり、ちゃんと動く。

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縁側部の庇と、上部の主屋根とでは瓦の寸法が違う。庇部は小さい瓦が使用されているのがこころ憎い。

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急ではあるが登りやすい階段を上がる。中間に踊り場的なつくりがあり、両側に動線が振り分けられているおもしろい階段だ。右の二枚は2階の座敷。

時代の移り変わりにより、この主家は没落し豪壮を誇る屋敷も荒廃し売りに出されることとなる。それを串間市が買い取り、市民のための施設として再生したのが5,6年前のこと。そして3年前に重要文化財となった。串間市の宝としてたいせつに使われるだろう。

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2012年1月18日 (水)

建築の美といのち・塔の提案/岩切平建築展

建築家 岩切平さんの巡回展です。

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延岡、高鍋、串間の三か所で開催されますが、延岡はすでに終了しています。

高鍋美術館:1月20日~22日まで

串間市吉松邸:1月27日~29日まで。

それぞれ、なか日には岩切さんのトークタイムも予定されています。

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«<訃報>菊竹清則さん・その2